Ocean Newsletter
第132号(2006.02.05発行)
- 上智大学大学院◆太田絵里
- 近畿大学COE博士研究員◆鳥居享司
- 新潟県柏崎市立教育センター指導主事◆中野博幸
- ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男
オオトカゲの住む島で持続可能なエコツーリズムを願う
上智大学大学院◆太田絵里ユネスコの自然遺産でもあるインドネシアのコモド国立公園には、世界最大のトカゲ、コモドオオトカゲが生息し、豊かな自然環境が整っている。経済危機等に伴う環境破壊を解決し、島での自然と人との持続的な共存は可能なのだろうか。
実際に国立公園を訪問した感想と実感をもとに、国立公園の現状を報告する。
恐竜の住む、太古の島
インドネシアのバリ島から東に370キロ、小スンダ列島に位置するコモド島、リンチャ島、そしてフローレス島の一部を含んだコモド国立公園は、1980年に設立され、1991年ユネスコの自然遺産に登録された。保護区の面積は2,321平方キロメートルに及ぶ※1。バリ島から飛行機を乗り継ぎ、フローレス島で小さなクルーズ船に乗り換え、ガイド、キャプテン、クルー2人にゲスト2人の3泊4日のアドベンチャーが始まる。
コモド国立公園には、現在、5,000匹の世界最大のトカゲ、コモドドラゴンの愛称で知られるコモドオオトカゲが生息している。最大で3メートル、100キロ以上にまで成長し、約5,000万年前に出現したといわれ、ジュラ紀の生き残りとされるその姿は、まさに恐竜そのもの。ここにはまたサンゴ礁、マングローブなどの豊かな海洋環境の中、1,000種類以上の魚や260種類以上のサンゴ、250種類以上の植物、277種類の動物が存在する※2。
人間の血の味さえも知っているというドラゴンたちの住む島では、彼らが食物連鎖の頂点にある。成長したオオトカゲは、野生の鹿、イノシシ、水牛、鳥などを食料とし、空腹時にのみ獲物を襲う。鋭い歯でかまれたら、そこから獲物の身体に菌が充満し、敗血症により身体は弱り、獲物が倒れたところをドラゴンが襲う。頭部以外は骨まで食べつくす※3。森林を切り開き、牛を放牧し、食肉解体場に送り、肉屋に運び、ミンチにして、食卓に並べる私たち人間よりもずっとエネルギー効率もよく、無駄がない。実際に、水牛の子供を数匹のオオトカゲが捕食している様子を見たときは、不思議と、残酷だとは思わず、太古の地球にタイムトリップした気になった。
ここでは、島にある宿泊施設はベニヤ板が張られ、隙間だらけの簡素なロッジが数部屋並ぶだけ。訪れた時期が乾季であったため、外の共同のタンクに溜まった水を生活用水に使用する。電気は夜18時から23時までしか使えず、部屋の外にはドラゴンたちが待機しているため、トイレにいくのもままならない、恐怖におびえる夜が始まる。こういう場合は、太陽に合わせて生活するのが一番である。
減少する観光客とオオトカゲ
いつもの生活とはまったく違う非現実的な世界。人影もまばらなこの島で、しばし自分も自然の一部ということを実感する。観光客が少ない、というのはこのような島ではトカゲと自然を独り占めできたようで優越感に浸れるのだが、観光業で生活を立てている島の住民たちにとっては、観光客の減少は、彼らの生活に直接の影響を与えている。その理由は、アジア通貨危機がきっかけとなった国内の経済の暴落とそれに伴う政情不安、宗教戦争や東ティモールの騒乱、今年初めの津波やバリ島のテロ事件、過去の森林火災などさまざまである。
観光収入の減少は、島の管理にも影響を与える。実際、ガイドと言っても、詳しい説明があるわけではなく、ドラゴンのいる水場などに無言で案内してくれるだけである。また、経済危機は、コモドオオトカゲの主食であるシカなどの密猟を招き、また、共食いの習性があるオオトカゲは、時として卵も食べてしまうため、オオトカゲの生存を脅かす深刻な問題となっているらしい。
コモド国立公園は、また、世界でも有数のダイビングスポットとしても知られている。しかし、公園内では、海洋汚染も確実に広がっている。数少ない観光サイトには、Untamed Seaと書いてある。しかし、一端、海の中に入り、息を呑んだ。サンゴは白化し、熱帯魚はほとんどいない。ペットボトルやインスタントラーメンの袋が、かろうじて生き残っているサンゴの間に見え隠れする。クルーたちは、たばこを海の中に投げ入れる。3泊4日のクルーズから出るゴミの箱も最終日の帰りの船で、いつの間にか空になっていた。ここでは、海は、ゴミ捨て場なのか、と思うほどである。海洋汚染の原因は、ゴミの投棄だけではない。熱帯魚の密猟が行われ、島に住む村人は、今でも爆弾漁によって生計を立てている。
エコツーリズムと環境教育
1万7,508の島からなり、多民族国家であるインドネシアには様々な問題が残っている。明日の生活もままならない島の人々にとって、「美しい海を守る」などといったうたい文句は、先進国から来た人間のエゴと写るのかもしれない。しかし、今も昔も自然資源に頼って生きてきた彼らにとって、環境破壊の影響を直接受けるのもまた本人たちより他にない。
エコツーリズムとは、地域資源の健全な存続による地域経済の波及効果が実現されることを狙いとする、資源の保護、観光業の成立、地域振興の融合をめざす観光の考え方である※4。同じくユネスコの自然遺産に登録されているガラパゴスや屋久島など、海洋環境と自然資源を観光資源として美しい自然を守りながら、持続可能な生計を立てている場所も沢山ある。コモド国立公園でも、村民も、サンゴ礁も、そしてオオトカゲも持続可能な形で生活できる、エコツーリズムは成功できないのだろうか。
人々の行動やライフスタイルを変えるのは難しい。人々の意識を変えることを目的とした環境教育が成功するには、政府、NGO団体、ツアー団体、そして村人たちとの相互の協力と努力、それに見合うインセンティブが必要であろう。実際に、この数年間、UNEP(国連環境計画)、UNESCO(国連教育科学文化機関)、ネイチャーコンサーバンシー、WWF(世界自然保護基金)とインドネシア政府の間で、パイロットプロジェクトは進行中のようではあるが、まだまだ村民の生活を支えられるほどの「持続的な」プログラムにはなっていないようである。ザックスは、「地球文明の未来学-脱開発へのシナリオと私たちの実践」の中で、環境問題の解決策の一つとして、先進国の物質的欲求の頂点を下げ、比較的消費の少ない国々の基本的な生活水準を上げることだと論じている※5。コモド国立公園を訪れることで物質以外の豊かさを感じ、国立公園の運営側もこの美しい島を財産として受け止め、自然を守るための意識を高め、訪問者も、自然との共存の中で生きる選択肢が取れるようになれれば、エコツーリズムの醍醐味が達成されたことになるであろう。
次に訪れた沖縄県座間味島の海はまさにUntamedで元気なサンゴが沢山あった。コモド国立公園にも、美しい海が戻ることを願っている。(了)


※2 Komodo National Park, http://www.komodonationalpark.org/
※4 日本エコツーリズム協会 http://www.ecotourism.gr.jp/ecotour.html
※5 ヴォルフガング・ザックス著、川村久美子、村井章子訳、「地球文明の未来学-脱開発へのシナリオと私たちの実践」、新評論、2003
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