Ocean Newsletter
第128号(2005.12.05発行)
- 千歳サケのふるさと館◆菊池基弘
- 横浜商科大学商学部貿易・観光学科教授◆羽田耕治
- 愛媛大学沿岸環境科学研究センター教授◆田辺信介
- ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男
観光対象としての「みなと」の新しい可能性と課題
横浜商科大学商学部貿易・観光学科教授◆羽田耕治人々の旅行経験が豊富になるとともに、諸々の産業活動に触れ、学ぶスタイルの産業観光への志向が高まっている。
この産業観光の視点から「みなと」を捉えると、ダイナミックな港湾活動や各種の港湾施設、港湾区域に立地する工場施設、そして「みなと」の生成・発展に係わる歴史は有力な産業観光資源として位置づけられ、そこに「みなと」の新しい可能性がみえてくる。
観光の新しい流れ
人々の旅行経験が豊富になるとともに、より高次の観光として「学習型観光」や「体験型観光」に対する志向が近年とみに高まっている。「学習型観光」では産業観光(諸々の産業活動に触れ、学ぶ観光)、エコツーリズム(環境に触れ、環境について学ぶ観光)、ヘリテージツーリズム(遺跡を訪ね、その歴史等を学ぶ観光)などがその代表的な例であり、「体験型観光」ではネーチャーツーリズム(自然に触れ、体験する観光)、ブルーツーリズム(漁業・漁村・海洋に触れ、体験する観光)、グリーンツーリズム(農林業、農山村に触れ、体験する観光)等があげられる。
これら「学習型観光」および「体験型観光」の本質は、それぞれ自己啓発・自己実現にある。自己啓発・自己実現は、元来、自由時間活動の基本的欲求の一つであるが、人々の旅行経験の蓄積、そして価値観の変化を背景にその欲求が強まってきた。そうした流れの中で、旧来型の(単なる見るだけの)自然観賞や歴史名所見物、またスキー等の(身体を動かして、身体で楽しむタイプの)レクリエーション活動への志向が低下しており、自然景観や歴史名所に依拠する観光地は、軒並みといってよいほど観光客の減少を来しているのが現状である。
学習型観光の対象地としての「みなと」
「みなと」については、元々産業・物流機能の整備が重視されてきたこともあり、観光レクリエーション機能の整備に取り組んだとしても、これまでは遊覧船の運航や親水環境の整備、港の景観を楽しめる公園やマリーナ整備などに留まるケースがほとんどであった。それも前述のように観光の流れが変化する中で、一部の大都市圏の「みなと」を除き、利用が低下してきているのが現状である。
しかし、「学習型観光」の格好の対象地として、「みなと」を位置づけようとする試みが、地域の活性化を促進しようとする動きと相まってこのところ目だってきた。すなわち「みなと」および「みなと」に付随するさまざまな産業活動そのものを、その歴史も含めて観光利用の対象にしようという産業観光振興へ向けた取り組みである。
産業観光対象としての「みなと」の新しい可能性

産業観光の視点から「みなと」を捉えると、「みなと」の新しい可能性がみえてくる。そこでその可能性と、可能性の引き出し方を考えてみると、以下の3点が重要である。
第一に、「みなと」の本来的な活動である港湾活動は立派な「学び」の対象であり、産業観光の対象になるということである。そこでの課題は安全上の問題との関係で、どこまで利用に供するかということであるが、そのことを十分配慮した上で、港湾活動そのものの見せ方、伝え方、紹介の仕方を工夫したい。オランダのロッテルダムでこの種のポートガイドツアーを企画・販売しているように、わが国の「みなと」でも港のバックヤードを見学するツアーを港内遊覧船の利用と組みあわせたりすることによって魅力の高いものとできよう。
第二に、「みなと」における「見る観光対象」というと、ともすると灯台や「みなと」周辺の自然系の海岸景観を考えがちであるが、各種の港湾施設や港湾区域に立地する工場施設の景観もきわめて非日常的な産業観光対象といえる。この種の施設は通常、陸域からはなかなか接近できないだけに、水域からの見せ方に、加えて展望施設を有する場合は高層部からの俯瞰景観の見せ方に留意したい。筆者が係わる京浜臨海部の場合は、港湾区域・工場地帯が広大なだけに、水域からの景観と展望タワーからの景観とを組みあわせた産業観光振興に努めているところである。

第三に、「みなと」の生成・発展に係わる歴史も、知的好奇心をそそる、有力な産業観光資源である。ただしここで「資源」とする理由は、歴史については何らかの工夫・演出なしでは産業観光対象として顕在化しにくいからである。産業観光対象とするには「みなと」の生成に係わる理由、後背地との立地上の結びつき、「みなと」から生み出された地域の生活文化、そして時にそれらを形として残す産業・文化遺産の伝え方、紹介の仕方、見せ方をよく工夫しなければいけない。函館ベイエリアや北九州の門司港レトロなどはそうした代表的な例といえる。
「みなと」の産業観光対象化へ向けた課題
これまで再三触れたとおり、「みなと」の産業観光対象化には、「伝え方、紹介の仕方、見せ方の工夫」がきわめて重要となる。そのあり方によって、魅力の度合いが決定的に異なってくる。
「伝え方、紹介の仕方の工夫」という点では、インタープリテーション・プログラム(解説プログラム)をきちんと用意するとともに、そのプログラムにしたがって「みなと」の歴史、活動、役割について解説し、わかりやすく紹介するガイドの育成に努めることが肝要である。客層との対応を考えれば、小学生から中高年層まで、幅広い客層に対応しうるプログラムの準備が望まれる。それぞれの要諦を端的に言えば、児童・生徒には科学的な話を、中高年層には地域の特性に立脚した蘊蓄話を中心にするのが効果的である。「見せ方の工夫」という点では、港湾区域における各種の土地利用規制がネックとなってくるケースが想定されるだけに、水域からの見せ方に関して、効果的な方策の検討が期待される。
次に、「みなと」を核とした「産業観光ネットワーク」の形成を図りたい。すなわち、「みなと」に立地する産業観光対象としての港湾施設、物流施設、工場、そして産業遺産、これら「点」としての産業観光対象を結びつけ、同時に周辺部の産業観光施設との連携に努め、「線」としての「産業観光ルート」の整備を図っていきたい。その中で、「見て学ぶ」というタイプの観光のみならず、何らかの体験も楽しむことができるという体験観光魅力の提供を工夫していく。
現在、川崎市では「産業観光振興協議会」を立ち上げ、「点」と「点」の存在でしかない臨海部立地の工場や内陸立地の工場および研究施設、企業博物館等を連携させ、「線」で結びつけようと取り組んでいる。こうしたネットワークを構築していくことによって、「みなと」の産業観光魅力もまた高まっていこう。(了)
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