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オーシャンニューズレター

第128号(2005.12.05発行)

第128号(2005.12.05 発行)

川に窓持つ水族館 -千歳サケのふるさと館の取り組み-

千歳サケのふるさと館◆菊池基弘

官営の「さけ・ます人工孵化放流事業」発祥の地である「千歳川」。
そのほとりに立つ「千歳サケのふるさと館」は、「サケ」をテーマとする北方圏淡水魚の水族館である。
最大の特徴は、自然の川の中がのぞける「千歳川水中観察室」にある。
水中観察室の魅力とともに、自然河川を利用したこれまでの展示の取り組みについて紹介する。

はじめに

千歳サケのふるさと館
http://www.city.chitose.hokkaido.jp
/tourist/salmon/

台風7号が去った2005年7月28日、まだ真夏の日射しが照りつける中、今年も北洋でたくましく成長したサケが、千歳川に帰ってきました。

旅客機や自衛隊の戦闘機が飛び交う北海道の空の玄関、千歳市。その中心部を流れる千歳川は、1888年に始まった日本における官営の「さけ・ます人工孵化放流事業」発祥の地であり、今でも毎年多くのサケが溯上し、「インディアン水車」によって捕獲され人工孵化に利用されています。その千歳川のほとりに1994年9月、サケと北方圏淡水魚の水族館「千歳サケのふるさと館」はオープンしました。

「サケ」をテーマとする水族館は、当館の他に北海道に2館(札幌市豊平川さけ科学館、標津サーモン科学館)と、新潟県に1館(村上市・イヨボヤ会館)があり、それぞれサケにゆかりのある地元の川と、密接な関わりをもっています。その中で当館最大の特徴は、川の中そのままを観察できる「千歳川水中観察室」にあるといえるでしょう。

千歳川水中観察室の魅力

千歳川は最北の不凍湖とも呼ばれる「支笏湖」を源とし、北海道最大の河川「石狩川」と合流して日本海に流れ出る、全長108kmにおよぶ一級河川です。千歳川水中観察室は千歳川の護岸の一部で、石狩川河口から約70km上流の千歳川左岸に位置します。水中に設けられた縦1m、横2mの7つのアクリル製観察窓からは、囲いもなく、給餌もせず、開館時間中に日没を迎える冬季以外は照明もしない、人の手が加わるのは窓掃除のみという、ありのままの川の中の様子を観察することができます。魚道ではなく、川そのものに設置されたこのような水中観察施設は、世界でも他に例を見ないものです。

千歳川水中観察室からは、これまでに33種類の魚類が確認され、そのうち12種類は海と川を行き来する回遊魚です。魚類以外にも水生昆虫や軟体類、甲殻類、鳥類から哺乳類に至るまで、実に多様な生物が観察されています。春、川の中はこれから大航海へ旅立とうとするサケ稚魚の群れでにぎわい始めます。彼らが海へ旅立つ頃には、入れ替わるようにサクラマスやカワヤツメが海から溯上してきます。赤い婚姻色を身にまとったウグイやエゾウグイで華やぐ夏は、ヌマガレイやミンクなどの珍客が姿を見せる季節でもあります。そして秋、ついに主役のサケの登場です。60cmほどもある大きな魚体が群れ泳ぐ姿は、圧倒的な迫力があります。陸上が雪に閉ざされる冬、観察窓の前ではサケの自然産卵が始まり、卵を狙って潜水する渡り鳥のカワアイサとの攻防が繰り広げられます。目の前で展開するこうした四季折々の川の変化と、そこに生息する生物たちの営みは、私たちに感動を与え、いつまで見ていても見飽きることがありません。

水中観察室での展示手法

千歳川水中観察室から見るサケ

しかし、本物の川を相手にすると、水槽展示にはないさまざまな苦労があります。まず、目の前に見えているのが本物の川であるということすら、伝わらないこともあるのです。その理由の多くが「魚が多すぎる」というものです。川そのままでこれほど多くの魚がいるわけがない、何か仕掛けがあるはずだというのですが、これは裏を返せば、豊かな生物相に恵まれた河川が、私たちの生活において身近な存在ではなくなっていることの証明ともいえます。また秋なのにサケが見えないといったクレームも当然あるのですが、「今日はサケがたくさん見えて良かった」とウグイの群れを見て満足している声を聞くこともあります。リアルタイムで変化する川の中の情報は、写真付きの解説板程度では十分に伝わらないこともよくあるのです。そうした課題の解決に向け、開館10周年となる昨年、観察記録映像をDVD図鑑にまとめ、また観察の手引きとなるチェックリストの作成を試みています。

本物の川であることを利用し、水族館のタブーにも挑戦しています。その一つは「掃除しない窓」。生物の姿が少なくなる冬期間、7面の観察窓のうち一面を掃除しないままにしておきます。すると当然藻類がびっしり付着します。ガラス面に付く藻類は、水族館では邪魔者の一つですが、観察窓では事情が違います。その窓には、藻類をエサとするカゲロウの仲間やユスリカの幼虫など、様々な水生昆虫が集まり観察できるようになるのです。水温2℃という冷たい水の中でも活発に動き回る生物がいることを、「掃除しない窓」は教えてくれます。

そしてもう一つは「ホッチャレ」です。ホッチャレとは、産卵を終えたサケのことをいいます。遙かアラスカ湾まで旅をして、海の栄養をたっぷり蓄え大きく成長したサケは、産卵のため生まれた川に戻り、死んでいきます。そのサケの体は、ヒグマやワシ類、水生昆虫に至るまでさまざまな生物のエサとなり、溯上する河川流域の生物多様性を高めるとともに、陸上から海洋へ流出した栄養塩を故郷の森に還元するという、地球生態系における物質循環の重要な役割を担っています。こうしたサケの役割を紹介する解説とともに、観察窓では産卵を終えたサケの死骸を撤去せず、微小生物やバクテリアなどによって分解されていく様子を見ていただくようにしています。

水中観察室のこれから

千歳サケのふるさと館開館以来見続けてきた千歳川の状況も、この10年で大きく変化しました。それは残念なことに、決して良い方向にではありません。透明度は落ち、雨のあとの濁り具合もひどくなりました。河床は固まり、窓の前で産卵するウグイの姿もほとんど見られなくなっています。外来種は増えましたが、観察室から見える種類は減ってきています。千歳川水中観察室は、河川環境や生物観察の場としてのみならず、悪化しつつある河川環境改善に向けても活用されなければなりません。森と海の命をつなぐサケのふるさと、千歳川に窓を持った水族館として、当館の果たすべき責任は大きいと考えています。(了)

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