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オーシャンニューズレター

第127号(2005.11.20発行)

第127号(2005.11.20 発行)

交渉なき交渉会議-IWC年次総会in蔚山-

海洋政策研究財団研究員◆大久保彩子

国際捕鯨委員会での交渉は、捕鯨・反捕鯨の両勢力が互いの主張を毎年繰り返すだけで、実質的な交渉には入れていない。
日本は、捕鯨・反捕鯨の票数争いを過熱させるのではなく、商業捕鯨の再開という旧来の目標に関して総合的な国益という観点から、交渉の上で多段階の獲得目標を設定し、捕鯨外交のあり方を見直してみるべきである。

IWCで何が議論されているか

蔚山の会議場の前におかれたモニュメント

5月30日から6月24日にかけて、韓国・蔚山(ウルサン)にて、国際捕鯨委員会(IWC)の第57回年次会合が開かれた。IWCの年次会合はふつう、科学委員会会合が2週間、続いて小委員会と本委員会の会合がそれぞれ1週間、あわせて1カ月にわたって開催される。鯨類の捕獲枠の設定、商業捕鯨モラトリアムや、鯨類サンクチュアリ(鯨類の捕獲禁止海域)の設定・解除など、捕鯨規制に直接かかわる決定には、本委員会に出席している加盟国数の4分の3の賛成票が必要である※1。今回の会議の焦点は表向き、商業捕鯨再開の条件とされる、規制パッケージである改定管理制度(RMS)に関する交渉が妥結するかどうかであった。しかし後述するように、RMS交渉は、実質的な交渉にすら入れないまま、会議は閉幕した。

捕鯨問題というと、とかく強調されるのは、日本と欧米の食文化の違い、伝統的な日本の食文化としての鯨肉消費、動物愛護の価値観の押しつけ、環境運動のシンボルとしての鯨、捕鯨に対する非科学的で感情的な反対、等々である。また、商業捕鯨反対の立場からは、出産頭数が少なく増加率の低い鯨類は商業的利用には適さない、厳しい監視制度も採算性を追及する企業にとっては破るためだけにあるもので商業捕鯨再開は鯨類の種の存続を脅かす......との主張がなされてきた。しかし、これまでのIWC会議で実際に何が交渉テーブルにのせられ、どのような交渉が行われてきたのか、正確に伝えられてきたとはとても言えない。少なくとも、IWCの場で特定の食文化の是非や、鯨類が商業的利用に適しているかどうか、が議論されているわけではない。

形骸化している捕鯨交渉

本委員会会合のオープニング・セレモニー

科学的不確実性が避けられないとしても、鯨類の絶滅リスクの深刻な上昇を招くことなく、捕鯨を行っていくための捕獲枠算定方式である改定管理方式(RMP)は、科学委員会の全会一致でIWCに対して勧告され、IWCもこれを1994年に正式に採択した。RMPは、コンピュータ・シミュレーションによって様々な不確実性に対する頑健性が徹底的にテストされており、たとえば資源の増加率が予想以上に低かった場合、病気などで資源が突然半減してしまった場合、また捕獲頭数の虚偽報告があったとしても、資源の絶滅リスク上昇を招かないよう設計された管理方式であり、捕鯨・反捕鯨の双方の科学者によって支持されている。

RMPの採択と同時に登場したのが、RMPで算出した捕獲枠の遵守を確保するための制度としてRMSを策定しなければならない、という商業捕鯨再開への条件設定である。RMSの交渉は、開始後10年を経た今になっても妥結に至っていない。昨年、イタリア・ソレントで行われたIWC年次会合では、RMSの完成がここまで遅れていることを問題視し、今年のIWC会合での完成・採択を目指すという決議が全会一致で採択された。これを受けて昨年11月と今年3月にRMS中間会合が、また、蔚山での本委員会の直前に、RMS小委員会会合が開かれた。私は2002年以降のIWC年次会合、RMS中間会合、小委員会会合を非政府組織のオブザーバーとして傍聴してきているが、RMS交渉の内実は、捕鯨・反捕鯨の両陣営がそれぞれの立場を繰り返し主張し、互いの意見の違いを再確認するだけの場になっている。

RMS交渉での議題は、多岐にわたる:

  • 捕鯨の操業実態を監視するための国内・国際監視員制度
  • 漁船衛星監視システム(VMS)の導入義務づけ
  • 規制にかかる費用のIWC加盟国間での負担割合
  • 違反に対する罰則
  • 捕獲時における鯨の致死時間など動物福祉関連データの提出義務
  • RMSが完成した場合の商業捕鯨モラトリアム解除手続き
等である。

捕鯨をあくまで漁業の一形態と位置づける日本や他の捕鯨支持国は、過度に厳しい規制は必要なく、規制にかかる費用は捕鯨国だけでなくすべてのIWC加盟国が負担すべきとの立場である。一方、反捕鯨国側はすべての項目で最も厳しい規制を求め、規制費用は捕鯨活動から利益を得る国が負担するべきだと主張する。昨年から今年にかけての一連の会合で行われたのは、各論点に関する異なる意見をリスト化する作業だけであった。

蔚山でのRMS小委員会では、本委員会での投票に付すためのRMSパッケージ案を作成することになっていたが、加盟国からも議長からも具体的な提案は出されなかった。本委員会では日本がRMSパッケージ案を提出したが、自説を並べただけの提案であったため、投票で否決されてしまった。結局、来年の年次会合での継続審議と、問題解決に向けた閣僚級会議の開催の可能性に言及した決議が採択されて終った。こうしてRMS交渉は振り出しに戻ってしまった。

捕鯨外交の根本的な見直しを

問題なのは、反捕鯨国だけでなく、日本もRMS完成に向けた外交上のシナリオを持っていないことだ。IWCでの日本の水産庁の交渉態度を「厳しい国際情勢のもとで、反捕鯨国の理不尽な圧力に屈することなく、鯨類の持続的利用に向けて交渉を行っている」と評価する向きもある。しかしその実態は、毎年同じ主張を確認し合うだけの単純なものである。捕鯨・反捕鯨のどちらかが4分の3の賛成票を確保できない限り、「自国の主張を最後まで曲げず、投票で反対票を入れる」という行動の繰り返しに終わり、交渉の成果を何も持ち帰れなくても咎められることはない。その意味では、担当者にとってこれほど楽な外交交渉の場はない。

日本側は、RMPの採択後、IWC交渉でこれほど長い期間にわたって商業捕鯨の捕獲枠を確保できないとは思っていなかったはずである。日本としては、商業捕鯨の再開という旧来の目標に関して総合的な国益という観点から、交渉の上で多段階の獲得目標を設定し、これを前提に、日本支持のIWC新規加盟国を増やすという従来の方針を検討し直してみるべきである。実際もし、EU新規加盟国※2がIWCに関しても反捕鯨でEU諸国と一致した対応をとることになれば、日本が4分の3の賛成票を獲得することはほとんど不可能になる。このまま票数争いを過熱させても、国際合意にもとづく鯨類資源管理の不在という状況は変わらない。(了)

1 2005年7月時点でのIWC加盟国は66カ国。捕鯨支持国および反捕鯨国の数は約半数ずつと拮抗している。

2 2004年5月、チェコ、ポーランド、ラトビアなど10カ国がEUに加盟した。そのうち、チェコ、ハンガリー、スロバキアはすでにIWCに加盟し、商業捕鯨の再開に反対する立場をとっている。

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