Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第127号(2005.11.20発行)

第127号(2005.11.20 発行)

南太平洋大学における海洋教育に参加して

南太平洋大学客員教授◆宮田元靖

いくつかの国が共同で設立・運営している研究所は欧州で散見されるものの、大学を2カ国以上で共有するケースは極めて稀である。
その珍しい一例である多国籍国立大学がフィジーに存在する。
本稿はそこの海洋学部に滞在した筆者の報告である。

12の島嶼国政府が共同で運営する南太平洋大学

USP(The University of the South Pacific、南太平洋大学)は南太平洋にある12の島嶼国政府が共同で所有し、かつ運営している国立大学であり、その本拠はフィジーの首都スバにある。このUSP加盟12カ国をEEZ(排他的経済水域)の面積が大きい順に並べてその概要をまとめたものが表1である。表から分かるようにEEZ面積を12カ国で合計すると日本のほぼ3倍になる。EEZと国土の面積比は一番小さいサモアでさえ41倍もある(日本は11倍)。また国土面積と海岸線の長さから推測しても、これらの国には内陸部は無いに等しく、国民全員が沿岸に住んでいると言っても過言ではないことになる。つまり、国土面積合計が日本の6分の1しかないこの12カ国にとって海洋が持つ意味は日本より桁違いに大きい。UPS在籍者数を見ると、総学生数1万6千余人のうち地元フィジーの学生が6割を占めている。加盟国以外の国では、中国、オーストラリア、ニュージーランド、日本、米国などからの留学生が150人ほど学んでいる。

筆者は今回、POGO(Partnership for Observation of Global Oceans)Visiting Professorship Programに採択されて、USPの海洋学科で数カ月間にわたって教鞭を取る機会を得た。POGOはカナダのベッドフォードに本部を置く国際的な民間組織であるが、このプログラムはもともと財団法人 日本船舶振興会(通称日本財団)が発展途上国における能力開発を主目的にした資金をPOGOに提供したものであり、私のUSPにおけるポストにはPOGO/Nippon Foundation Visiting Professorというタイトルが付けられることになった。

南太平洋大学における国際色豊かなワークショップ

ワークショップ風景(写真提供:上野洋路氏)

筆者は、今年の2月初めに始まった夏学期と、7月の半ばからの冬学期に行われた正規のクラスをいくつか担当した他に、学期休みを利用して2週間の特別集中講義を開催した。これはPOGO/日本財団ワークショップと名付けられ、その全体のテーマは「南太平洋での海洋物理学」で、講義の内容は、潮汐と波浪、海洋大循環と海流、エルニーニョ、気候変動、津波、沿岸海洋、海面変動、などの他、地域社会の関心に合わせて、サンゴ礁の生態系、沿岸管理、漁業への応用、なども加えた。

ワークショップ参加者の主体は、広く加盟国全体から推薦を受けた関係者三十余名で、そのうち半分ほどがUSPの大学院学生であったが、残りの半分のほぼ全員が各国の公務員で、いずれも海に関係のある職場で働いている漁業や環境問題などの専門家だった。加盟国以外からも、パプアニューギニアの大学の先生やアラスカ出身の学生などの参加があり、文字通り国際色豊かなワークショップであった。さらに、正規の受講者の他にも、USP海洋学科などに勤めている技官の人たちの聴講者が少なからずあり、海に対する関心の深さを伺わせられた。筆者が受け持った講義は全体の半分ほどで、

■表1 USP加盟国の概要
※1:Secretariat of the Pacific Community SPC Coastal Fisheries Programme Review 1997 による。
※2:SPC(http://www.spc.int) Pacific Regional Information System Information about National Statistics Offices による。
※3:米国CIA The World Factbook(http://www.cia.gov/cia/publications/factbook/)による。人口は2005年7月現在。
※4:The University of the South Pacific/Planning and Development Office USP Statistics 2004 による。
残りは、USPの海洋学科、生物学科、地理学科などの先生方の他に外部に応援を頼んだ。とくにSOPAC(South Pacific Applied Geoscience Commission:南太平洋応用地球科学委員会。南太平洋島嶼国とオーストラリア、ニュージーランドの計20カ国が加盟)からは講師他の支援を受け、オーストラリアのクイーンズランド大学のChris Roelfslema博士には「海洋学におけるリモートセンシングの活用」についての、また日本の海洋研究開発機構から派遣された上野洋路博士には「Argo観測計画」についての講義をお願いした。

教室での講義・講演に加えて、観測船上での観測機器の使い方の講習、検潮所の見学、あるいはPCによる実習なども実施した。とくに、地質学の先生と生物学の先生が共同で週末に主催したフィールド実習は、朝7時から日暮れまでビチレブ島の南岸をバスで走破しながら数カ所の現場で海岸の環境問題を論ずるという、密度の高いもので、強行軍ながら受講者にはとりわけ好評であった。受講者はおしなべて熱心で、授業後も質問や討論で時間が延長したことも珍しくなかった。

南太平洋の島嶼国とのパートナーシップを

最終日にUSP副学長の署名が入った「2週間集中講義終了書」を一人ひとりに手渡した後、受講者代表から受けた謝辞は「島嶼国における海洋の重要性と国際協力への要望」を訴えた格調高いスピーチだった。

考えてみれば、海の中では、魚にしても津波にしても国境を意識しないで自由に往来しているので、必然的に国際的な環境を必要とするのは当然とも言えよう。このワークショップに限らず、フィジーに筆者が滞在している数カ月間でも毎日のように国籍が異なる人に何人も出会ったし、こういう島国においては、国際性が日常なのだと改めて痛感させられた。

日本は海洋国家であるとかないとか、昔から議論があるが、国家戦略を考える際に、例えば「海洋国家連合」などの構想で引き合いによく出されるのは、東アジアとASEAN諸国、あるいはオーストラリアやニュージーランドであって、南太平洋の島嶼国は軽視されてきたのではなかろうか。しかし、表1を持ち出すまでもなく、これら島嶼国は決して無視できないどころか、日本にとって強力なパートナーとなる可能性を秘めているのではないか、と感じた次第である。

フィジー1国に滞在しただけで12カ国との国際交流ができるという、極めて恵まれた環境で、ささやかながら次の世代への教育に参加する機会を筆者が得たのは、POGO・日本財団の財政的援助のお蔭であり、ここに感謝の意を表したい。(了)

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