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オーシャンニューズレター

第117号(2005.06.20発行)

第117号(2005.06.20 発行)

海洋秩序維持への地域多国間協力-多国籍で多機関の有志連合創設に向けて-

岡崎研究所理事◆金田秀昭

アジア太平洋地域の主要海上航路、マラッカ・シンガポール海峡やインドネシア群島水域などでの安全航行を確保するため、予期される海上テロや海賊の活動を抑止し、適確に対処する方策として、地域内および近隣諸国の海軍、沿岸警備当局、海上警察など、多国籍で多機関を糾合した「地域海洋秩序維持協力活動有志連合」による共同態勢の確立が望まれるようになった。
日本はその創設に向けてイニシアチブの発揮を求められている。

アジア太平洋地域の主要海上航路の安全確保をめざして

今年の4月初め、日本国際問題研究所の支援を得て、インドのデリーで開かれたアジア太平洋安全保障協力会議(CSCAP)の海洋安全保障協力部会に参加し、欧州、米国、インドを含む地域内外16カ国の代表とともに、アジア太平洋地域の主要海上航路での安全航行確保の方策などについて討議した。当会議では、海上テロや海賊の行動を抑止し適確に対処するため、海軍、沿岸警備当局、海上警察など関連海上機関を糾合した「多国籍で多機関の有志連合」創設の必要性なども論議された。

■東南アジアの海域別海賊事件発生件数:2004年
(世界合計325件:内東南アジア計160件)
資料:国際海事局(IMB)

周知のように、従来、当地域における海洋秩序維持については、各国の個別的な対応を基本とした取り組みがなされてきたが、近年は、マラッカ・シンガポール海峡やインドネシアの群島水域など、東南アジア地域を貫流する主要海上航路での海賊行為の頻発などを背景として、地域内の共同対処の動きが出てきた。最近では、国際テロリストによる海上テロの及ぼす深刻な事態発生の可能性と関連させて、沿岸国はもとより、これら主要海上航路が安全な状態に保たれることに最大の恩恵を受ける日本や中国などの北東アジア諸国やインドなどの参加を含む、より広範な地域拡大型の海洋秩序維持への試みが幾つか提案されるようになってきた。

国境を越えた多国籍・多機関による協力関係

例えば、9.11テロの直後、ASEANは米国との共同による対テロ宣言に調印し、以後も累次にわたる首脳会議などで、いくつかの反テロ・反海賊宣言を採択するなどのアピールを行ってきたが、最近では、マレーシアに東南アジア反テロ地域センターを開設し、さらに平成15年のASEAN第?協和宣言において、テロ、麻薬密売、海賊対策のような包括的安全保障の追求を重点に置くなど、国境を越えた秩序維持への協力関係強化を打ち出している。

このように、域内の海洋を巡る安全保障や秩序維持といった共通の目標に対し、域外諸国を巻き込みながら地域での共同歩調を進めていくことについては、基本的なコンセンサスが成立しつつあると見て良く、その中で、地域における海洋秩序維持を巡る多国籍で多機関による協力関係構築が具体的に求められようになった。これを象徴するのが、昨年、東京でASEANと日本、中国、インドなど計16カ国が採択したアジア海賊対策地域協力協定(ReCAAP)であり、その手始めにシンガポールに「情報共有センター」が設置されることとなった。

ここで、域内の関連海上機関の共同態勢について見ていくと、海軍(海上自衛隊)間では、すでに安全保障や人道的分野で、同盟関係を超えた形での多国間共同訓練が盛んに行われているが、秩序維持の分野でも、国際シーパワー・シンポジウム(ISS)※1や西太平洋海軍シンポジウム(WPNS)※2などの多国間会議に、諸国の沿岸警備当局の首脳も招き、各国海軍の首脳との議論を通じ、両者の緊密な協力関係構築の必要性を、国際社会や各国内にアピールしていくことについて意見が一致するなど、好ましい動きを見せている。一方、沿岸警備当局間では、日本と東南アジア諸国間の2国間ベースの協力が顕著で、各種の連携訓練や支援がなされている。しかし残念なことに、多国籍による海軍と沿岸警備当局間との具体的連携は進んでいないのが実情である。

言うまでもなく、テロリストや海賊に適確に対処するためには、各国の外交当局、情報機関、軍、警察などの安全保障や治安維持機関などから、テロリストや海賊の実態の把握や現在の動静などに関する静的な情報を入手、分析評価し、航行船舶や当該船舶の船主、地域の関連海上機関などにタイムリーに配布するとともに、海域全般の動的な情報収集のための監視・哨戒、事案発生時の対処・追跡といった面で、関係するあらゆる海上機関を統合した形での、シームレスな連携が必要となる。

平成11年、マラッカ海峡で発生したアロンドラ・レインボー号の海賊襲撃事件に際しては、関連情報を入手したインド海軍と沿岸警備隊の連携により、インド洋上で塗装を変えた同号を捕捉、海賊を逮捕し事件は収束した。先般の航洋曳船「韋駄天」事件では、幸い身代金の支払いにより人質となった船長などは解放されたが、折角最近の取極めにより、マレーシア、インドネシアおよびシンガポールの沿岸3国の共同パトロールが行われていたにもかかわらず、当事者間の連携が不十分で、襲撃に使用された盗難漁船についての情報が活用されなかったため、海賊襲撃を未然防止することはできなかった。加えて、事態発生後の対応活動の連携も不十分で、海賊の早期逮捕にも結びつかなかった。

海上テロや海賊への対策として何よりも重要なことは、その行動を未然に防止することであり、そのためには、多国籍で多機関の緊密な情報交換、共同連携が重要となるが、とりわけ、沿岸警備隊や海上警察の能力に比較しても、これらを凌駕する行動力や攻撃力を持つと分析されている国際テロリストによる海上テロに対しては、海軍力を含まなければ有効な抑止効果は期待できない。

「地域海洋秩序維持協力活動有志連合」の創設を

離水する海上自衛隊の水陸両用救難飛行艇(US-1A)

今般のデリー会議では、多くの参会者から、マラッカ海峡などにおける海上安全保障、中でも海洋秩序維持のため、日本など、「地域公共財」として貢献する意思と能力のある国が、沿岸諸国の意向を最大限尊重しつつイニシアチブを執り、ASEAN諸国を中心として、北東アジア諸国、インド、豪州などを含む、多国籍で多機関を糾合した「地域海洋秩序維持協力活動有志連合」の創設を切実に希求する声が大きく聞かれた。当然のことながら、この有志連合の活動に際しては、活動地域の沿岸国の主権に対する配慮が十分に行われなければならない。そういったことを勘案しつつ、例えば日本が今直ちにできることを考えてみれば、海自護衛艦や海保巡視船による共同パトロール協力、海自哨戒機(P-3C)による広域の監視哨戒協力、情報ネットワーク構築などの技術・資金協力、海自ミサイル艇や海保巡視船(いずれも武装を撤去)および海自水陸両用機(US-1A:もともと無武装)の無償提供などの装備協力といった点で、貢献することが期待されるであろう。

CSCAPでは、今後、年内を目途に本部会の合意事項をまとめ、CSCAP統括会議での討議を経て、ASEAN地域フォーラム(ARF)※3などに提案する運びである。(了)

※1 国際シーパワー・シンポジウム(International Sea power Symposium)=各国の海軍参謀長が集まり、海軍の共通の課題について意見交換を行う、米海軍が隔年で主催するシンポジウム(日本は第1回(69年)から参加)。

※2 西太平洋海軍シンポジウム(Western Pacific Naval Symposium)=西太平洋地域諸国の海軍参謀長などが集まり、海軍間の相互理解を深めるために88年から隔年で実施されているシンポジウム。96年には日本で開催。

※3 ASEAN地域フォーラム(ASEAN Regional Forum)=アジア太平洋地域の政治・安全保障対話を行うために93年に創設された、各国外相の参加する、アジア太平洋地域の安全保障に関する対話のための枠組み。

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