Ocean Newsletter
第116号(2005.06.05発行)
- 海洋政策研究財団研究員◆加々美康彦
- ハーバード大学ケネディ行政大学院修士課程◆小西雅子
- 世界海洋データセンター・ディレクター◆Sydney Levitus
- ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男
世界海洋データの発掘と救済プロジェクト
世界海洋データセンター・ディレクター◆Sydney Levitus20世紀に得られた海洋観測データの多くは手書きであり、広範な利用ができない状況にある。
腐食や損傷の恐れもあるため、90年代初頭にデータを発掘し、データベースを構築するプロジェクトが開始された。
このプロジェクトの成果はかけがえのない地球の海の歴史を記録するものであり、海洋と気候の研究に不可欠である。
今後も一つでも多くのデータを発掘し、品質管理を行って後世に伝える努力が続けられて行くであろう。
はじめに
気候変動における海の役割を明らかにして、気候予測可能性の研究を深めるには、今だけでなく昔の海の水温や塩分データを可能な限りデータベース化することが必要である。このデータベースは地球気候システムのシミュレーションを検証したり、数年から10年スケールの海洋変動を確認したりするのに使うことができる。水産資源の管理にも有用である。何よりも重要なことは、産業革命以来の温室効果ガスの増加に対応して世界海洋の水温も過去50年間に上昇したことが予想され、これを示す科学研究に、こうしたデータが必要とされていることである。20世紀には多くの海洋データが得られたが、多くが手書きでしか存在しないため、広く利用される状態にはない。さらに腐食や損傷の恐れもある。こうしたデータをデジタル化するプロジェクトはこれまで不十分であった。
本稿では、1990年代初頭に開始された世界海洋データの救済プロジェクトについて解説する。同プロジェクトの目的は、海洋と気候の研究を促進するために、損失の危険にさらされた海水温や塩分等の鉛直プロファイルとプランクトンに関するデータセットを探し出し、科学的に品質が保たれたデータセットに、一元化された書式で組み込むことである。
海洋データ管理の歴史
海洋物理学は1902年ごろ、国際海洋探査協議会(ICES)の設立とともに始まった。ICESは、北東部大西洋における漁獲高の変動を理解することに関心を持った西欧諸国の共同事業体として発足し、海洋データの収集作業を行った。ICESは、データ集を連続して刊行し、海洋データの国際的な交換も推進している。その後、複数の海洋研究所がデータ保管所を設立した。例えば米国では1940年代から、ウッズホール海洋研究所とスクリプス海洋研究所が、機械式自記水深水温計(MBT)のデータの保管センターとなった。このデータは、手書き、あるいはタイプされたカードに記録されていた。1957年から1958年の国際地球観測年(IGY)には、集められた科学的データを恒久的に保存し、広く国際的に利用できるようにすべく、世界海洋データセンター(WDC)のシステムが構築された。WDCのシステム(http://www.ngdc.noaa.gov/wdc/wdcmain.html参照)は、国際学術連合会議(ICSU)の後援で運営されている。1960年代、各国は海洋データを保存し、サービスを提供するために国立海洋データセンターの設立を開始した。これらのセンターはユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)の後援により、国際的に組織化され、海洋データの国際的な交換を促進し、先進諸国から途上諸国への技術移転を支援してきた。IOCは1993年に世界海洋データの発掘と救済プロジェクト(GODARプロジェクト)を発足した。本プロジェクトは米国メリーランド州にある海洋学のための世界海洋データセンター(WDC)の主導で行われている。
GODARプロジェクトの目的と成果
GODARプロジェクトの最優先課題は、手書きかアナログ形式のデータをデジタル化することである。その他の重要な課題は、1)メディアが腐食する、または放置される恐れのある電子データを救済すること、2)2カ所以上の国際データセンターに、交換可能なすべての海洋データを電子形式で確実に保存すること、3)現在手書きの状態にあるデータのカタログ(目録)の準備、4)全データの品質管理を実施すること、また、インターネットやCD-ROMなどのメディアで全データを利用できるようにすること、等である。
GODARプロジェクトは、物理、化学、およびプランクトンの海洋データに重点を置いている。最近は、海面水位データの救済も活動の一部となっている。本プロジェクトが開始された数年間のうちに、6つの地域別国際会議が開かれ、手書き、電子形式、また両方の状態で国際的に保有されている海洋データの調査が行われた。GODARプロジェクトのこうした活動は、国際GODAR評価会議によって成功とみなされた(IOCワークショップ・レポート178参照)。
1994年に欧州連合は、地中海および黒海における水温と塩分プロファイルの救済と解析に焦点を当てた2つのプロジェクトの支援を開始した。これらのプロジェクトでは、地中海データベース(MODB)と一層の品質チェックを経たMEDATLASをCD-ROMの形で頒布した。また、「西太平洋海域共同調査(GODAR/WESTPAC)」では、西太平洋に面した国々に特に重点を置き、日本海洋データセンター(JODC)を中心に活動している。日本はGODARプロジェクトの主要な貢献者である。
GODARプロジェクトによって約300万件の世界海洋の水温鉛直プロファイルが増加した。さらに約150万件のプロファイルが手書きの状態で存在することを確認した。すでに救出されたデータを、もし今収集しようとするなら航海費用として約30億ドルも必要である。図1は、GODARプロジェクトの一環として救済された転倒式温度計による水温鉛直分布の海上定点データ(OSD)の数を示している。
GODARプロジェクトによって集められたデータは、「世界海洋データベース(WOD)」の一部として配布され、インターネットのほか、CD-ROMでも入手可能になっている。WODに含まれているデータには、約730万件の水温鉛直分布、200万件の塩分鉛直分布、10万6千件を超えるプランクトン生物量の観測結果、その他の分野の70万件を超える分類データがある。図2は、GODARプロジェクトなどによって、国立海洋データセンター/世界海洋データセンター(NODC/WDC)で入手可能になった水温鉛直分布および塩分鉛直分布のデータ数の伸びを示している。

世界海洋データベースのさらなる構築にむけて
海洋データには非常に多種多様な情報源とさまざまな測定法があることから、データベースの構築にあたってはさまざまな問題に遭遇し、苦労してきた。メタデータ(船名等、データに関する情報)あるいはデータそのものが、不正確だったり欠落したりしている場合もあった。しかし、この苦労も、海上で測定そのものを行うのに必要だった労力やデータベースに基づく成果物の科学的有用性を考えると報われる。海洋学は観測に基づく科学であり、地球上から失われた歴史データを差し替えることは不可能である。この意味で、歴史的な海洋の測定データはきわめて貴重なのである。にもかかわらず、本プロジェクトの重要性と有用性について疑問を呈する人がいる。こうした疑問に答えるために図3を示そう。この図は海洋鉛直プロファイルのデータベース、およびそれに基づいた成果物が、科学の世界でどのくらい引用されてきたかを示している。過去20年間の科学研究に非常に大きな影響を与えてきたことは明白である。
GODARプロジェクトで存在が明らかになった海洋データのうち、依然としてかなりの量が、デジタル化、あるいはより新しいメディアへの移行を必要としており、地域や世界のデータベースに登録されなければならない。この方向の努力をこれからも続けてゆきたい。(了)


●本稿の原文「The Global Oceanographic Data Archaeology and Rescue Project」は、海洋政策研究財団のホームページでご覧いただけます。
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