Ocean Newsletter
第116号(2005.06.05発行)
- 海洋政策研究財団研究員◆加々美康彦
- ハーバード大学ケネディ行政大学院修士課程◆小西雅子
- 世界海洋データセンター・ディレクター◆Sydney Levitus
- ニューズレター編集委員会編集代表者(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男
アメリカ大統領選挙に見るアメリカ人の環境問題の意識について
ハーバード大学ケネディ行政大学院修士課程◆小西雅子昨年行われたアメリカ大統領選挙は、ニューヨークのテロ後はじめての選挙とあって、経済問題よりむしろテロの脅威、イラク戦争が争点となった。
選挙前に行われた世論調査では、アメリカ人の実に86%が環境保護のためにより厳しい規制を課すべきだと回答していたにもかかわらず、選挙戦において環境問題が論じられることはなかった。
環境問題が人々の関心を引かない理由はどこにあるのか。
アメリカ人は世界規模の環境問題に関心が薄い?
地球温暖化を人類の脅威として取り上げたはじめてのメジャー映画「ザ・デイ・アフター・トゥモロー」が世界各国で上映され、人々の関心を集めた2004年。地球温暖化はあらゆる局面への影響が議論されていますが、海水面の上昇から来る低地の水没の危機もその大きな問題のひとつです。
さてこの年は、アメリカでは4年に一度の大統領選挙の年でした。2004年の夏から、ハーバード大学ケネディ行政大学院の修士課程に進学して、環境問題とジャーナリズムを研究している私にとって、はじめてアメリカで経験する大統領選挙となりました。私は気象予報士としてテレビの天気予報を担当すること7年、地球温暖化などの天気関連の環境問題の番組を制作しているうちに、国際的に活動したい気持ちが高まって進学しました。ところがアメリカ人についての私の最初の印象は、「世界規模の環境問題に関心が薄い?」、特に地球温暖化は科学的にはまだ取り上げるに値しないレベルであるというものでした。温暖化ガスを世界一排出しているのに、国内経済に打撃が大きいからという理由で京都議定書を批准しない国であることも問題に感じられました。
おりしも9月から大統領選挙のキャンペーン活動が大々的にはじまり、私は大統領選挙における環境問題の影響について調べることにしました。
まず選挙民の意識を調査した世論調査を調べると、選挙前に行われた調査では、アメリカ人の実に86%が環境保護のためにより厳しい規制を課すべきだと回答しており、65%が環境問題に予算を増額するべきだと考えていることがわかりました。この傾向は世論調査がはじまった1992年から変わっておらず、大多数のアメリカ人が環境問題を大切だと答えているのです※1。また選挙後に行われた世論調査でも95%のアメリカ人が環境保護は大切であると答え、そのうち65%は、非常に大切と思っています※2。ところが、選挙後の出口調査では、何を基準に候補者を選んだかという問いに対し、モラル問題(22%)、経済(20%)、テロの脅威(19%)と続いて、環境問題はまったく顔を出しませんでした※3。つまり大切であると思っているにもかかわらず、候補者を選ぶときには環境問題は頭になかったのです。なぜでしょうか?
環境問題についてはほとんど触れられなかった大統領選挙
アメリカの大統領選挙は、キャンペーン中に繰り広げられるissueと呼ばれる論点についての候補者の意見が大きく選挙民を左右します。2004年のissueは大きく分けて8つあり、まずイラクでの戦争、テロの脅威、失業などの経済問題、モラルや価値観、健康保険、教育、環境、エネルギーと続きます※4。これらの論点は大統領選挙で繰り返し登場するもので、その年の社会状況によって優先順位が変わります※5。04年の選挙はニューヨークのテロ後はじめての選挙とあって、テロの脅威、イラク戦争が大きな焦点となりました。そのほかは毎回ハイライトとなる経済問題、それに中絶の是非などのモラル問題です。モラルに対する議論が沸騰する中、ブッシュ現大統領もケリー候補も環境問題についてはほとんど触れませんでした。両候補者が直接対決する公開テレビディベートでは3回のうちたった1回で、ほんの数分触れただけでした。環境より経済を優先してきたブッシュ大統領はともかく、環境保護論者として知られるケリー候補があえて触れなかったのは、失業問題に敏感な選挙民を刺激したくなかったためと、触れなくても環境保護に関心の深い選挙民はケリー候補を支持するのがわかっていたためだと言われています※6。
テレビや新聞などのマスコミも環境問題には無関心でした。アメリカを代表する新聞、ニューヨークタイムズとワシントンポストにおける環境問題の記事の数をキャンペーン中の9月から11月1日まで調べましたが、ワシントンポストでは6本、ニューヨークタイムズで5本だけでした。ワシントンポストでは、ロシアの京都議定書批准記事が1本、ブッシュとケリーの環境政策の違いに触れた記事が2本、国内での野生動物の保護などローカル環境問題が3本です。ニューヨークタイムズでは、ロシアの批准が1本、ローカル環境問題が1本、残りは温暖化や科学についてのブッシュ政策を非難する記事です。5本のうち3本は、アンドリュー・レブキンという環境ジャーナリストが書いていたのが印象的でした。
これに比べてイラク問題に触れた記事はニューヨークタイムズとワシントンポストの両方で200本近く、環境問題に対する関心とは雲泥の差がありました。
環境問題が人々の関心を引かないもうひとつの理由

アメリカのマスコミが地球温暖化に冷淡なのは歴史があります。アメリカを代表する環境ジャーナリスト、ロス・ゲルブスパン氏によると、今から8年前、世界規模での二酸化炭素排出制限が叫ばれる中、アメリカの石炭、石油産業はワシントンをベースに大きなキャンペーンを行いました。それは主にマスコミの中立であろうとする努力を逆手にとったもので、一部の科学者の研究活動に巨額の融資を行い、地球温暖化は科学的に証明されないという主張を大きく宣伝したものでした。その結果、マスコミの地球温暖化に対する扱いは小さくなり、異常気象などで触れるときにも必ず反論をのせ、これが地球温暖化問題をまだとるにたらないものとして一般のアメリカ人に認識させることとなってしまったというものです※7。
つまりもともと選挙民が世界規模での環境問題に無関心なところに、キャンペーン中も候補者からほとんど環境問題への言及がなく、マスコミからの情報もわずかであったことになります。これが選挙における環境問題への関心の薄さをさらに助長したと考えられます。アメリカ一の世論調査研究所、ポー・リサーチセンター所長のアンドリュー・コーホット氏は、「人々はもちろん環境問題に関心がある。教育やエネルギー問題が大切であると考えるのと同じように。ただそれらの問題はより関心の深い問題の影に隠されてしまった。環境問題には人々の関心をひきつける力はなかった」と語りました※8。
今回の選挙は経済問題が一番の焦点となる通常の大統領選挙とは異なり、テロの脅威、イラク戦争が人々の一番の関心となり、より強いリーダー像が求められた結果、ブッシュ大統領の再選となりました。ケリー候補が大統領になっていたら、アメリカの温暖化対策は大きく前進しただろうと言われています。経済を優先するブッシュ大統領のもと、あと4年、世界一の温暖化ガス排出国の動向が気になるところです。(了)
※2 CNN/GALLUP/USA TODAY, conducted November 3, 2004, surveyed 621 adults.
※3 U.S.President/National/Exit Poll, conducted November 1, 2004 (136,660 Respondents)
※4 GOP.com (Bush and Cheney official campaign site 2004) <http://www.geogrewbush.com/>(cited 20.Dec.2004)
John Kerry.com (John Kerry and John Edwards official campaign site 2004), <http://www.johnkerry.com/> (cited 20 Dec. 2004)
※5 James E. Campbell, The American Campaign: presidential Campaigns and National Vote (College Station: Texas A&M University Press 2000), p.88.
※6 Beth Daley, "On energy and Environment, a vast divide," Boston Globe, 19 October 2004, A20
※7 Ross Gelpspan, Boiling Point
※8 Andrew Kohut, lecture on "What the Data Tell Us about the 2004 Election and the Future," PAL 343, Harvard University, Cambridge, MA. December 2 2004.
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