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第116号(2005.06.05発行)

第116号(2005.06.05 発行)

第二の波-米国海洋政策の新展開-

海洋政策研究財団研究員◆加々美康彦

米国海洋政策審議会による最終報告書『21世紀海洋の青写真』の完成を受け、ブッシュ大統領は最初のアクションとなる『米国海洋行動計画』を発表した。
これにより「2000年海洋法」に基づく作業は一段落となるが、1969年のストラットン委員会報告書『わが国と海』以来の「第二の波」が高まりを見せるのはこれからである。

はじめに

米国海洋政策審議会は、2004年9月20日に最終報告書『21世紀海洋の青写真』(以下、青写真)を大統領と議会に提出した。大統領は2000年海洋法(Oceans Act)に基づき90日以内に対応を示さねばならないが、期限間際となる12月17日に『米国海洋行動計画』(以下、行動計画)を発表した。これは、1969年に「初の、真に包括的な米国海洋政策に関する研究」と呼ばれたストラットン委員会報告書『わが国と海』を皮切りに、海洋大気庁(NOAA)の設置や沿岸域管理法といった斬新な海洋政策につながった、いわば「第一の波」に匹敵する約30年ぶりの「第二の波」とも言える、新たな変革期に入ったことを意味する。本稿ではその「波打ち際」に立って、米国海洋政策の新展開を眺めてみることにする。

『21世紀海洋の青写真』の勧告

本文600ページを超える『青写真』の成立に至る経緯と概要については、すでに本誌第54、84、90および102号で紹介されているのでそれに譲り、ここでは後述の『行動計画』との関係のある勧告をいくつか抜き出してみたい。

(1)最も注目される組織改革では、海洋政策の全側面を監督、調整する省庁間機構として、大統領補佐官を長とする閣僚級の国家海洋理事会(NOC)を設置すること、またこれまで大統領令のみに基礎を置いていたNOAAについて、制定法上の根拠を与えて強化することを勧告した。NOAAの権限強化は『青写真』の大きな特徴である。(2)海洋研究の促進については、研究予算を今後5年で倍増させ、10年計画の研究戦略を国家レベルで立案せよとした。(3)海洋教育の拡充については、海洋関連政府機関すべてが関与すべきとし、調整機関としてNOC直属の省庁間機構たる海洋教育局の設置を勧告した。(4)具体的な管理課題では広範な問題が扱われるが、基本的に既存の立法、連邦のプログラムを整理統合すること、そのために連邦、州その他関係主体を連携させる機構を設置しまたは調整を向上させることを勧告した。(5)最後に審議会は『青写真』の実施にかかる追加的費用として初年度に15億ドル、全面実施後の継続的経費を39億ドルと試算し、その財源に約50億ドルと見積もられるいわゆる沖合大陸棚(OCS)での石油、ガス開発からのロイヤルティの約8割を元手に海洋政策基金を設けて補完させるよう勧告している。

1969年の報告書が目指したのが「創造(creation)」だとすれば、今回の報告書は「整理統合(consolidation)」を目指すものと言える。その背景には、現在の国際社会の目標であり、『青写真』が基本原則の一つに掲げて随所で言及する、「生態系を基礎とする管理(Ecosystem-based management)」の実践がある。そのための体制作りこそが勧告の要諦である。

『行動計画』の概要

『行動計画』の目的は、米国海洋政策の方向性を示す即時的および短期的な行動を特定し、さらに将来に渡る長期的な行動の概略を示すことである。ただ、収録された計画には着手済みのものが少なくなく、現在進行形の行動のカタログという色彩が強い。なお序論の中で、意思決定に際して生態系を基礎とするアプローチをとるとの基本原則を確認している。

『行動計画』は6つの柱からなり、そのうち主な行動を挙げれば以下の通りである。

1)海洋リーダーシップと調整:組織改革に関して、省庁よりも上位にあたり、大統領府内の諮問機関である環境諮問委員会(CEQ)内に、CEQ委員長を長として18の省庁、独立機関の長官からなる海洋政策委員会(http://ocean.ceq.gov/)を新設する。これは、『行動計画』と同日に告示された大統領令(第13366号)に根拠を置く閣僚級の委員会で、『青写真』の勧告にほぼ沿うものといえよう。具体的な討議事項は、同委員会が作成する18カ月作業計画の中で今後明らかにされるが、踏み込んだ行動の追加、既存の立法と関係機関の過不足を合理化することが目標とされる。NOAA強化については、すでに政府の要請を受けて制定法上の根拠を与えるNOAA組織法案が提出されており、第109回議会(2005年)での可決を目指すと述べている。

2)海洋・沿岸・五大湖の理解の増進:海洋研究への投資については勧告よりもトーンを下げ、予算増額には言及を避け、2006年中に海洋研究優先課題計画および実施戦略の策定を指示するにとどまる。海洋教育の拡充については、2004年12月に大統領が署名した統合歳出配分承認法の中で、NOAAに教育に関わる権限を付与したことが紹介された。

3)海洋・沿岸・五大湖の利用と保存の向上:漁業管理の改善との関係で、マグナソン・スティーブンス漁業保存管理法の再授権を支持し、個別漁獲割当量(IFQs)などの専用的入漁権(dedicated access privileges)の利用を明確化し、地域漁業管理理事会の委員構成の見直しなどを盛り込むための改正を行うとしている。サンゴ礁の保護には積極的で、たとえば「サンゴ礁地方行動計画」の促進のために2006年度予算として270万ドルを要求することを予定する。沖合養殖はこれを推進し、商務省に権限を与え、民間を支援する「国家沖合養殖法」の第109回議会への提出を明記している。

4)沿岸と流域圏の管理:沿岸域管理法、水質汚濁防止法など既存の立法、連邦プログラムの整理統合が必要と勧告された沿岸域管理について、2005年度にNOAAと環境保護庁が中心となり各地で研究会を開催して検討していくことが確認された。深刻なノンポイント汚染については新規の行動には触れず、既存のプログラムの紹介にとどまっている。

5)海上輸送の支援:勧告では、海上輸送システムに関する省庁間委員会の強化が求められていたが、『行動計画』では大統領が同委員会を閣僚級委員会に昇格させることを指示すると明言し、また運輸省長官に対して主要輸送手段を一本化する(intermodal)計画の促進をはじめとする国家貨物輸送行動アジェンダの作成を命じた。

6)国際的な海洋の科学と政策:最後に、国連海洋法条約への加盟を支持し、他の主要な国際条約へのコミットについてもこれを推進することが述べられているが、先進国では唯一未加入の生物多様性条約についてはまったく言及していない。

むすび

『行動計画』の評価は分かれる。主要閣僚が歓迎する一方、環境主義者は「多くの勧告を無視し、ただ別の調査委員会を設置しただけ」、野党議員も実効性を疑問視して「大統領より議会が主導するべき」と批判する。確かに行動計画は漠然と書かれ、肝心な実施財源についてはまったく触れなかった。しかし、『青写真』は「創設」よりも「統合」を目指すもので、その意味で省庁横断の海洋政策委員会を設置(2005年4月5日に初会合)したのは着実な前進である。コノートン(James L. Connaughton)海洋政策委員会委員長は、委員会の検討事項が「すべて」であると明言している。けだし問題は米国だけのものではない。『青写真』と『行動計画』は、旧来の国家体制をいかに海洋管理に適応させ、生態系を保護しながら持続可能な海洋資源開発を実現するかについて、すべての海洋国家に宛てられた問いかけでもある。 (了)

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