Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第112号(2005.04.05発行)

第112号(2005.04.05 発行)

海洋災害再考-災害は忘れた頃にやってくる-

九州大学名誉教授◆光易(みつやす) 恒

人は海洋災害について過去の問題のように考えがちである。
しかし、災害は依然として後を絶たず、忘れた頃にやってくる。
絶えず新しい視点から、問題を再検討して対策を更新することが必要である。

はじめに

海洋は、地球上に温和な気候を維持するとともに、われわれの生活に必要な資源を供給し、さらに美しい景観とレクリエーションの場を与え、生活を豊かなものにしている。しかし、一度洋上の台風や海底の地震が発生すると、巨大なエネルギーを吸収して波浪、高潮、津波などを生じ、われわれの生活に大きな脅威を与える。

わが国は、海岸線が極めて長いうえ台風の常襲地帯に位置し、さらに地震多発地帯であるので、絶えずこのような海洋からの脅威にさらされてきた。このため、かなり昔から海洋災害に関わる自然現象に関し多くの研究を行い、それをもとに災害を避けるため様々な対策を講じてきた。その意味では、災害対策の先進国とも言える。しかしながら問題がないわけではない。現状と問題点について述べる。

海洋災害

一般に自然災害は自然の強大な破壊力がわれわれの対抗手段を超えた時に発生する。海洋災害を生じる主要な破壊力は、津波、高潮および波浪によって発生する。

◎津波

最近のスマトラ沖地震津波(2004)は、無防備な海岸が、巨大な津波に襲われると悲惨な災害を引き起こすことをまざまざと示した。わが国においても、以前本誌で首藤伸夫氏が指摘されたように、かつては明治三陸大津波(1896)のように、20,000人を越える災害が津波によって生じていた。その後37年を経て同じ地域に三陸沖地震津波(1933)が生じ、再び3,000人を越える死者・不明者を出した。一方、1960年に南米で生じたチリ地震津波は、太平洋を横断して一日後に日本に来襲し、三陸沿岸および北海道太平洋岸に大きな被害を生じた。スマトラ沖地震津波で生じたような災害を、われわれは既に経験していたわけである。

その後わが国では、この様な地震津波による災害を防止するため、津波の観測網の整備、予報法の研究、防災施設の建設、警報・避難システムの整備など、世界最高レベルの対策を講じてきた。しかしながら、日本海中部地震津波(1983)では秋田県を中心に100名にも達する死者を生じ、北海道南西沖地震津波(1993)では、奥尻島に壊滅的被害を受けた。このような状況を考えると、今後まだ検討すべき問題がソフト、ハード両面において残されているように思える。新しい視点からの検討が望まれる。

◎高潮

1959年に名古屋地方を襲った伊勢湾台風は、海岸堤防を破壊し内陸部に浸水し、死者・不明者5,098名という甚大な被害を生じた。これを契機として、高潮を予報する数値モデルの開発、それを用いて計算した各地の高潮高を想定した防止対策等が、わが国の沿岸の危険地帯全域について行われた。その結果、台風による高潮被害は昔に比べて少なくなった。

大規模な高潮は、台風の規模、経路、移動速度等が微妙に組み合わされて発生し、しかも災害に繋がる最高水位は高潮が満潮や大潮満潮と重なった時に発生する。このような悪条件の発生には確率的要素が介在し発生頻度は比較的小さい。したがって、わが国に来襲する台風に比較して、高潮災害の発生頻度はそれほど多くない。このため、高潮に対する関心が、研究面でも実際面でも少し低下しているように思われる。

しかしながら、宮崎正衛氏が最近の著書で示されたように、伊勢湾台風以後にもかなりの数の高潮災害が生じている。より精密な数値モデルの開発や防災施設の再検討などが望まれる。また、台風による高潮は、多くの場合巨大波浪を伴うので、波浪による水位上昇の考慮や砕波による堤防の破壊に対する対策等も必要であろう。

◎波浪

海洋波浪の予報法は、近年目覚しい発展を遂げた。基礎的な問題はまだ残されているが、実用的には最近の数値モデルは、世界の全海域の波浪を高い精度で予報することができる。また、人工衛星による波浪計測の精度も飛躍的に向上している。したがって、波浪は極めて高精度で推定可能な海洋現象の一つということができよう。しかしながら、海洋災害の面では、まったく問題がないわけではない。

◎異常波浪

写真1:北西大西洋で波浪観測中に遭遇した異常波浪(波高約10m)(1980年10月24日、平均波:H1/3 = 3.3m、T1/3 = 7.7sec)

波浪は、一見規則的に見えるが波高や周期は不規則に変動している。したがって、平均的大きさを推定したとしても、一波一波は大きく変動し、統計理論によれば一万波に一波程度の割合で平均波高の3.5倍程度の波高の波が発生する。これは、平均波高が6mであっても、まれには波高21mの巨大な波が発生することを意味する。時とすると、この理論的な推定値よりさらに大きい波が突然に発生することが報告され、これを、異常波浪(Freak Waves あるいは Rogue Waves)と呼んでいる(写真1および本号の早稲田卓爾氏の論説を参照)。

1969年から1994年にかけて、太平洋(わが国では野島崎沖)や大西洋などで数万トン級の大型貨物船の遭難が相次いで生じ、その原因の一つが、異常波浪によるものと考えられた。異常波浪の発生は、複雑な発生域の特性や波と流れとの相互干渉等にもよるが、波浪自体の統計的性質にも依存する。すなわち、最近の田中光宏氏(岐阜大学)の新しい理論解析によると、異常波浪の発生確率が、従来の統計理論よりもはるかに大きくなることが示されている。

ただ、海難事故の発生は、異常波浪のみによるのではなく、波浪中を航行する船舶の構造・強度や操船とも密接に関係がある。最近発生した海難事故について詳しく検討することも必要と考える。

おわりに

「災害は、忘れた頃にやってくる」という有名な諺が示すように、災害とくに津波災害は、発生の間隔が非常に長い。しかも確率的な性質を有し、予期しない時に発生する。この確率的性質は、現象自体の予測を困難とし、発生間隔が長いことは、研究の持続を困難とし、防災施設の建設に際しては日常生活との兼ね合いや経済性などの問題を生じる。

自然災害のように、突発的に繰り返し生じる災害に対しては、絶えず新しい視点で研究を行うこと、時代と共に進歩する他分野の研究成果や科学技術を取り入れて、定期的に問題を再検討し対策を更新すること等が必要である。「スマトラ沖地震津波」による大災害を教訓として、海洋災害の諸問題、例えば現象の力学、予報法、ハード面の対策等に関し、新しい検討が望まれる。

本稿の完成直後(2005年3月20日)、福岡沖震源のM7.0の地震が発生した。幸い津波は生じなかったが、震源に近い玄海島では全住民が本土に避難するような大災害が生じ、福岡市内にも大きな被害が生じた。九州北部に被害を生じた地震の発生は1898年来のことでまったく予想しない出来事であった。改めて自然災害に関する研究の飛躍的進歩を切望する。(了)

第112号(2005.04.05発行)のその他の記事

  • 巨大波浪は存在する 東京大学大学院工学系研究科環境海洋工学専攻助教授◆早稲田卓爾
  • 海の白波と地球温暖化予測 東北大学名誉教授◆鳥羽良明
  • 海洋災害再考-災害は忘れた頃にやってくる- 九州大学名誉教授◆光易(みつやす)恒
  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

ページトップ