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第111号(2005.03.20発行)

第111号(2005.03.20 発行)

東京湾における不適切運航の実態

東京湾海難防止協会理事長◆坂 正直

昨年行われた東京湾における不適切運航の実態調査で525隻の不適切運航船が報告された。
平成9年のダイヤモンドグレース号の底触流出油事故以来、東京湾で大きな事故は発生していないものの、この調査結果は「幸いにして発生しなかったのだ」という実態を雄弁に語ってはいまいか。
いかにして航行安全対策を図るか、関係者はいまこそ真剣に問題点と向き合うべきだ。

東京湾は、後背地として全国の3分の1にあたる膨大な人口と産業基盤を擁する首都圏を有し、そのエネルギー補給機能である発電所および石油コンビナートが湾岸に設置されている。そのため、例えば原油およびLNGの輸入量はそれぞれ全国の3割および4割に相当する量であるなど物流機能として大きい役割を果たしており、海上交通は単に輻輳(ふくそう)しているだけでなく、他の輻輳海域に比較して大型船が多い、外国船が多い、危険物積載船が多いという特徴が挙げられる。また、可航水域が限られるため交通流が帯状となり、それが分流、合流し、かつ交差し合う関係になっており、大型船の航行にとって恵まれた交通環境とはいえず、その安全対策は複雑なものとならざるを得ない。

東京湾においては、平成9年の、ダイヤモンドグレース号(原油タンカー147,012総トン)の底触流出油事故以来、さいわい大海難は発生しておらず、一方で第三海堡撤去等の船舶交通環境を整える大改造が行われていることもあって、最近は航行安全上の問題が大きく取り上げられることはない。しかし、当会が平成16年度の調査研究事業に関連して、湾内水先人会、主要旅客船および海上保安庁の協力を得て「東京湾における不適切運航の実態調査」を行ったところ、いくつかの問題点が浮かび上がったので紹介したい。

実態調査および調査結果

調査期間は、平成16年6月および7月の2カ月間であった。海上実態調査は、調査船が東京湾を航行中に遭遇する不適切運航船および自船への影響等を記録することにより行った。不適切運航については、船舶が現実に航行中遭遇して困窮している実態を捉えるため、通常意味しているものより範囲を広げ、(1)無線によるコミュニケーション不適切、(2)航法等違反、(3)行政指導違反、(4)操船マナー違反、(5)迷惑行為の5つの類型の不適切運航とし、その中から指摘項目を選択することとした。調査協力者である東京湾内水先人、巡視船および主要旅客船が調査にあたった航海数は、湾内3,143航海、港内6,155航海に及んだ。

海上調査の結果、525隻の不適切運航船が報告された。このうちの139隻は調査船の操船上に何らかの影響を与えており、ヒヤリハット(何かをしようとしたときに、ヒヤリとかハットしたできごとのこと)に至ったものは64隻であった。調査期間内に湾内各港に出入した船舶の数は43,184隻(外国船7,941隻、日本船35,243隻)であった。そこから、湾内全不適切運航船を推計すると93隻/日(港内は14隻/日)となり、これは大変に大きな数であることが分かった。

海上調査の不適切運航船525隻に陸上調査による不適切運航船135隻(無線によるコミュニケーション不適切)を加えた660隻の国籍を分類すると、外国船297隻、日本船312隻、不明51隻であった。これと先の出入港船舶統計を使用して不適切運航船発生率を計算すると、外国船は日本船の約4倍であった。また、不適切運航船を船型別にみると約90%が1万総トン以下の中小型船に集中しており、3,000~1万総トンでは外国船が多く(85%)、1,000総トン以下では日本船が多い(90%)という特徴を持っていることがわかった。

■ 不適切運航の類型別発生件数

不適切運航船660隻を事例件数で数え、指摘項目の類型ごとにみたのが別表である。詳細な分析は割愛するが、この表に関連して次のような問題点を指摘することができる。

  1. VHF常時聴守義務を遵守していない船舶が多い。東京湾においては、行き会う船舶同士が相手船の操船意図を把握していることが望ましいので、このような聴守義務が守られない運用状況は問題である。
  2. 交通ルールに関しては、中・小型船が「大型船は、操船性能上、迅速な変針減速ができないこと」をよく理解していないことがあり、その対策が必要である。また、外国船の不適切運航の発生率が日本船の4倍であることや不適切運航の大きい原因として法の不知、法の誤解があることなどから、ノーパイロット外国船に対しては特別に効果的な対策が必要である。
  3. 迷惑行為が多いことでは、不適切運航船が大型化するほど影響が大きく、安全の面だけに限らず運航遅延等の経済的損失を伴うことを認識すべきである。

重要となる安全対策

これらの問題点を解消するためには、まずは航行安全業務を所掌する海保機関に対して、安全対策の周知および不適切運航船の監視指導取り締まりの徹底を期待するが、海事関係機関(者)がより広い分野から対応すべき課題と考える。

一方外国では、このような船舶運航の実態はある程度覚悟すべきものとしてか、水先制度の強制水先の対象船舶(外国船)は、およそ1,000総トン(一部の港は約3,000総トン)以上としている。それに対し東京湾における強制水先区の対象船舶(外国船)は、横須賀区300総トン以上、横浜川崎区3,000総トン以上、その他の東京湾をカバーする東京湾区は1万総トン以上としている。日本の水先制度については現在海運のグローバル化に対応して半世紀ぶりの大見直しを行っており、その中でこれらの問題点が考慮されることを期待する。(了)

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