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オーシャンニューズレター

第111号(2005.03.20発行)

第111号(2005.03.20 発行)

NaGISA(なぎさ)プロジェクト

京都大学フィールド科学教育研究センター◆白山義久

生物多様性の危機とその保全の必要性が叫ばれているが、海洋生物については多様性の実態そのものの解明が不十分で、有効な対策を取るための基礎資料が不足している。
NaGISAは統一プロトコルによるサンプリングと分類学のキャパシティビルディングを通して、世界各地の沿岸生物の多様性を地域間で比較し、その変化をモニタリングするしくみを創ろうとする研究プログラムである。

NaGISAとは

NaGISA(Natural Geography In Shore Area)プロジェクトは、世界の海洋に生息する海洋生物の多様性、分布、個体数を評価し解明するために企画された科学研究プログラムである海洋生物のセンサス(Census of Marine Life, CoML, http://www.coml.org/)プロジェクトの中のひとつのフィールドプロジェクトである。白山が研究主任を務め、京都大学フィールド科学教育センター瀬戸臨海実験所を本部として北米・南米・東南アジアなどを中心に、すでに20カ国以上が参加している国際プロジェクトでもある(図1)。名前の由来は、もちろん日本語の「渚」である。他の言語には、この美しい響きをもつ海と陸との接点を表現する言葉がない。CoML計画全体の主任研究者であり大変な日本通でもあるRon O'Dor教授がぜひこの言葉が略称になるようにプロジェクトのタイトルをつけたいと考え、苦労して作ったのがこの研究計画の名前である。

サンプリング

写真1: NaGISA計画に参加し、フルブライトメモリアルファンドのマスターティーチャープログラムに基づいて、日本の高校生とアメリカの高校生が共同で2004年7月に行った、瀬戸臨海実験所周辺海域でのサンプリングの様子。

このフィールドプロジェクトは、沿岸生物の多様性の地理的パターンを地球規模で明らかにすることを目指しており、すべての参加者が統一された方法で海洋生物を採集・分析し、そのデータを持ち寄って地域間比較をする。できるだけ多くの人が参加できるように、その方法は専門家以外でも実施が可能な平易なものになっており、わが国では、スキューバダイバーのNGOが、またアメリカのアラスカ州では多くの一般市民がサンプリングに参加している。また2004年には、日本の文部科学省が支援しているフルブライトメモリアルファンドのマスターティーチャープログラムに基づいて、日本の高校生(田辺商業高校)とアメリカの高校生(フロリダ州ナイスビル高校)が共同で、瀬戸臨海実験所周辺海域と、ナイスビル市の海岸で共同サンプリングを実施した(写真1)。この取り組みは、今後継続的に進めていけるものと期待している。

分類学の振興

写真2:2005年3月に和歌山県白浜町にある瀬戸臨海実験所で開催された棘皮動物に関する分類学訓練コースの様子。

NaGISAでは採集したサンプルの研究を支援するため、タイのプーケット海洋生物学センターにソーティングセンターを設立し、訓練した現地の若手研究者を雇用して、生物の分別と標本の作成作業を行った。このセンターは現在バンコクのカセサート大学に移転して活動を続けている。さらに各国に、自力で分類同定を行うことができる、いわゆるパラタクソノミスト(準自然分類学者)を養成することをめざして、分類学の教育コースを開設しており、第1回の訓練コースを、タイのプーケットで2003年9月に開講した。この時のテーマは多毛類(ゴカイの仲間)であった。また第2回を2004年9月にベトナムのニャチャンで、端脚類(ヨコエビ目)を対象として開催した。そして第3回は2005年3月に瀬戸臨海実験所で棘皮動物(ヒトデ、ウニ、ナマコなど)を対象として開催した(写真2)。従来は講師以外に参加者の旅費も大部分はNaGISAが負担してきたが、この取り組みはたいへん好評で、第3回については、南米から手弁当で参加する学生もいるようになった。またこの事業では、プロの分類学者の協力を得るために、若手分類学者を各国の採集サイトに派遣する、分類学者キャラバンを組織することも予定している。

各国で参加者が出したデータは、NaGISAのポータルサイトに納められ、参加者は自由にデータにアクセスして、ポータルに実装されたGISなどの支援プログラムを利用して、結果の解析をすることができるようになる。このポータルサイトは現在構築中で、2005年3月までに完成する予定である。

■図1 NaGISA計画の現在までの参加国と地域センターの所在地(2005年3月)(クリックで拡大)

今後の展開

このプロジェクトは、2004年度までCoML計画全体をサポートする米国のスローン財団からの奨学寄付金を中心として活動し、日本および東アジアについては、さらに日本学術振興会や環境省の地球推進費などからも部分的な資金援助を受けてきた。しかし参加者の増大が予想を上回るペースで進んでいるため、2005年度から階層的な組織化を図り、全プロジェクトを掌握する国際センターを瀬戸臨海実験所に設置し、その下に北アメリカセンター、ヨーロッパセンターといった地域センターをおくことにした。そして国際センターはスローン財団が支援するが、地域センターの活動資金は各センターで調達することにした。わが国を含めた西太平洋センターについては、いろいろな財団等に支援を要請中であり、さらに多くのNGOの参加を期待している。

今年になってこの計画に対し、インド洋沿岸各国が参加に強い関心を寄せている。それは2004年末に発生したインド洋大津波と深い関連がある。あの津波は沿岸生態系に多大な人的被害を及ぼしたが、海洋生態系に対する影響は十分に調べられていない。しかし幸運にもNaGISAでは事前に一部の場所で試料を採取してあったため、事前事後の比較が可能で、津波の影響を科学的に明らかにすることができると期待されている。また事前の調査が不十分だった地域でも、事後調査を継続して実施することの必要性は誰もが認めるところである。しかし、ここで各国がバラバラな対応をしては、将来に禍根を残しかねない。特に調査方法の統一はデータの地域間比較に欠かせない。そこのところがNaGISAのコンセプトとたいへん相性がよく、インド、タイなどに限らず、ケニアなどからもNaGISAへの参加が実現しそうである。

NaGISAの先にあるもの

NaGISAは2010年までの期間限定の研究プログラムであるが、その究極の目的は、気象庁が気温や水温を測定しているように、海洋生物の多様性を政府機関がルーチンワークとして観測するような態勢を世界規模で整えることである。50年いやそれ以上にわたって世界中でこのようなモニタリングが行われれば、地球環境の変化にともなう海洋生物相の地理的変化を検知し、その保全に有効な対策を、科学的データに基づいて議論できるだろうと期待している。なおNaGISA計画に関する情報は、http://www.nagisa.coml.org/から、得ることができる。(了)

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