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オーシャンニューズレター

第101号(2004.10.20発行)

第101号(2004.10.20 発行)

中国における21世紀の海洋立国を担う人材教育

ハワイ大学国際太平洋研究センター(International Pacific Research Center, University of Hawaii)教授◆謝 尚平 Xie, Shang-Ping

中国はこの20年間で大きな変貌を遂げてきた。
世界基準を目指すというスローガンのもとに、政府が転換を図ったのは市場の経済だけではない。
科学研究・教育分野においても、莫大な投資を行うと同時に厳しい競争原理を導入してきた。
一流の研究者を育てるための奨励金制度など、中国における教育・人材育成に関する世界戦略を紹介したい。

過去四半世紀にわたり中国は大きな変貌を遂げてきた。乗り遅れた科学研究・教育分野においても、政府が競争原理を導入し莫大な投資を行ってきた。目指すのは「世界最高レベルの跨越(こえつ)、学問の創新」※1である。

大学教育

中国海洋大学の正門

中国で唯一海洋学の教育を専門に行ってきた中国海洋大学は、著しい経済発展に伴い、政府が科学立国を打ち出した20年前の10倍の規模になり、大学院に限っていえば拡大はそれ以上である。日本と同じ理科離れ問題を抱え始めた中国で、同大学は教育省から重点大学に指定され続けており、最近では世界名門校を目指す国家プロジェクトの38校にも選ばれた。中国大学ランキングで理系トップ25に入っており、黄河以北の中国北方地方では人気校の一つになっている。

また、同大学は教育省の他、国家海洋局、山東省と青島市の地方政府からも運営資金を調達しており、3,500トンの大型海洋調査船を持ち、国などから科学研究の委託も多数受けている。今年郊外の労山麓にある230ヘクタールもの土地が新しいキャンパスとして与えられ、新設する国家海洋研究センターの建築が始まろうとしている。

国立研究機関

中国の海洋研究の主力は国立研究所(国研)である。それは大きく3つの系統に分かれる。中国科学院は国研の最大系列で、海洋学分野では海洋研究所(青島)、南海海洋研究所(広州)を持っており、また北京にある大気物理研究所では海洋モデルおよび大気海洋モデルの開発が行われている。国家海洋局は第1(青島)、第2(杭州)、第3(廈門)海洋研究所を運営する。国家水産局は青島の黄海海洋水産研究所などの研究所を持っている。これらに加えて国家気象局は気候予測用の大気海洋結合モデルの開発研究も行っている。科学院と海洋局の研究所は1つにつきそれぞれ研究員100人かそれ以上の規模を誇っており、大型調査船も持っている※2

中国の国研は日米と異なり、専属の大学院を持っている。全国大学院入試に参加し、学部で海洋学を専攻していない学生も積極的に採用している。大学院生は学費が免除され、国からの奨学金の他、書籍代など教育・研究の費用も支給される。また多くの院生は指導教官の研究費から手当ても受けている。この大学院制度のおかげで、中国の国研は大学に負けない、またはそれ以上の魅力を持ち、優秀な研究者が集まる。最近、日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)も共同大学院制度を推進しているが、人材確保に役立つすばらしいアイデアだと思う。国研で国家プロジェクトに参加することは大学院生の教育にも非常に有益である。

競争原理:評価および待遇

中国はこの20年間で計画経済から市場経済への転換に成功した。科学研究においても同様の転換があった。以前は中央官庁が研究・調査を国家計画として国研・大学に依頼していた。科学者は実行役でしかなく、計画にはほとんど参加できなかった。現在は国家プロジェクトも含め、研究チームおよび主席研究員(PI)がプロポーザルの審査を経て競争的に選ばれる。科学院南海研究所の王東暁研究員の話では、このボトムアップによる競争的な採用システムによって彼のような若手研究者が国の重点プロジェクトのPIを務めることも可能になった。彼は青島の海洋大学で96年に博士号を取得し、アメリカに留学後33歳の若さで科学院の熱帯海洋力学重点実験室の室長(日本の部長に当たる)を務めている。国研においても競争原理が導入され、研究員は収入の3割から8割までを自身の研究費から賄わなければならない。研究費を取れない人は他機関に移るか他のプロジェクトに雇ってもらうしかない(これは競争社会のご本家であるアメリカよりも厳しいところがある)。

90年代に入って「与世界接軌」(世界基準を目指せ)というスローガンが各界で叫ばれるようになった。科学研究においても、90年代の終わりから数値化された客観評価が行われるようになった。その中で、米国ISI社のSCI(Science Citation Index)に収録された学術誌に発表した論文数、引用される回数が最も重要な指標になっており、研究者の昇進・給与、また所属機関の評価・予算にも直接反映されている。2000年に科学院の大気物理研究所を訪れた時、会議室の壁に掲げた奨励金制度を見て感激したことを覚えている。この夏訪れた科学院のある研究所の例を挙げると、Science・Nature誌の論文に最高20万元、SCI収録の論文は2万元の賞与が与えられる。中国のGDPが昨年初めて1千ドル(8千2百元)を突破したことを考えれば、「世界に追いつき、追い越せ」という強い決意が窺われる。賞金の効果かどうか定かでないが、この研究所の年間SCI論文数はこの制度導入後毎年倍増してきたそうである。上記の賞金制度は中国に古くからある「重賞之下有勇夫」という理念に基づくもので、日本の価値観に必ずしも馴染まないとは思うが、日本の国立大学・研究所の年功制について少し考えさせられるものがあるのではないだろうか。

海外軍団

文化大革命によって中国は一世代の人材を失い、また80年代からの留学ブームで多くの人材が海外に流出した。今ではアメリカの海洋・気象学科に中国出身の教授がいない所が少ないほど、中国系研究者がアメリカの基礎研究で大きな一役を担っている。こういう海外の人材が中国で学会を開いたり講演や共同研究を行ったりする活動を、教育省、科学院など各省庁が特別資金を設けるなどして積極的にサポートしている。筆者は96年以降ほぼ毎年中国を訪れているが、この数年海外研究に対する関心が年々増しているのを強く感じる。それはSCIに基づいた業績評価によって中国の研究者はいきなり世界の競争に曝されることになったからである。そのため、各大学・国研がしのぎを削って海外の一流中国系研究者を誘致し、自分たちの研究に役立ってくれる海外軍団を組織している。この夏、中国海洋大学の管華詩学長と会談した際、最高月給1万ドルで一流海外研究者を誘致するグリーンカード・プロジェクトを熱く語っておられたが、全国また世界レベルの競争に勝ち越す決意および熱意に感動した。最近同大の劉秦玉教授との電話で、そのグリーンカード教授を現在公募中であると知った。どんな勇夫が現れるのか楽しみだ。(了)


なお、本稿の執筆にあたって、中国海洋大学の劉秦玉、付剛両教授、科学院南海海洋研究所の王東暁、謝強両研究員、南京気象学院の徐海明教授、ハワイ大学奥村夕子氏からご協力を頂いた。

※1 「跨越・創新」は中国の基礎研究を担う科学院のスローガンである。

※2 運用資金不足で年間180日しか海に出ていない大型調査船も少なくない。小さな運用コストで船が借りられるという意味で、観測船の足りない国の研究者にとってチャンスなのかもしれない。


●本稿には長文版もあり、こちらからご覧いただけます

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