Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第296号(2012.12.05発行)

第296号(2012.12.05 発行)

海洋健全度指数(OHI)ー海の健康を評価する初の試み

[KEYWORDS] 海の健全度/総合評価/人と海のかかわり
コンサベーション・インターナショナル・ジャパン 代表理事◆日比保史

コンサベーション・インターナショナル他が8月に発表した海洋健全度指数(OHI)は、世界の沿岸域や各国のEEZごとに、海岸保護や生物多様性、水のきれいさ、零細漁業の可能性など10の目標について、多角的、総合的に評価した画期的な取り組みである。
日本は、総合スコア69点で世界平均(60点)より高い評価となったが、スコアそのものよりも、むしろ今後どのように海洋保全に生かしていくかが求められる。

海洋健全度指数(OHI)と日本の海の健全度

(c)Sterling Zumbrunn

国際環境NGOコンサベーション・インターナショナル※が、ナショナルジオグラフィック協会、ニューイングランド水族館などと共に開発した「海洋健全度指数(OHI:Ocean Health Index)」が、2012年8月に英科学誌『ネイチャー』に発表されました。OHIは人が健全な海から得ている「便益」という観点で新設された10の目標(食糧供給、海岸保護や生物多様性、水のきれいさ、零細漁業の可能性など)を評価項目とし、満点を100とした指数で、世界の沿岸地域、各国の排他的経済水域(EEZ)ごとに、海の健全度を評価したものです。すなわち、スコアが低いほど、海洋からの便益を持続可能は形で活用していないか、十分享受していないことを意味します。
具体的には、以下4つの方法のいずれかで目標とする持続可能な状態を評価します。
A.生産関数より機械的に(例、最大持続可能収穫量など)、B.空間的な比較(例、最良の値を持つA国と比較して)、C.時間的な比較(過去の状態と比較。例、20年前の状態と比較)、D.既知または設定された目標値(例、EEZの20%を保護区に、など)。
総合評価の結果は、世界平均が60点、日本は69点で第11位となりました(表1)。日本のスコアや順位を高いと見るか低いと見るかは見解が分かれるところですが、持続的な状態が100点満点であることを考えると、総合評価が最も高かった米領ジャーヴィス(86点)島を含め、世界の海は望ましい状態には達していないといえるのではないでしょうか。
総じて、日本を含めた先進工業国の順位が高く、途上国が低い傾向になっていますが、必ずしも先進国の海の状態が優れていることを示しているわけではなく、むしろしっかりしたガバナンスや安定した社会・経済機構が、海の健全度に影響していることが窺われます。
OHIの総合スコアは、10の目標(評価項目)での評価の平均で表されます。それぞれの目標は、サブ目標からなり、そのサブ目標を評価するために100以上の世界規模のデータセットが駆使されています。10の目標ごとの日本のスコアは、表2のとおりです。
炭素貯蔵量、海岸保護、生物多様性などは、日本の沿岸域の生物資源量の豊富さを表しているといえます。また、それが場所のイメージの比較的高評価にもつながっているといえます。零細漁業の可能性も高くなっていますが、そもそも日本の漁業が零細漁業者によって支えられていること、国内での消費が多いことから来ているものといえます。
他の先進工業国と同様に日本のスコアは比較的高くなっていますが、特にこれは、スコアの比較対象(ベースライン)が、グローバルなデータの有無という制約から(ベースラインデータは、80年代のものが多い)、日本の沿岸部の大部分が開発された後となっていることも一因かもしれません。


OHIの真の意義は、多角的、総合的かつ世界規模での評価

国ごとに評価しているので、どうしても国別のスコアやランキングに関心が行きがちですが、OHIの真の意義はスコアそのものよりも、多角的、総合的かつ全世界規模で定量評価を試みたこと、人間社会と海のかかわり方も視野に評価していることであると考えています。これまでにも海洋環境を評価する指標はありましたが、OHIは、海の状態だけでなく、海と人間社会の関わり、すなわち水産品供給などの海洋生態系サービス、零細漁業、観光・レクリエーション、海に基づく生計、文化的な意味合いに代表されるような存在価値など、人と海の関わりを科学的に評価することを試みています。
世界人口が急速に増加し、人間の海への依存度がますます高まる、あるいは沿岸域に居住する人口が増加する中で、この視点は高く評価できるのではないかと考えています。「里海」という日本の考え方との親和性が高い点も注目に値するかもしれません。
このように、海自体の評価だけでなく、人と海のかかわりを科学的に評価できる世界基準となる手法を開発することにより、文字通り海洋の健全度を数字で認識できるようにしたことは、OHIが今後、海の保全と持続的な利用を進めていく上での判断基準のひとつとして、大きな力になると期待できます。

OHIの今後の課題

今回の指標化では、日本を含め多くの国で観光・レクリエーションの点数が0~2点になるなど、評価手法として改善が必要な面もあります。日本で今懸念の大きい東京電力福島第1原発からの放射能汚染の評価も含まれていません。しかし、OHIは、今後毎年改定される予定であることから、年々手法を改善していくことが期待されます。また、日本国内の地域ごとのデータを使って、よりきめ細かく、日本の海洋政策に活用していくような使い方も可能かもしれません。
OHIで海洋の状況が全て評価できているわけではないことにも、留意すべきです。特に、今回はEEZごとに評価しているため、どの国にも属さない公海は、評価対象になっていません。国際的な批判も多い国際水域でのわが国の漁業などは含まれていないわけです。来年以降、経年的なOHIの変化が明らかになるので、海洋の管理が十分でない国は、スコアの低下で一目瞭然となります。一方で、海の状況自体の急激な改善は難しくても、積極的な海洋政策の実施などは、海との関わり方にかかる評価に反映されてくるでしょう。OHIを基に、私たちがどのように海とかかわっていくかを考えることが何よりも重要になってくると思います。(了)

※ コンサベーション・インターナショナル(CI)=科学的戦略とパートナーシップ、そしてフィールド活動の実践により、人類の基盤である自然生態系を保護し、持続可能な社会の実現を目指す国際環境NGO。世界4大陸、30カ国以上で約900名のスタッフが、1,000を超えるパートナーたちと共に生物多様性の保全活動に従事している。 http://www.conservation.or.jp

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