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オーシャンニュースレター

第234号(2010.05.05発行)

第234号(2010.05.05 発行)

海洋生物の多様性と出現情報をあつかうデータベース

[KEYWORDS]データベース/海洋生物/生物多様性
(独)海洋研究開発機構 主任研究員◆藤倉 克則

インターネットやコンピュータといった情報技術の驚くべき進展は、大量のデータを収容・解析・共有化するデータベースを生み出した。地球最大の生物圏の海洋には、莫大な数の生物種が生息しており海洋生物研究が生み出すデータも膨大になる。海洋生物は水産資源、レジャー、物質循環機能からも人と大きく関わる。データベースは、海洋生物と人の関わりを理解し将来の方向性を導く強力なツールになる。

はじめに

データベースという言葉を耳にする機会が増えた。データベースとは、特定のテーマに沿った大量のデータを、検索などの情報処理が効率よく行なえるようにしたものでコンピュータに機能させる。生物研究分野でも多種多様なデータベースが構築・運用されている。なかでも遺伝情報を扱う国際塩基配列データベースは、生物の系統解析、微生物の種登録、遺伝子機能解析などを行う多くの生命科学者に利用されている。
焦眉の急となっている地球環境問題は、生物多様性の損耗、生態系機能の変化に警鐘を鳴らしている。これらの問題解決には、分類学・生態学・環境学など多方面の学問分野からデータを集積・解析し政策に反映する必要がある。そこで、種多様性や出現情報に関わるデータベースが急速に構築されはじめている。ここでは、海洋生物の多様性や出現情報のデータベースについて、どのようなことに使えるか、世界的に使われているものはどのようなものか、また日本での動向についても述べたい。

どのようなことに使えるか

海洋生物研究者が多様性や出現情報のデータベースを使う場合、研究対象種の分類学上の位置、分布環境といった基礎情報、新種を記載する場合は近縁種との比較情報、材料を調達したい場合はサンプリング地点の特定、対象種の移動パターン、あるエリアの生態系構成種、食物網構造や生物が係わる物質循環機能を評価、環境変化に伴う生態系の構造や機能の将来変動予測といったことに使える。
政策決定に係わる場合は、例えば、生物保護区や絶滅危惧種の選定、外来種の影響や分散予測、環境アセスメント、持続的な水産資源の利用に有益なデータを与える。これらは人類と海洋生物の健全な共生をもたらすことになる。ほかにも、スクーバダイビングをする人や釣り人には種類の同定や生態を知ることに使えるし、学校の教師や学生には教材として活用される。

世界的に使われているデータベース


■図1 OBISから作った全海洋の種多様性の高低。多様性が高い場所が濃い赤で低い場所が濃い青。

海洋生物の多様性や出現情報を扱う世界最大規模のデータベースは、国際共同研究ネットワーク「海洋生物のセンサスCensus of Marine Life (CoML)」のもとで構築されたOcean Biogeographic Information System (OBIS)である。CoMLは2010年で終了※するので、OBISはユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)傘下のプロジェクトとして継続されることが2009年のIOC総会で決議された。OBISには2010年4月時点で全海洋から11万2千種が登録され総計2,220万の分布レコードが集積されている。既知の海洋生物総種数は約23万種なので、既知種の半数近くの情報が得られる。このような大量のデータを解析すると、全海洋における種多様性は高緯度域より低緯度域の方が高いことがわかる(図1)。
生物の多様性データには正確な学名が欠かせない。学名や分類学上の位置を集積しているデータベースが、World Register of Marine Species (WoRMS)で、これはOBISと連携している。WoRMSには約17万種が有効名として登録されている。全球的な生物多様性や生態系変動を解析するためには、海と陸の情報を統合的に扱わなくてはならない。地球規模生物多様性情報機構Global Biodiversity Information Facility (GBIF)がその役割を担っており、OBISはGBIFの最大データプロバイダーとなっている。

日本の動向

日本の排他的経済水域(EEZ)内には、既知種だけでも4万種近くが生息している。 しかし、OBISで日本のEEZ内の種数を検索してみつかるのは約3,900種にすぎない。こういう状況で図1のような解析を行うと日本周辺の結果が過小評価されることになる。GBIFやOBISといった国際的なデータベースにデータを入れるためには、国際的標準フォーマット(Darwin Coreなど)で英語と学名のデータが求められる。日本国内にも小規模なデータベースが増えてきたが、残念ながら標準フォーマットや英語で作られたものはそれほど多くない。そして、「これを使えば日本周辺の海洋生物の種多様性や出現情報が得られる」という統合的なものがこれまでなかった。


■図2 BISMaLでゴエモンコシオリエビを検索した結果の一例。画像、特徴、分布マップが表示される。データもダウンロードできGoogle Earth上に表示することもできる。

OBISは各国や地域にノード(拠点)を設置しており、ノードや他のデータベースを通じてデータを集める仕組みになっている。OBISに日本周辺のデータが少なかったのは、日本にノードが無かったためである。IOCへの海洋関連情報提供は、日本国内からは日本海洋データセンターが行っている。物理情報についてはハイレベルな情報を提供し、生物情報もプランクトン情報を中心に提供している。しかし、クオリティコントロールした海洋生物情報を供給するには、人的・予算的にも難しいとの声が聞こえる。生物情報は経済的・政策的情報でもある。 2010年に名古屋で開催される生物多様性条約COP10では、海洋生物保護区について議論される。保護区とする条件は、多様性が高い海域、希少な生物が生息する場所、特異な生態系が形成されるところなどが挙げられるが、日本周辺でこれらに合致する場所を選定するための情報は十分ではない。日本がしっかりしたデータベースを整備する必要性は論を待たない。
(独)海洋研究開発機構では日本周辺の海洋生物の多様性、分布、サンプル、画像、各種の特徴、文献などを集めるデータベースBiological Information System for Marine Life (BISMaL)を運用している(図2)。深海生物データから登録をはじめ、現在、約500種、映像が2,200ほど見られるが、ゆくゆく日本周辺の海洋生物を包括的に登録する予定である。BISMaLは、自らデータを保有するだけではなく、関係研究機関、研究者、団体などからデータを受け入れ、日本周辺の海洋生物のコアデータベース、ポータル、OBISノードの機能を担い、研究のみならず海洋生態系が抱える社会問題の解決にも貢献させたい。

おわりに

海洋生物データベースは、現在の研究や社会問題に対して貢献することも重要であるが、50年後、100年後以降にも使われることを想定し、データをアーカイブすることが重要である。また、生物情報を社会にわかりやすく発信し、一般市民に海に親しんでもらう機能も欠かせない。(了)

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