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オーシャンニューズレター

第227号(2010.01.20発行)

第227号(2010.01.20 発行)

研究成果のパブリックアウトリーチ ~「海洋生物のセンサス」プロジェクトを例として~

[KEYWORDS] 海洋生物のセンサス/パブリックアウトリーチ/映画『オーシャンズ』
京都大学フィールド科学教育研究センター長, 教授◆白山義久

「海洋生物のセンサス(CoML:Census of Marine Life)」は、世界70カ国2,000人以上の科学者が参加する巨大研究計画である。
このプロジェクトの特徴として、積極的なパブリックアウトリーチ活動があげられる。
その集大成が、間もなく一般公開される映画『オーシャンズ』だ。
そこには、研究成果を積極的に還元すべきであるという、研究者に対する強い社会的な要請を見ることができる。

研究者の説明責任

昨年行われた行政刷新会議の仕分け作業は、国民の大きな注目を浴びた。その過程で明らかになったことの一つが、科学者がいままで巨額の予算を獲得しても、その研究成果を社会に説明する責任を必ずしも十分に果たしてきていたとはいえないということだ。いくつかの大型の科学技術予算が大幅な削減という結論になったのは、それまでの不作為のつけが回ってきた面もあるだろう。

「海洋生物のセンサス」とは

「海洋生物のセンサス(CoML:Census of Marine Life)」は、世界70カ国2000人以上の科学者が参加する巨大研究計画である。2000年から始まって2010年に最終事業年を迎える、長期研究計画でもある(詳細については、http://www.coml.org/を参照)。最終年度には、グランドフィナーレと名付けたイベントをロンドンで10月に開催する予定になっている。
本研究計画の内容を要約すると、すべての海洋生物の過去と現在のセンサス(人口動態調査)を行い、そのデータをOBISというデータベースで公開し、そのデータに基づいて、将来をモデルによって予測するというものだ。10年でこれをやり遂げるのは明らかに無理である。そこで、Known, Unknown and Unknowableというコンセプトを導入し、研究対象の絞り込みを行っている。Knownについては、すべての人がデータにアクセスできるようにする、Unknownすなわち努力すればKnownにすることができる研究対象については、積極的な研究を行う。つまり未発見種・未記載種をできるだけ記載するということである。そしてUnknowableについては、今期のプロジェクトでは扱わないことにした。
主要な研究予算は、米国のスローン財団が支援してきた。その総額は10年間で、おおよそ70億円に達する。もちろん、それ以外の研究資金も使われていて、およそ200億円がこの10年間で投入されてきた。海洋生物に関する国際プロジェクトとしては、過去最大の研究費を使った事業だと言ってよいだろう(事業仕分けの金額に比べれば、それほど大きいとは言えないが)。

CoMLとパブリックアウトリーチ

CoMLプロジェクトの一つの特徴が、研究成果の社会への還元に大きな努力を払っているということだ。なけなしの研究費を、社会還元のために使うことは、研究者としては正直言って抵抗感がある。しかし、すでに述べたように、この抵抗感はじつは極めて利己的な感覚であり、研究成果の社会還元に科学者は十分なエネルギーを使わなければならないということを、この研究プロジェクトは参加者に繰り返しコメントしてきた。
この研究プロジェクトは、すべての研究成果を社会に還元するための専門家集団を準備している。パブリックアウトリーチユニットと命名されたこの集団は、社会広報を専門とする、ロードアイランド大学のサラ・ヒコックス教授をトップに、4名の専従研究者から構成されている。かれらの主要な使命は、魅力的なWEBを作成することと、マスコミに積極的に研究成果を伝達することである。
CoMLのWEBは頻繁に更新されている。そして、各サブプロジェクトがみな独自のWEBを作成し、リンクを張っている。しかし、メインのWEBには、それ以外に独自のコンテンツが多数入っている。たとえば、CoMLに参加している研究者のインタビュー記事などである。
マスコミ対応として、年に1回、立派な研究成果をまとめた冊子を作成して世界各地に配布する。また、プレスリリースを同時に実施する。共同通信などは、このプレスリリースを日本のマスコミに配信しており、このチャンネルを通して、「海洋生物のセンサス」というプロジェクトは、日本にもさまざまなメディアを通して紹介されている。さらに面白い取り組みとして、CNNの国際版に、プロジェクトの広告を流している。CNNはアメリカのニュースチャンネルだが、自国向けの放送には広告を流していないところに、世界的研究プロジェクトであるという自負を見ることができる。

映画『オーシャンズ』

研究成果の社会還元の一つの集大成が、2010年1月に全世界で一般公開される、劇場映画『オーシャンズ』※である。著名なドキュメンタリー映画の監督であるフランスのジャック・ペラン氏と共同で、「海洋生物のセンサス」に参加する研究者が全面的に制作に協力して完成したこの映画は、製作費が70億円に上る大作である。映画のシナリオ作成の段階から、CoMLはこの映画の制作にかかわった。その後完成までの間に、コンテンツの科学的な正確性を細かくチェックしている。
映画『オーシャンズ』は、CoMLが科学的な側面をしっかりサポートしているばかりでなく、その内容が非常に魅力的である(図1、2、3)。最新のジャイロを使った揺れのない海上のシーンや、ホホジロサメとダイバーが一緒に泳ぐシーン、セイウチの母親が子供を抱きかかえるシーンなどは、観客に海洋生物の魅力を余すところなく伝えてくれる。
その中身の魅力から、国連が定めた生物多様性年(2010年)のキャンペーンにこの映画は使われることになった。1月25日にユネスコ本部で世界に向けて上映が始まるが、わが国は幸運にもそれより前の22日から一般公開が始まる。おりしも2010年は、名古屋で生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)が開催される年でもある。一人でも多くの日本の皆様にこの映画を見ていただき、海洋生物の魅力を満喫していただきたいと期待している。(了)

■図1
■図1
映画『オーシャンズ』の一シーン。水面近くを泳ぐザトウクジラ。
・Galatee Films - Pathe Production - France 2 Cinema - France 3 Cinema - Notro Films - Les Productions JMH - TSR ・Pascal Kobeh ・Roberto Rinaldi
■図2
■図2
映画『オーシャンズ』のハイライトシーンのひとつ。ホホジロザメと一緒に泳ぐダイバー。
・Galatee Films - Pathe Production - France 2 Cinema - France 3 Cinema - Notro Films - Les Productions JMH - TSR ・Pascal Kobeh ・Roberto Rinaldi
■図3
■図3
映画『オーシャンズ』のハイライトシーンのひとつ。シーネットルの大群の中を泳ぐダイバー。
・Galatee Films - Pathe Production - France 2 Cinema - France 3 Cinema - Notro Films - Les Productions JMH - TSR ・Pascal Kobeh ・Roberto Rinaldi

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