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オーシャンニューズレター

第90号(2004.05.05発行)

第90号(2004.05.05 発行)

サハリン石油開発とわが国における排出油防除対策

海上保安庁環境防災課企画係長◆上野春一郎

サハリン石油開発に伴う万が一の際の環境・防災上の影響については、これまでも国として検討を行うとともに、必要な対策を講じてきたところである。しかしながら、「大規模油排出事故は起こるもの」として「これで万全である」と満足することなく、今後も必要な情報の収集、必要な体制・制度の確立、必要な研修・訓練の実施等に努めるとともに、それぞれの見直しについても積極的に取り組んでいく必要があると考える。

1.わが国における油排出事故対策

近年におけるわが国の油排出事故災害の歴史において、平成9年1月に発生したナホトカ号油排出事故は特筆すべきものであった。当時の社会的反響は非常に大きく、その後の油排出事故災害対応のあり方に大きな影響を与えた事例でもあった。この事故への対応についての問題点を抽出し、同様な事態の再発防止に努めることは、当時の政府に課せられた重要な課題であり、講ずべき対策として以下のような指摘がなされ、措置可能なものから取り組みを進めてきたところである。

ナホトカ事故後に講じた主な対策

  • 事故再発防止策として、PSC(寄港国による外国船舶に対する監督)やタンカーのダブルハル化の促進。
  • 排出油防除対策として、政府の即応体制の確立や外洋で対応可能な防除資機材・大型油回収船の整備。
  • 海洋汚染防止国際協力体制の構築として、NOWPAP(北西太平洋地域海行動計画)を通じ、関係国と連携して円滑な対応を行うための体制の構築や合同訓練の実施。

2.サハリン島沖における石油資源開発への排出油防除対策の現状

ロシア・サハリン島沖の大陸棚における石油資源の開発については、9前後プロジェクトが計画されており、そのうちのサハリン?プロジェクトについては、平成11年7月に原油の商業生産が開始されている。それまでわが国の近隣において大規模な原油の生産が行われることなどなかったことから、生産現場に近接している北海道の漁業関係者等は、万が一油の排出事故が発生した場合のわが国に対する被害についても強い懸念を抱き続けている。

これに対し、事業主体であるサハリンエナジー社は、施設周辺での油排出事故対応を想定した「緊急時計画」を策定し、その中で日本への影響は想定されないとしていたが、ナホトカ事故のように荒天の影響等により現場対応が困難な場合に備え、わが国としても、事業主体やロシア国内の関係機関との連携を深めるとともに、情報の収集や以下のような対策等に努めてきたところである。

サハリン?プロジェクトに係る海上保安庁における主な排出油防除対策
  • 関係行政機関からなる「油汚染事件に対する準備及び対応に関する関係省庁連絡会議」(以下「連絡会議」という)を必要に応じ開催。
  • 平成12年2月の連絡会議において、「サハリン?石油開発プロジェクト生産施設における油流出事故への関係行政機関の具体的な準備及び対応について」(以下「申し合わせ」という)を策定し、その後修正を実施。
  • 平成12年5月に法律に基づく「北海道沿岸海域排出油防除計画」に「サハリン沖油田排出油事故対策」を追加。
  • 平成12年度末までに大型油防除資機材等を第一管区海上保安本部に重点的に配備。
  • 平成8年7月に本庁、第一管区海上保安本部等とロシア運輸省国家海難救助調整庁との間で連絡窓口を設定。
  • 平成13年には、サハリン油田関連施設からの大規模油排出事故を想定した合同訓練等を実施、今後も訓練についての協力を継続。

現在では、関連施設等から海への油の排出があった場合には、排出された油がたとえコップ1杯であっても、サハリンエナジー社からの情報が順を経て関係行政機関等に対し連絡される体制が構築されているところである。

3.サハリンプロジェクトの更なる事業展開

現在、商業ベースでの生産が行われているのは、上記のとおり、サハリン?プロジェクトのみであるが、今後は、サハリン?プロジェクト及びサハリン?プロジェクトについて、それぞれ更なる事業展開が見込まれているところである。

このうち、懸念すべき原油の開発関連では、まず、サハリン?プロジェクトについては、2005年(平成17年)末からの生産開始、鉱区から生産された原油はサハリン東北部を横断し、大陸のデカストリまでパイプラインで輸送し、石油輸出基地からタンカーで積み出すことが予定されている。一方、サハリン?プロジェクトについては、これまでは夏期のみの期間限定生産(フェーズ1)であったのに対し、2006年(平成18年)以降、鉱区から生産された原油はサハリン島をパイプラインで縦断し、サハリン島南部のプリゴロドノエの石油輸出基地からタンカーで輸出すること(フェーズ2)が予定されている。

4.今後の対策について

連絡会議の構成員である海上保安庁、内閣官房、資源エネルギー庁の関係部局等においては、3.のようなサハリンプロジェクトを取り巻く開発状況の進捗にかんがみ、わが国への影響の評価に必要となる新たな情報の入手に日々努めているところであるが、現段階においては、事業主体が策定する被害想定が確定されたものではない等の理由から、新たな事業展開に向けた有事・平時の対応等については関係行政機関間での申し合わせ等の改定には至っていないところである。しかしながら、サハリンプロジェクト関連施設等における排出油防除体制等に万全を期すため、引きつづき、関係機関の連携のもと、関連情報の収集に努めるとともに、必要な措置については、直ちにこれを実施することができるよう関係者等の間で合意がなされている。

5.おわりに

自然災害や事故災害が一旦発生した場合には、社会・経済・環境等に与える影響の大きさから、対策の必要性等声高に叫ばれることが多いが、「災害は忘れた頃にやってくる」という言葉が警告しているとおり、「災害は起こるもの」として、災害への備えは決して怠ってはならないものであると考える。

油排出事故に関しても、わが国周辺では幸いナホトカ号事故以来大きなものは発生していないが、油排出事故はわが国における危機管理上重要な対象事案であることを再認識するとともに、「大規模油排出事故は起こるもの」として「これで万全である」と満足することなく、必要な情報の収集、必要な体制・制度の確立、必要な研修・訓練の実施、必要な資機材の整備等に努めるとともに、それぞれの見直しについても積極的に実施していく必要があると考えている。

世界各地で度々報道されている、絶望的な量の黒い油を背にヒシャクで油をすくっている人々や、油にまみれて動けなくなった鳥などの衝撃的な映像は、もう2度と見たくないという思いは人類共通のものであると考えているから。(了)

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