2025年度 インド北東部 平和を築く人材育成プログラム 現地レポート Part2
2026年2月7日(土)~2026年2月12日(木)
戦略対話・人材育成グループ(旧第1グループ)では、「インド北東部との複層的対話」事業における人材交流活動の一環として、公募による選抜を経た6人の日本人学生を2026年2月1日から2月12日までの12日間にわたりインド北東部に派遣しました。この滞在中に参加学生が感じたことや考えたことを、2回に分けて発信します。
本記事ではPart 2と題し、後半6日分を掲載します。※Part1(前半6日分)はこちら。
なお、本記事の内容は執筆者個人の見解であり、当財団の意見を示すものではありません。
2月7日(土) 報告者:小野三冬さん
今回訪問した日本語学校はGenriseによって運営されています。Genriseは、日本やドイツなどへ看護資格を有する学生たちを派遣することを目的に、言語教育を行っている教育・人材派遣機関です。イタナガルにある学校はアルナーチャル・プラデーシュ州政府によって支援されているとのことでした。日本語教師であるMinu Aiko Ete氏と現地の生徒たちは非常に温かく私たちを出迎えてくれ、日本語でのあいさつに加え、日本語での「カントリーロード」の合唱も披露していただきました。
特に印象に残っているのは、教室の壁に飾られていた生徒の写真です。これらは、日本にまだ行ったことのない生徒たちが生成AIを使って「日本に行ったらどんなことがしたいか」ということを画像にしたものだそうです。写真について生徒に話を聞いてみると、「桜を見てみたい」「富士山を見たい」ということが多く聞かれたほか「湯布院のフローラルヴィレッジに行きたい」といったマニアックな意見もありました。
また、グループごとに分かれての懇談では「日本での生活はどうか」「日本のワーキングカルチャーは実際のところどうなのか」といった質問が寄せられました。私から日本で働きたい理由を聞いてみたところ、インドでの失業率の高さや看護師という職業に対する社会的評価の低さが挙げられました。多くの生徒が日本で働くことを心から楽しみにしているという印象を強く受けました。
一方で、日本で近年問題視されている技能実習生に対する差別といったネガティブな内容についてはその場ではほとんど話題に上りませんでした。その点が気になり、翌日の昼食会で再会した際に改めて尋ねてみたところ、差別などがあることは理解しているが、「どの国にもネガティブな側面はあるものだから、ポジティブなサイドに目を向けるようにしている」との回答がありました。今後、労働人口の減少が進む日本社会が持続的に機能していくためには、外国人労働者の存在は不可欠です。日本に期待を抱いて来日する彼女たちが、実際に働き始めた後も同じような前向きな気持ちを持ち続けられる社会であることは、技能実習生の受け入れ国として果たすべき責任の一つではないかと強く感じました。
今回の訪問を通じて、日本で働くことを目指す彼女らが、どのような思いと努力の積み重ねのもとで渡航を志しているのかという背景は、日本社会において必ずしも十分に理解されているとは言い難いのではないかと感じました。とりわけ、海外に移住して働く経験を持たない人が多数を占める日本の社会においては、その実情を具体的に想像できる機会は決して多くないのかもしれません。その意味でも、日本において技能実習生に関する情報発信がさらに増え、彼女たちの置かれている状況や来日に至るまでの背景に触れる機会が広がることが重要ではないかと考えます。そうした理解の積み重ねが、社会の受け止め方を変えていく契機になり得るのではないでしょうか。
AIで作られた生徒の「日本での写真」
グループディスカッションの様子
州首相であるPema Khandu氏を訪問し、同氏およびアルナーチャル・プラデーシュ州議会議員Oken Tayeng氏と懇談しました。その後、昼食会に参加しました。Pema Khandu氏はアルナーチャル・プラデーシュ州の州首相を約10年務めており、インド人民党に属する政治家です。懇談の中で「州のトップに立つものとして、周縁部にある北東部およびアルナーチャル・プラデーシュ州を代表する役割をどのように解釈しているのか」と質問しました。それに対し首相は、中央政府との関係が良好であることを強調するとともに、乾季には各村を自ら直接訪れ、住民の声を聴きながら政策運営にあたっていることを説明されました。州政府としての取り組みや前向きな側面に重点を置いた回答であったことが印象に残っています。もちろん、州の代表として自らの施策や実績を積極的に示す姿勢は自然なことですが、その場でさらに踏み込んだ視点から追加質問が出来ていれば、より多角的な、踏み込んだ見解を引き出せたのではないかと感じました。他国の政府関係者と本格的な対話をするということは今回が初めてであり、より実質的な議論を行うためには、相手との継続的な関係構築に加え、自身の問いをもっと深めていく力が必要であると実感しました。
また、日本との協力関係の構築にも積極的な姿勢が示されました。中国との国境問題の影響から国家レベルでの大規模支援は容易ではないものの、日本企業の投資や技術協力の拡大に期待しているとのことでした。貿易の面では日本にはゴマとそばの輸出を目指しているという具体的な言及もありました。
昼食会のあとには男性にはモンパ族の、女性にはアディ族の伝統衣装を贈呈していただいたほか、アルナーチャル・プラデーシュ州の工芸品や茶葉、書籍なども頂戴しました。日本から来た学生に対して、このように丁重にもてなしていただいたことから、州政府として対外交流を重視している姿勢がうかがえました。
Pema Khandu氏との懇談
昼食会
いただいた民族衣装・贈呈品とともに記念撮影
アルナーチャル・プラデーシュ州に広がる多数の民族
この日、最後に訪問したのはジャワハルラール・ネルー州立博物館です。こちらの博物館は、アルナーチャル・プラデーシュ州で暮らす多様な民族の歴史や文化を紹介しており、伝統衣装や仮面、武器、手芸品など日常生活や伝統行事にまつわるさまざまな資料が展示されていました。
特に印象的だったのは鮮やかな色彩をまとった仮面です。これらは主に木で作成されており、動物や伝説の生き物をモチーフにしています。これらの仮面はお祭りで踊る際に使われており、伝統信仰や言い伝えに基づいた世界観を体現しているとの説明を受けました。博物館の二階部分にはこの地域から初めてエベレスト登頂に成功した人物から寄贈された登山用品のほか、アルナーチャル・プラデーシュ州周辺から発掘された考古学的遺物や、武器が展示されていました。自然環境や信仰と密接にかかわりながら形成されてきた各部族の文化が多数の資料とともに多角的に示されている点が印象的でした。展示内容が非常に充実しており、同州の文化的多様性と歴史的厚みを実感できる貴重な機会となりました。
色とりどりのお面1
色とりどりのお面2
2月8日(日) 報告者:川和二コラさん
この日は、アルナーチャル・プラデーシュ州から、西ベンガル州の州都であるコルカタへの移動日でした。今回のプログラムの最終地であるナガランド州へ向かうため、初日ぶりにいわゆる「メインランド」に足を踏み入れることになりました。
滝を目指して
午前中はDonyi Polo Waterfallの視察を計画しました。アルナーチャル・プラデーシュ州は面積の約80%が森林に覆われており、インドの中でも自然環境が非常に豊かな州です。途中で道を間違えてしまったのか、最終的には滝にたどり着くことはできませんでしたが、とても良いリフレッシュになりました。
寺院
現地の生徒たちとの交流
ランチ
辛い食べ物が好きな方はぜひインド北東部を訪れてみてください
コルカタのホテルに到着し、夕食はホテルでとりました。その後、時間に余裕があったため、ホテルのバーで学生メンバー同士、ゆっくりと交流しました。
2月9日(月) 報告者:川崎花純さん
空港に向かう前に、ジャダフプール大学で政治学を専攻する博士後期課程の学生である Ambar Kumar Ghosh氏との昼食会を開催しました。同氏からは、インド北東部以外から北東部がどのように捉えられているかや、中央政府と北東部の関係性、インド北東部の政治制度について説明をうかがうことができました。
その後、本研修の最終訪問地であるナガランドに向かいました。ナガランドに外国人が入域するには許可証が必要です。ディマプール空港では、事前に許可証を得ていたにもかかわらず、審査に時間がかかりました。さらに、ディマプール空港から州都コヒマまでは車で移動し、ホテルに到着した頃にはすでにあたりは真っ暗でした。
この日の夜は、1994年のアジア学院卒業生で、ナガランドで農村開発、女性のエンパワーメント、農業マーケティングの強化に取り組む専門家・活動家のChozhule Kikhi氏と、ご家族を交えて会食しました。席上では、ナガランドにおける農村開発の課題などについて幅広く意見交換を行いました。
またKikhi氏からは、同氏が著した、農村の人びとが収入を得るためのスキル習得を目的としたガイドブック『A Resource Book on Skill Enhancement』を頂いたほか、ドライフルーツなどのお土産も頂きました。
Ghosh氏との意見交換会
Chozhule Kikhi氏とご家族との意見交換会
①スカーフ
学校や政府関係者などとお会いしたときにほぼ毎回と言っていいほどもらいました。相手への敬意や歓迎の気持ちを示す贈り物として用いられており、学校のイベントでは学部長などにも渡されていました。カトリック系の学校ではドン・ボスコ神父様の顔、アルナーチャル・プラデーシュ州では、光沢のある白地に魚や少し中華っぽい幾何学模様があしらわれていました。ナガランドのものは、それぞれのトライブの特徴的な色使いや武器などが描かれており、ナガの人たちは一目見ただけでどこの部族かわかるようでした。
私はカシ族のjaiñsemと、アルナーチャル・プラデーシュ州のアディ族のトップスをプレゼントしていただきました。カシ族のjaiñsemは教会での礼拝やお祭りの時などに着用されるようです。ホストマザーにお別れの直前に着つけてもらいました。「これ着たら、あんたもカシだね!」と満面の笑みで言ってくれたホストファミリーのやさしさを感じる一枚になりました。
カシ族のjaiñsemを着て撮った一枚
アディ族のトップス
現地の加工食品
こちらは、ナガランドで女性のエンパワメントと収入源確保として始まった「Food Processing」のプロジェクトで作られた食品たちです。まだ食べていないので、どんな味なのかが楽しみです。
手縫いのぬいぐるみ
アルナーチャル・プラデーシュ州の日本語学校にて、トライブの衣装を着た人形をプレゼントしてもらいました。さすが多様な民族がいる地域と言わんばかりに、一人一人に違った衣装を着た人形をプレゼントしてくださいました。にっこりとした笑顔と手編みの感じが、日本語学校で出会った優しい人たちを思い出させてくれるようです。
2月10日(火) 報告者:入門朔也さん
ナガの伝統的な住居
この日は朝から、コヒマの中心部からほど近いビレッジを訪問しました。丘陵地帯を縫うように車を走らせると、視界いっぱいに広がるコヒマの美しい丘陵と、澄み渡る青空が眼前に現れ、その雄大な景色に圧倒されました。日本から遠く離れた土地でありながら、どこか懐かしさを覚える原風景がそこにはありました。一方で、この地に暮らすナガの多様な民族が織りなす文化の重層性は、静かな自然の景観と鮮やかな対比をなしています。自然と文化が交錯するその空間に身を置くと、ナガの壮麗で力強い気風が、確かなエネルギーとして伝わってくるように感じられました。
ビレッジでは、伝統的なナガの民族の暮らしについて、住居や展示資料を通じて学びました。建築様式や生活道具には、民族が育んできた歴史や価値観が色濃く反映されており、生活文化そのものがアイデンティティの基盤となっていることを実感しました。一方で、公教育の場においては、こうした固有の伝統文化を学ぶ機会は必ずしも多くありません。若い世代が文化を学び、継承していくために、地域社会や学校外での活動を通じた仕組みが重要な役割を果たしています。急速に進む大規模開発の中にあっても、民族としてのアイデンティティを大切にしながら、文化の保護と継承が模索されている現状は、ナガの社会の強い意志を示しているように感じられました。
コヒマは、ミャンマーとの国境に位置するナガランド州の州都です。この地は、第二次世界大戦において日本軍と英印軍が激突した「コヒマの戦い」および「インパールの戦い」の戦場となりました。両戦いは、2013年に英国国立陸軍博物館が実施した企画において、ノルマンディー上陸作戦やワーテルローの戦いを抑え、「Greatest Battle」に選出されました。それほどまでに、両軍にとって重要かつ熾烈な戦闘であったことがうかがえます。
第二次世界大戦博物館では、コヒマの戦いの経緯が一日単位で丁寧に展示されており、戦況の推移と激戦の背景を具体的に理解することができました。
ビレッジにて
高齢のご夫婦に当時の状況を聞く
第二次世界大戦博物館にて
Memorial Parkにて
一方、日本は敗戦国となり、戦後長らくこの地で亡くなった兵士の遺骨収集と埋葬を十分に行うことができませんでした。1975年以降、厚生労働省による旧日本兵の遺骨収集活動が継続され、日印双方の協力のもとで慰霊の取り組みが進められてきました。
現地では、旧日本兵の遺骨収集および慰霊活動を長年支えてきた Ajanuo Belho氏(元ナガランド州政府観光局長)とともに、JICA事業の一環として整備されたエコパークおよびナガランド州政府と日本大使館の協力によって設置された慰霊碑を訪れました。Belho氏はナガランドにおける旧日本兵の遺骨収集に多大な貢献を行い、日本国政府から外務大臣表彰および旭日双光章を受章しています。
そして、この戦争は「何もない土地」で起きたものではありません。戦場となった場所には、人々の生活があり、文化があり、日常が存在していました。突然、平穏な暮らしの場が世界的な激戦地へと変貌し、地域の人々はその渦中に巻き込まれることとなりました。
私たちは、第二次世界大戦当時この地で暮らしていた高齢のご夫妻から直接お話を伺いました。また、戦争体験者の証言を映像として記録し後世に伝える活動を行っている TakeOne のメンバーからもお話を聞く機会を得ました。
軍事史としての「コヒマの戦い・インパールの戦い」を学ぶだけでなく、地域社会の視点、記憶の継承という視点からも戦争を捉えることで、この地の歴史と向き合う時間となりました。コヒマという場所を、多層的に理解する重要な機会であったと感じています。
激戦地となった丘に建つMemorial Park
慰霊碑
慰霊碑に隣接するEco Park
夕食会にて
ナガの名物キングチリを食べて、キングチリがキングたる理由を知る
2月11日(水) 報告者:カッティング アンさん
その後、同大学の教員から、ナガの多様な文化を紹介するプレゼンテーションとともに、トライブ間の調停システムについても説明を受けました。かつて戦士文化を育んできたナガ族独自の和解制度を知り、ナガ社会を共同体の秩序形成という側面から捉え直す機会となりました。続いての学生交流では、外の世界に開かれた姿勢を持つ若者たちが、同時に地域社会で生きることを自然な選択肢としている様子が印象的でした。
ナガランド大学にて、ナガの戦士文化ならではの和解の習わしを教わる
メンバーは個別でナガランド大学の学生と対話することができた
ナガランド政府の商工局で質問をさせていただいている様子
もう一つのグループは、健康・家族福祉局(Directorate of Health & Family Welfare)と社会福祉局( Directorate of Social Welfare )を訪問し意見交換をしました。健康・家族福祉局では、中央政府の保険政策がどのようにナガランドにおいて反映されているのかや、こどもの健康を守る取り組みについて説明を受け、社会福祉局ではJICAが支援するコヒマ医科学研究機関付属医科大学病院設立事業や、学校における健康教育、医療アクセスの課題について説明を受けたとのことです。
その後、別れたグループは合流し、法務・司法局(Directorate of Law & Justice)と商工局(Department of Industries & Commerce)を訪問しました。法務・司法局では土地制度や特権、慣習法についてご説明いただきました。現在17の認定トライブが存在するナガランドでは、地域に根付いた解決方法が今なお尊重されていることがうかがえました。ナガの社会的・文化的アイデンティティを保全する枠組みとして位置づけられるインド憲法第371A条への言及とともに、歴史的経緯と現行制度との間に残る慎重な配慮を要する側面にも触れられ、その背景にある緊張感を感じ取りました。続いて訪問した商工局では、州の経済政策と将来への展望についてお話を伺いました。道路インフラの整備やスキリング政策、フードプロセシング産業の振興など、経済基盤の強化に向けた具体的な施策が進められているといいます。スタートアップ支援やインキュベーションセンターの設置を通した若者の雇用機会拡大を目指す取り組みはとりわけ重要視されているようで、これら政策が、ナガランド大学の学生たちのような、若者の将来を築くための基盤となるのだろうと考えました。
専門分野はそれぞれでしたが、ナガランドへの熱い想いは皆様共有されておりました
2月12日(木) 報告者:滝川彩希さん
帰りの飛行機から見えた空
東京からデリーへ行く際の飛行時間は約8時間でしたが、帰りは偏西風の影響で約6時間と、2時間ほど短くなりました。そのため、帰りのフライトはとてもあっという間に感じました。
本研修自体も最初はとても長く感じていましたが、折り返しを過ぎたあたりから時間が経つのが早く感じられるようになり、振り返ってみるとあっという間だったように思います。
機内では日の出を見ることができました。空は厚い雲に覆われていましたが、飛行機はその上を飛んでいたため、太陽の光でオレンジ色に染まったとても美しい空を見ることができました。
また、羽田空港に着いた際には、アルナーチャル・プラデーシュ州のラジブ・ガンディー大学で交流をした学生に偶然再会しました。彼女は観光で日本を訪れたそうで、同じ飛行機で乗っていたと聞き、とても驚きました。思いがけない偶然でしたが、とても嬉しい出来事でした。
今回の研修で得た知見や、現地の方々との貴重な学びや繋がりを一過性のものにせず、今後の自身の糧として、社会に還元していけるよう努めていきたいです。
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