2025年以降の世界の紛争、国際危機グループ 理事長コンフォート・エロ氏
世界が直面しているグローバルな危機とは何か、そして日本にどのような影響を及ぼすのか。国際危機グループ理事長のコンフォート・エロ氏と笹川平和財団の西田一平太上席研究員がこのテーマについて掘り下げ、ヨーロッパと中東で進行中の紛争、米中対立の激化、そしてトランプ2.0、グローバル・サウスへの影響などについて語り合いました。
アビゲイル・グレイス 氏: 中国の功績としてひとつ認めたいことは、東南アジアと発展途上国内の当然のニーズを明らかにしたことです。インフラは、国の潜在的な経済力を引き出す上での最大の障害のひとつでした。中国はその前提を踏まえて、新たな取り組みと戦略を策定しました。
多くの発展途上国から世界銀行に向けられている批判は、おそらく環境規制や、その他の融資手続きの申請の厳しさに起因しています。それらは中所得国を対象としているため、発展途上国には手が届きません。これは世界銀行や国際通貨基金、アジア開発銀行などの既存の国際金融機関に目を向け、それらを21世紀の社会に相応しいものにするにはどうしたらよいかを考える機会であると思います。21世紀の社会は、もう10年後には、物理インフラよりもデジタルインフラへの依存度が高くなっているでしょう。
古賀慶 氏: BRIの発足当初は、日本と中国がそれぞれの事業計画を提示して適正な競争がなされ、その結果、提案と結果が改善されるようになると考えていました。しかし、現実に起きていることは汚職と不正な取引であり、適正な競争ができなくなっています。中国は担当するプロジェクトを最後までやり抜くことができず、双方共に損をする状況になっています。東南アジア諸国はもうそのリスクに気付いています。
したがって、東南アジア諸国に現在必要なのは、中国のプロジェクトに関してもう少し慎重になるということです。進捗の遅れやプロジェクトの中止などが発生していますし、スリランカのハンバントタのケースなど、きわめて契約条件が不利なものもあります。さらに、実現可能性の調査が適切に実施されていない場合もあります。そのため、契約は適切であっても、プロジェクトは適切に実施されない可能性があります。一方、日本のプロジェクトを採用した場合、プロジェクトの規模は小さくても、さらなる経済成長や技術移転、環境保護、国内雇用を促進できる、信頼性の高い新しいインフラを構築できるでしょう。このような実績があれば、諸国は日本寄りのプロジェクトへと重点を移します。中国はそれに対抗したいと思うでしょうが、その場合、中国企業は競争力を高めるために、国際的な基準を受け入れなければなりません。
これは日本が中国のBRIの原則に影響を与える機会になり得ます。日本は冷戦時代から長年にわたりODAを通じた開発の経験があるため、他国と比べてこのような開発により強く影響を及ぼせると思います。日本はその経験から、インフラ開発をより効果的に訴求できるという自信を持っています。
アビゲイル・グレイス 氏: 個人的には、「アジア回帰」(Pivot to Asia)が完遂されなかった理由のひとつは、タイミングが悪かったからだと考えています。オバマ政権の後半は、中東およびシリア危機にかなりの重点が置かれました。それにリソースの多くが奪われ、実質的に米国は「アジア回帰」にリソースを割くことができなかったのだと思います。
「自由で開かれたインド太平洋」戦略は、米国がそれを適切に遂行することを可能にできれば、ある程度の明確な利益が得られるでしょう。最大の課題は、政治的雑音と実際に現場で起きていることの選別だと思います。米国政府は「自由で開かれたインド太平洋」戦略が発表されてから予算サイクルを一巡していません。ですから2019年の始めに2020会計年度の大統領の予算要求が公表されたときに、実際にこの戦略を遂行可能にするために必要なリソースが割かれるかどうかを計り知ることができると思います。
レポートで言及していることの中で期待しているもののひとつは、他国への技術援助です。重要な調査結果のひとつは、多くの発展途上国と中所得国は、インフラプロジェクトの条件を交渉するときに、中国の契約を正しく評価するために必要な専門的なノウハウを必ずしももち合わせていないということです。米財務省には技術支援管理室と呼ばれる事務局があり、弁護士、金融規制当局者などの専門家を発展途上国や中所得国に派遣して、そのような契約の評価に必要なスキルを身に付けられるよう地元の金融当局者を養成しています。
すでに起こっていることは、最近可決、署名されたビルド法(BUILD Act)の成立です。間もなく、より幅広い事業を対象とする開発金融公庫として、OPICが設立される見込みで、融資および出資上限はこれまでの2倍の600億ドルになります。「自由で開かれたインド太平洋」戦略を構築するために必要な措置が徐々に講じられていくと思いますが、国務省にはもっと積極的に対外発信(パブリック・ディプロマシー)に力を入れてもらいたいとも思います。今後数か月で、国務省のグローバル・エンゲージメント・センター(Global Engagement Center)は非常に有効なツールになると思います。
古賀慶 氏: 東南アジア諸国は「様子見」をしていると思います。アジアでは、オバマ政権時代の「アジア回帰」や「リバランス」が何を意味するものか、正確にはわかっていませんでした。実は、「自由で開かれたインド太平洋」戦略も同じです。問題は、提唱者がどのように戦略を遂行していくかです。
日本は「自由で開かれたインド太平洋」戦略を策定した国です。しかし、そのコンセプトが本当に米国版の戦略と一致しているかどうかは確信をもてていません。対話が進行中で、基本的には同様の見解をもっていますが、現在、詳細を詰めようとしています。これには時間がかかると思います。しかし、目的が明確に共有されている限り、大変なことにはならないでしょう。また、このコンセプトは、既存の国際秩序に対する潜在的な中国の挑戦を抑制することを目的としており、中国の行動に対抗するという性質のものです。したがって、中国が政策を変更して日米と協力するのであれば、「自由で開かれたインド太平洋」戦略はより協力的な戦略になり、中国が政策を変更しなければ、対立的な戦略になります。