※前回の関連記事はこちらになります(
https://www.spf.org/pacific-islands/breaking_news/20210223-2.html)。
本件についてですが、まず第一に、キリバスがフィジーに購入した土地はキリバスの領土ではありません。当然ながら土地の利用についても外国人の労働についても、フィジーの法令を遵守しなければなりませんし、キリバスがこれを超えることはできません。一方で、マーマウ政権と中国で行われているであろう協議の不透明さがさまざまな憶測を招いているようです。
今回の土地の活用の話については、マーマウ政権から中国に提案したのか、中国がマーマウ政権に提案したのかによっても見解が変わってきます。仮に、キリバスが中国に国交を切り替えた際に数年間で数百億円の融資枠が非公式に約束されており、コロナ禍により投資目的を変更しなけらばならなくなったのであれば、マーマウ政権側は新たな投資先を検討し中国側に相談することになるでしょう。本コメントでは、基本的にマーマウ政権側から中国に提案しているとの立場をとります。
今回の記事の内容は、大きく次の2点に分けられます。
1. 土地に関する事実関係
(1) 2014年にトン前政権がフィジーに約22平方キロメートルの土地を購入した。
(2) 当時の理由は、食糧生産地としての活用、キリバス水没時の移住先ともいわれる。
(3) 購入後、放置されていた土地を2016年に就任したマーマウ政権が引きつぎ、活用を計画。
(4) 土地開発に対し、キリバスだけでは人も技術も資金も不足するため、中国に支援を求める。
2. 中国に反応した、ネット上の憶測(キリバス大統領府は公式に否定)
(1) キリバスが「フィジーの土地」を中国に売却するのではないか。
(2) 中国が「フィジーの土地」に軍事基地を作るのではないか。
まず、1. について考えてみましょう。ここには次のような現実的な疑問や課題があります。
①対象となっている土地は「半分がジャングルに覆われ、居住不可能」であり、農業開発にせよ居住地開発にせよ非常に多額に資金が必要になる。
②農業開発する場合、実際の活動は誰が行うのか。
①については、国家予算200億円規模の国が、自ら多額の資金を拠出するとは考えられず、外部の資金が必要になります。
②については、マーマウ大統領はキリバス人、ネット上の憶測では中国人、フィジー野党NFP書記長はフィジー人を雇用すべきとバラバラの見解が述べられています。果たしてどれが現実的でしょうか。キリバスが購入した土地はフィジーの領土です。そのためキリバス人を含め外国人が働く場合にはフィジー政府の入管法に基づく労働許可が必要になります。キリバスが勝手に決めることはできません。キリバス政府が中国の中央政府、地方政府、民間などの投資により、フィジーに購入した土地で中国の技術協力を受けるにせよ、労働させるにせよ、キリバスがフィジーと協議し、現在の法令に則り許可を得なければなりません。
次に2. について考えてみます。
本記事ではキリバスが1979年の独立時に米国と結んだ友好条約について触れられています(参考:
https://www.spf.org/iina/articles/shiozawa_02.htmlの2.(2)の第4段落)。しかし、これはキリバス国内における第三国による軍事利用に関するものであり、フィジーの土地は適用範囲外です。
繰り返しになりますが、キリバスが購入した土地はフィジーの領土です。そのため、土地利用についてもフィジーの国内法が適用されます。キリバスが土地を中国や他の国に売却する場合、新しい土地所有者とフィジーとの関係になります。
さらに、この記事では次のような関連情報があります。
(1) 土地購入価格と手続き
(2) キリバスは海面上昇で消滅するのか
(3) 中国の援助額
(1) 土地購入価格と手続き
2014年にトン政権が土地を購入した際、価格が相場の4倍であったことと、議会の審議を経ていないという点ですが、当時のキリバスは入漁料収入の急増で使い切れないほどの収入があったとはいえ、強引さは否めません。当時のキリバス内政や気候変動をめぐる動きを調べると何か発見がありそうです。
(2) キリバスは海面上昇で消滅するのか
筆者の南タラワにおける経験ではありますが、キリバスでは大潮や強い低気圧が発生した際には、陸地に海水が浸入してきます。建物の周囲が水没する風景を何度か見たことがあります。一方で、ラグーンに関しては、例えばマーシャルは同じ環礁でも土地の断面が「凸」型でラグーン側もかなりの深さがありますが、タラワ環礁の南タラワ側は表現が難しいのですが、断面がもんじゃ焼きの土手のような形「︵ 」に近く、ラグーンは遠浅で砂の堆積が進んでいるようでした。現地にはラグーンの南側で船の航路確保の問題もあったと記憶しています。これを踏まえると、短期的な変化と長期的変化を分ける必要はありますが、記事の最後の一文には興味を惹かれます。
(3) 中国の援助額
本記事では「現在の国家予算における中国の援助額は1,500万豪ドル(1,180万米ドル)に上り、台湾が拠出していた額の約2倍に相当する。」と述べられています。「国家予算における」とあるため、直接的な財政支援だけを比較しているのかもしませんが、台湾は技術協力を含め年間12億円以上、1,000万米ドル以上の援助を行っていました。そのため、かえって中国の援助額が少ない印象を受けます。推測になりますが、中国はキリバスの国家予算を超える規模の融資が可能という点で、台湾との違いがあるではないでしょうか。
最後に、筆者の現地での活動に基づく主観になりますが、中国と台湾という要素は無視した上で、トン政権とマーマウ政権の違いを記したいと思います。
キリバスは太平洋島嶼国の中で最も一人当たりのGDPが低く、経済成長も遅れています。
トン政権は、ナウル協定締約国グループ(PNA)が導入した隻日法(VDS:Vessel Day Scheme)という新しい漁業権の販売方法により、1隻1日あたりの単価が約4倍になり、大幅な黒字財政を実現しました。しかし、急激な経済成長がキリバスの伝統社会に悪影響を与えることを懸念し、当時の財務省は3%以下の成長に抑えるとしていました。また、入漁料収入は一時的な増大であることから、黒字分を使用してしまうのではなく、将来世代のために歳入調整準備基金(RERF)に積み立てる決定をしました。その延長上に、将来のための土地確保があったとも言えます。気候変動に関しては危機を訴える必要性もある中、将来的には海面上昇でキリバスを離れなければならないというメッセージが発出されることもありました。この気候変動により土地を離れるという考えは、開発パートナーから見れば開発援助の再検討に繋がりかねないものでもありました。
一方、マーマウ政権は経済成長を重視し、入漁料収入で得たメリットを現在の国民に還元すべきとして公務員の給与引き上げや、海外からの投資促進、民間経済の活性化を目指しました。気候変動についても、土地を離れるのではなく、開発により適応していくという考えです。多くの資金を必要とする考え方であり、その観点から言えば、中国は魅力的だったのでしょう。
最後に、キリバスがフィジーに購入した土地の開発に関してですが、ほぼ一からの長期にわたる土地開発であり、農業生産が実現したとしても、次に輸送問題が想定されるなど、開発パートナー側は受けたくない(もしくは対象にできない)案件ではないかと思います。開発銀行も融資をためらうかもしれません。そこで残る選択肢は中国になります。ただ中国も簡単に融資はしないでしょうし、何らかのメリットが必要になるでしょう。
今後も関連報道を丁寧に追っていく必要がありそうです。