太平洋島嶼地域秩序を取り巻く環境は、2018年5月の第8回太平洋・島サミット以降、太平洋島嶼諸国の政策・開発課題など優先度の違い、中台関係の変化、先進国の関与強化などにより複雑さを増している。さらに、新型コロナウイルス感染症の世界的流行による渡航規制が現地経済にも深刻な影響を与えており、地域秩序が変容する可能性が高い。来るべき変化に備え、本稿と次回の2回に分けて、日本が如何にして地域秩序に関与すべきか考えたい。

 本稿では、近年の先進国と中国の動き、新型コロナウイルスの影響について確認し、地域秩序変化の可能性について考察する。

新しいステージに向かう日本と太平洋島嶼関係(2)-地域秩序変化の蠢き太平洋島嶼国と中台関係(笹川平和財団太平洋島嶼国マップを基に筆者作成)

1.現在の地域秩序構造

 太平洋島嶼地域秩序は、第一次世界大戦後、1920年の国際連盟設立により基盤が構築された。その後、第二次世界大戦、1960年の国連植民地独立付与宣言を経て、①旧宗主国(米国、豪州、ニュージーランド)による伝統的安全保障枠組み、②旧宗主国・太平洋島嶼国による太平洋諸島フォーラム(PIF)など地域機関枠組みが形成された。さらに、2000年代後半の世界金融危機、世界食糧価格危機、原油価格高騰を経て、2010年代半ばに、③太平洋島嶼国主導の枠組み、④中国の南南協力枠組みが作られた[1]。現在の地域秩序は、これら4つの要素による多層構造からなる[2]。なお、この地域秩序構造に日本は含まれていない。

 太平洋島嶼諸国は1962年から1994年の独立以降、少人口、地理的離散性、小規模経済、限られた天然資源といった制約の中、主権確保に取り組んできた。2010年代に入り、人材育成、財源開発、開発パートナーの多様化に成功し、旧宗主国からの自立が進んだ。現在では、地域で結束し、「青い大陸の管理者」[3]として、特に気候変動、持続可能な開発、海洋環境、人権問題などで国際社会における発言力を高めている。

 この太平洋島嶼諸国の自立は、日本、中国、台湾など旧宗主国以外の開発パートナーが支えた面がある。特に1990年代より地域に関与している中国は、2010年代以降、南南協力の文脈で先進国とは異なる開発援助や貿易・投資・観光による経済協力を行い、新たな選択肢としての地位を築いた。そして、2014年11月以降、中国は「一帯一路」構想の下、これらの協力関係に戦略性を持たせるようになった。

 これに対し、米国は「自由で開かれたインド太平洋戦略」(2017年11月)により太平洋地域の米国領・自由連合国・台湾承認国の重要性を再確認し、開発協力を通じた地域関与を強めた。また、豪州は「ステッピングアップ政策」(2016年9月)、ニュージーランドは「パシフィック・リセット政策」(2018年3月)により米国自由連合国からなる北部ミクロネシア地域を含む太平洋島嶼地域全体への開発協力を通じた関与を強化し、英国も2018年4月のコモンウェルス首脳会議以降、外交プレゼンスを高めた。さらに日本は「自由で開かれたインド太平洋」(2017年11月)に基づく開発協力を基本とする関係強化を試み、台湾は「民主主義の海洋」(2019年3月)により台湾承認国との関係維持を図った。これら先進国側の共通点は、ルールに基づく国際秩序、自由と民主主義、地域の安定と繁栄にある。

 一方、中国を選択的な開発パートナーと認識している太平洋島嶼国側は、旧宗主国の地域への関与強化に警戒感を示すようになった[4]。また、豪州の温室効果ガス削減などの気候変動緩和に対する姿勢に強い不満を持ち、「新たな植民地主義」などと懸念を表明する国も現れた[5]。

2.中国の影響力が増すソロモン諸島・キリバス

 2019年9月、中国建国70周年を前に、ソロモン諸島、キリバスが相次いで中国と国交を結び、台湾と断交した。両国とも経済成長および国連など国際社会における地位向上を優先した選択であるが、先進国側には中国による台湾の孤立化と地域秩序への挑戦と捉えられた。

(1)ソロモン諸島

(1)ソロモン諸島ガダルカナル島ホニアラ市内よりマライタ島を望む(2010年7月、筆者撮影)

 ソロモン諸島は地域で3番目に大きな人口を有し、天然資源も豊富な国であるが、1990年代後半のマライタ島・ガダルカナル島間の部族紛争により発展が遅れた。同紛争に対し、太平洋諸島フォーラム(Pacific Islands Forum:PIF)は、地域安全保障協力に関するアイトゥタキ宣言(1997年)、ビケタワ宣言(2000年)、ソロモン諸島政府の要請に基づき、2003年6月、PIF加盟国の軍・警察が参加する豪州軍主導のソロモン諸島地域援助ミッション(Regional Assistance Mission to Solomon Islands: RAMSI)を派遣した。RAMSIは2017年6月まで同国で武装解除・秩序回復支援を行った。

 2019年4月、RAMSI撤収後初の議会選挙・首相選出が行われ、2017年11月に不信任決議で退任したソガバレ元首相が、議員50名中15名が棄権する中、34対1の圧倒的多数で首相に返り咲いた。これに対し、首都ホニアラでは同首相選出に反対する住民の暴動が発生した。

 ソガバレ首相は経済専門家であり、近年の天然資源によるパプアニューギニアの経済成長、貿易・投資・観光によるフィジーの経済成長、その背景にある中国経済の影響力を間近で見てきた。そして、2019年9月、木材輸出や鉱山開発、インフラ投資などによるソロモン諸島の経済成長を促進するため、中国を選択するに至った。しかし、中国のソロモン諸島における動向には不可解な点もある。

 日本にとってソロモン諸島は太平洋戦争の激戦地であり、現在も多くの英霊が眠っている。その同国ガダルカナル島では「一木支隊奮戦之地」の石碑を含む土地が中国民間に売られ、同石碑に近づけなくなったり[6]、のちに中央政府が違法として無効化したが、同島とマライタ島の間にある戦時中の要衝であったツラギ島の5年間の土地使用権を同国中央州から中国企業が取得しようとする動きがあった[7]。後者においては、中央州首相と中国企業間の戦略的協力協定に署名がなされていた[8]。

 ソロモン諸島は豪州の安全保障上重要な位置にあるため、このような中国官民による一連の活動は、豪州および地域秩序を担う旧宗主国に対する挑戦と捉えられても不思議ではない。

 一方、ソロモン諸島で最大の人口を有するマライタ州は、自由と民主主義を支持する立場から中国との国交樹立に反対し、2019年10月、台湾との関係維持を宣言するアウキ・コミュニケを発表、現在も中央政府に対する住民の不満が燻っている。

(2)キリバス

(2)キリバスキリバス、豪州、世銀、ADBにより整備された南タラワ幹線道路(2017年11月、筆者撮影)

 キリバスは、トン政権成立に伴い、2003年に中国から台湾に外交関係を変更した。同国は一人当たりGDPが地域で最も低いが、外国に頼り過ぎず、謙虚で、限られた環境の中で自らやりくりする強さがあった。例えば、2010年以降、VDS(Vessel Day Scheme、隻日法)導入[9]により政府財政が大幅黒字に転じたが、同政権は伝統社会の急激な変化を避けるために経済成長抑制策を取り、将来世代のために余剰資金を国の歳入調整基金に積み立てた。一方、対外的には気候変動・海面上昇による脆弱性を訴え、将来的に島を放棄するといった極端な考えが伝えられることもあった。

 2016年3月に就任したマーマウ大統領は、選挙運動時から、内需拡大・経済成長政策への転換を訴え、中国との国交樹立を主張していた。新政権が誕生すると、多くの国民に裨益する政府職員の給与増、船舶・航空機・港湾などのインフラ改善、直接投資受入れ、観光開発を重視し、気候変動と戦い島に留まる意思を示した。しかし、国際社会からの資金調達が進まず、同大統領は自国の歳入調整基金を気候変動対策等に活用しつつも、2019年9月、更なる資金を求め、中国との国交を回復した。これにより、中国の団体旅行者の受入を可能にするADS(Accredited Destination Status)[10]登録も実現した。

 2020年5月の議会選では当選者の過半数を台湾支持派が占めたが、同6月の国民の直接投票による大統領選では、現職マーマウ大統領が6割以上の票を獲得し、再選を果たした。このことから、キリバスでは同大統領の国内重視政策に対する評価が高く、結果的に国民は中国を選択したことになる。

 キリバスは米国と英国にとって、戦中、戦後の安全保障上、重要な位置づけにあった。そのため、米国はキリバスが英国から独立した1979年、同国と友好条約を結び、フェニックス諸島およびライン諸島の各島嶼に関して、「第三国の軍事利用は両国の協議の対象である」と規定し(同第2条)、「(フェニックス諸島の)カントン島、エンダベリー島、オロナ島に米国が建造した施設の第三国による軍事利用は、米国の同意が必要」と規定した(同第3条)。米国は現在も両諸島周辺に領土を確保しており、また首都タラワのあるギルバート諸島北方に位置するマーシャル諸島には迎撃ミサイル実験を目的とするクワジェリン基地がある。

 これに対し、中国はキリバスとの国交回復後、2003年に閉鎖した首都タラワの衛星追跡施設の再建、観光開発目的としてフェニックス諸島カントン島などの滑走路・港湾等の改善を進めているといわれる。いずれも非軍事利用を名目としているが、米国に対する挑戦であることは明らかだ。

3.新型コロナウイルス感染症

 過去に感染症による人口減少を経験している太平洋島嶼諸国では、感染症は住民の命に係わる現実的な脅威である[11]。2019年には、サモアでワクチン接種率の低さを背景に麻疹が大流行し、5歳児以下を中心に83名が命を落とした。

(1)コロナフリーの維持

 新型コロナウイルス感染症は、肥満や糖尿病など生活習慣病が多く、三次医療が困難な太平洋島嶼諸国では生命に関わる深刻な脅威である。そのため、航路のある中国、韓国、米国本土、グアム、ハワイ、ニュージーランド、豪州、日本、台湾、フィリピン、シンガポールなどで感染が拡大すると、早い国では2020年1月末から空路・海路を通じた人の往来を制限し始め、非常事態宣言による権限集中、検疫・隔離体制強化、検査能力強化、ロックダウンや外出禁止令などの措置を取った。パプアニューギニアとフィジーでは感染者が発生したが、フィジーでは政府が徹底的な感染者の追跡と隔離措置を行い感染拡大を抑えた。他の12カ国は2020年8月末現在、コロナフリーを維持している。

(2)経済への影響

 太平洋島嶼国は経済構造により、①民間部門が強く経済規模が大きい国、②民間部門がある程度強いが政府部門も大きい国、③政府部門が顕著に大きい国(政府支出の対GDP比60%以上)の3つの型に分けられる[12]。

 現時点では、①、②の国々で観光部門のGDPに占める割合が40~70%のフィジー、パラオ、クック諸島、バヌアツにおいて経済・財政への影響が深刻であり、各国とも2020年のGDPが20%以上マイナスとなることも考えられる。

 これらの国々では、経済危機を脱するため、2020年7月頃から、豪州とニュージーランドの自由往来措置Trans Tasman Bubbleに加わるPacific Bubble、フィジーを中心とする太平洋島嶼諸国間のBula Bubble、Cook-NZ Bubble、パラオにおけるTaiwan Bubbleなど、早期の観光再開が検討されてきた。しかし、フランス本国や米国からの渡航を解禁した仏領ポリネシアにおける感染拡大や、豪州の感染拡大、ニュージーランドの感染再発生により機運が低下している。米国在住の太平洋島嶼国出身者コミュニティにおける感染拡大と死者数増加の報道も影響しているだろう[13]。

 また、債務の多いフィジー、バヌアツ、サモア、トンガでは大幅なマイナス成長により、債務の対GDP比が60%を超えることになる。そのため、今後、これらの国々は追加融資や債務免除を求める可能性が高く、国際社会の支援が必要になるだろう。

 他方、③の国々では、政府部門が住民の生活に直結し、政府財政は信託基金運用益、入漁料収入、開発援助に依存しているため、世界金融市場が安定し、世界の食糧需給バランスが悪化しない限り、経済・財政に強靭性があるといえる。また、石油価格の低下は、多くの生活物資を輸入し、主要電力をディーゼル発電に頼る太平洋島嶼諸国にとって好材料である。

4.新たな地域秩序構成要素

 太平洋島嶼地域秩序構造の中で、比較的新しい③太平洋島嶼国主導の枠組み、④中国の南南協力という2つの要素は、いずれも好調な現地経済・世界経済に支えられてきた。しかし、新型コロナウイルス感染症が、その支えを脆弱化させた。

 太平洋島嶼諸国は、新型コロナウイルスの流行が長期化する可能性が高まるにつれ、現実を受け入れるようになった。そして、コロナフリーを維持しながら経済活動を両立させる新たな経済・財政構造を模索し、コロナ時代のNew Norm社会への遷移を考え始めている。この動きが地域秩序における5番目の新しい構成要素に発展する可能性がある。

 次の稿では新しい地域秩序における日本の役割と期待について考察する。

(2020/10/13)

脚注

  1. 1 南南協力
  2. 2 拙稿「太平洋島嶼国のガバナンス」『海洋白書 2020』笹川平和財団 海洋政策研究所、 p89-95.
  3. 3 例えば "The 2050 Strategy for the Blue Pacific Continent", PIF事務局。
  4. 4 例えば、プラットPIF次長(当時)のスピーチ,
    “Opening Remarks to the Center for Strategic & International Studies US-Pacific Dialogue ‘Strengthening the US-Pacific Islands Partnership’ by Deputy Secretary General, Cristelle Pratt," Pacific Islands Forum Secretariat, March 4, 2019.
  5. 5 第50回PIF首脳会議後のソポアンガ・ツバル首相(当時)の発言、
    “Australian PM's attitude 'neo-colonial', says Tuvalu PM,” Radio New Zealand
    (RNZ), August 19, 2020.
    マーマウ・キリバス大統領の発言、 “Kiribati calls out Australia over climate apathy,” RNZ, September 25, 2019.
  6. 6 Andrew Fanasia, “MONUMENT SITE SOLD,” Solomon Star, October 30, 2019.
  7. 7 Mackenzie Smith, “Solomons' AG orders Central Province to 'terminate' China deal,” Solomon Star, October 25, 2019.
  8. 8 “Confusion over Solomons' province deal with Chinese developer,” Solomon Star, 14 October 2019.
  9. 9 隻日法(Vessel Day Scheme)、入漁料を一日一隻あたりで販売する仕組み。
  10. 10 Accredited Destination Status、この地位を得ることで、中国の団体旅行訪問先リストに登録される。
  11. 11 近年では、デング熱、ジカ熱、チクングニヤ熱、レプトスピラ症などが流行し非常事態宣言を出す国もあった。例えば、"Epidemic and emerging disease alerts in the Pacific as of 31 December 2019", UNOCHA Reliefweb, December 2019.
  12. 12 ①パプアニューギニア、フィジー、②バヌアツ、クック諸島、パラオ、サモア、トンガ、ソロモン諸島、③マーシャル、ミクロネシア連邦、ツバル、キリバス、ナウル、ニウエ。数値は下記を参照 The Asian Development Bank (ADB), Key Indicators for Asia and the Pacific (2020 51st Edition), September 2010, p199.
  13. 13 例えば、在アーカンソー州のマーシャル人は15000人中2000人が感染し、47名が死亡した、“Hopes Marshallese Arkansas community winning Covid battle,” RNZ, September 16, 2020.