Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第510号(2021.11.05発行)

揺らぐ太平洋島嶼地域の一体化

[KEYWORDS]太平洋島嶼国/地域連帯/島嶼国外交
大阪学院大学教授、太平洋諸島学会会長◆小林泉

太平洋の島嶼国が、今日のように国際的認知度を高めるようになるまで、太平洋諸島フォーラム(PIF)の果たしてきた貢献度は大きい。しかし、PIF離脱を宣言する国が現れるなど、島嶼国間はもちろん国内政治においても利害が対立して地域の一体感は薄れつつある。
わが国の対島嶼国外交そのものにも大きく影響するかもしれない。

大きな海、平和の海

大西洋と太平洋では、何が違うのか。のっぺりしているのが大西洋、付属海と島嶼が散在しているのが太平洋。だからある時、「大の字に島の印の点を付けて『太平洋』と書きます」と言ったら、ならば「オセアニアの日本語が『大洋州』なのは、なぜか?」と鋭い質問を返されてしまった。指摘のとおり、「太」が、島々を表しているのでは、もちろんない。大航海時代の冒険航海者フェルディナンド・マゼランが名付けた『Pacific Ocean(原語はラテン語)』、すなわち「平和(太平)な海」に由来する、との説明が正しい。
しかし、マゼランが命名した16世紀以降、この海は「太平」どころか、諸大国が行き交い、入り乱れる覇権争いの行動舞台となった。やがて島々は大国の植民地、そして戦場になり、挙げ句の果てに核兵器の実験場にまでなった。海洋空間でしかない大西洋に比べ、あまりにもその違いは大きい。それは、幾つもの付属海や島嶼が織りなす地形的、地勢的な要因がもたらした歴史なのだ。島々の住民は、大国の思惑や行動に翻弄され続けてきた。なのに「南太平洋」といえば「楽園」、とイメージする外部世界の人が今でも少なくないのは、なんとも皮肉である。
それでも21世紀に入ると、島嶼を取り巻く国際環境は一変した。通信・発信手段の飛躍的発展、温暖化と気候変動、海洋資源の人類共有財産意識の高まりなど、広い海洋を背にして主張する小さな政治アクターの大きな声を無視できない時代になったからだ。

島嶼国の出現と地域団結

小さな島国の声を国際社会にアピールしてきたのが、1971年に設立された南太平洋フォーラム(SPF:South Pacific Forum)である。そもそも、この地域に国家が出現したのは1962年、西サモア(現サモア独立国)が最初だった。その後も、英連邦系の植民地が次々に独立。1980年代になると米国信託統治領ミクロネシアからも二つの独立国が生まれ、1995年には三つ目のパラオが加わって現在の14島嶼国が出揃った(クック諸島、ニウエを含む)。
だが、政治的に独立を果たしても、即国家の自立に結びつくわけではない。そこで小国家が連帯して、一つの顔で国際社会にその存在を知らしめる必要があった。その団結の証しが、SPFなのである。この組織は、地域連帯の機能を順調に発展させ、北半球のミクロネシア3国が加盟した後の2000年には、「南」を外して現在の太平洋諸島フォーラム(PIF:Pacific Islands Forum)へと改称した。太平洋島嶼諸国が、今日のように国際的認知度を高めるようになるまで、PIFが果たしてきた貢献度は殊の外大きい。
ところが2021年2月に、組織の団結を揺るがす事態が発生した。ミクロネシア5ヵ国が事務局長の選任結果に異を唱え、PIF離脱を宣言したのだ。「人事は話し合いで」という太平洋流儀によって、今回はミクロネシア地域の出身者が局長ポストに就く順番だったが、話し合いで決着が着かず、投票の末に9対8でポリネシア出身者が選任されてしまったからだ。PIF50年の歴史で、投票により局長を選んだのは過去に1度だけ。それゆえこの結末は、異例の事態と言える。
正式な離脱手続き完了まであと4ヶ月、何とか脱退を思いとどまらせようと動くフィジーやパプアニューギニアのような国があるかと思えば、「出て行きたいのならば、どうぞ」と言う国もあって、島嶼諸国の思いは一様ではない。PIFはこの8月、設立50周年を記念して、米国のバイデン大統領を招いたリモートの首脳会議を開催したが、ナウル1国を様子見に出席させてミクロネシア4ヵ国は欠席した。このままでは、ミクロネシア地域が欠けるPIFになる可能性も排除できない。そうなれば、PIF加盟国首脳を対象に四半世紀にわたって日本が主催してきた「太平洋・島サミット(PALM)」にも大きく影響する。従来の対島嶼国外交そのものも、見直す必要性が出てくるかもしれない。

太平洋マップ (公財)笹川平和財団太平洋島嶼国事業:作成

変化する周辺環境と国内政治

とはいえ、PIF諸国の足並みの乱れは、突如起こったわけではない。国際的な関心が高まるにつれ、地域の一体感は薄れていった。新しいドナー国(支援国)との関係性をめぐり、島嶼国間はもちろん国内政治においても、これまでになかった利害対立や政治的争点が出現してきたからだ。そのため、地理的近隣性や類似する経済規模国家による共同歩調が重要視されるようになった。メラネシア・スピアヘッド・グループや漁業資源国で構成するナウル協定加盟国、さらにはミクロネシア大統領会議など、従来とは別枠のサブリージョナルな連帯の形が出現するに至っているのは、そのためである。同じ宗主国や類似する独立経緯といった共通性を除けば、本来の島嶼同士は言語も文化も異なり、距離も離れていて一体化する必然性はない。それゆえサブリージョナル化は、無理のない方向性なのだろう。
このような状況を作り出した大きな要因の一つが、2000年以降に太平洋進出を強めてきた中国の存在である。中国は、台湾の域内排除を図って島々に援助攻勢をかけたが、その行為は台湾ばかりか、既存ドナー国の豪、NZ、米、そして日本にも大きな影響を与えた。例えば日本のこの地域へのODAは、年間100億円程度で推移してきたが、2006年の第4回PALMで3年間450億円、つまり5割増しの拠出を約束。それは、直前に中国が3年間で400億円相当の援助を表明したことへの対抗だった。その後もPALMごとに500億円、5億ドル、550億円とODA増を続けた。「他国への対抗で援助額を決めていない」と日本政府は言うが、中国を意識しているのは明らかだ。他のドナー諸国も同様に、中国に対抗して、島嶼国への関与を強めている。
島嶼国は、こうした周辺諸国の変化に敏感で、これが島嶼国間の関係だけでなく国内政治においても、利害対立の構造を生み出す結果となった。
こうなると、国際アピールのために必要だった単純なPIFでの一体化は、もはや意味をなさない。ならばこれからの日本は、外交にしろ民間交流にしろ、太平洋島嶼群という固まりの意思ではなく、国々の多様性の中で個別の意思を理解するように努めなければならないだろう。(了)

  1. メラネシア・スピアヘッド・グループとは、メラネシア系民族の独立と連帯を目的とした、パプアニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツ、フィジー、ニューカレドニアなどのメラネシア系民族国家・地域が組織している政治グループ

第510号(2021.11.05発行)のその他の記事

ページトップ