Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第510号(2021.11.5発行)

海の小さな巨人─カイアシ類

[KEYWORDS]動物プランクトン/魚類資源/地球温暖化
高知大学名誉教授◆上田拓史

カイアシ類は、全世界の海に分布する動物プランクトンである。地球上で最大のバイオマス(生物量)がある動物といわれ、多くの魚の最も重要な餌となって人類の食を支えている。植物プランクトンが表層で固定した大量の炭素を深海へ輸送する役割も果たしており、目立たないが人類にとって非常に重要な「海の小さな巨人」である。

海のカイアシ類とは

図1 日本周辺海域に優占するカイアシ類

カイアシ類(学名コペポーダCopepoda)はエビと同じ甲殻類の仲間で、地球上の水界のほとんどあらゆる場所にいる動物です。海洋では動物プランクトンとして海面から超深海まで分布し、大きさは成体で0.3mmから10mm程度、寒海では5mm以上の大型種、暖海では1~2mmの小型種が優占します(図1)。体は前体部と後体部からなり、前体部後半にある4対の胸脚を使って水中を跳ねるか滑るように泳ぎまわっています。私は博士課程から現在まで46年間この小さな動物に魅了され、生態と分類を中心に研究を続けてきました。
カイアシ類のバイオマス(生物量)は、網目0.3mmのプランクトンネットで採集される動物プランクトンの通常75%以上を占め、地球上最大のバイオマスがある動物といわれています。最近の情報によると、全海洋の水深200mまでの表層中型動物プランクトンのバイオマスは、炭素ベースで海水1リットル当たり平均5.9µgと計算されています。海洋全体では4.2億トン、生物体の湿重量に換算すると105億トン、カイアシ類はその75%としても約80億トンです。
その量がどれほど膨大かは食物連鎖における消費量の大きさで実感できるでしょう。植物の年間生産量は炭素ベースで陸上全体が600億トン、海洋全体が500億トンとされ、地球上の植物生産の半分近くは海で行われています。海の植物生産を担うのはほとんどが植物プランクトンです。動物プランクトンは植物プランクトンの生産量に匹敵する量を消費しています。それに対し、陸上植物の生産量はかなりの割合で落葉や枯死などによって失われるため、植物生産量に対する動物による消費量の割合は海よりかなり低くなります。そのため、動物プランクトンによる消費量は地球全体の植物消費量の半分以上になると考えられます。つまり、動物プランクトンの大部分を占めるカイアシ類は、おおざっぱに考えて地球の全植物生産量の半分を消費している動物といえるのです。それほどの植物を消費して動物性タンパク質を作る生物のバイオマスがどれほど大きいかは想像に難くはないでしょう。カイアシ類は「海の小さな巨人」と呼ぶにふさわしい動物なのです。

魚類資源を支えるカイアシ類

図2 いろいろなカイアシ類のノープリウス幼生(変態して成体と同様の体形になる)

膨大なバイオマスがあるカイアシ類が動物プランクトン食魚類にとって最も重要な餌生物であることはいうまでもありません。カイアシ類は孵化後ノープリウス(図2)という幼生で水中を泳いでおり、ほとんどの魚種は仔稚魚期にそれを主要な餌にしていることがよく知られています。仔魚に限らず、小型の動物プランクトン食魚や、世界最大の魚であるジンベイザメ、そして史上最大の動物であるシロナガスクジラもプランクトン食です。シロナガスクジラが属するヒゲクジラの仲間の主な餌は大型動物プランクトンであるオキアミや小魚の群れですが、時には巨大な胃が大型カイアシ類で充満した個体が捕獲されることがあります。
魚類資源量がカイアシ類量と相関することは昔から繰り返し明らかにされています。たとえば、瀬戸内海播磨灘のイカナゴの漁獲量は近年急激に減少していますが、2008年から10年間のカイアシ類平均密度と夏眠前のイカナゴの肥満度が有意に相関することが示されました(Nishikawa,et.al.,2020)。その結果と、近年の肥満度が再生産に必要なレベルを下回ったことから、漁獲量の減少はカイアシ類密度の低下が原因であると考えられています。

地球環境に影響するカイアシ類

図3 IPCC第4次評価報告書に基づく海洋の炭素循環模式図(括弧は貯蔵量、矢印は移動量)

カイアシ類は現在もっとも深刻な地球環境問題である地球温暖化にも深く関わる動物です。IPCC第4次評価報告書によれば、海洋は大気から炭素ベースで年間16億トンのCO2を吸収しています(図3)。海洋表層にはさらに河川から年8億トンと、中・深層との海水循環による差し引き92億トンを合わせて計116億トンの炭素が入ります。それらの追加されたCO2がそのまま残留すれば、海洋表層のCO2濃度は急激に上昇して大気からの吸収効率が下がり、温暖化はさらに加速することになります。しかし、表層の炭素は植物プランクトンの光合成によって年500億トンが固定され、そのうち110億トンが深層へ移動するため、表層のCO2濃度はそれほど急激には上がりません。生物によって物質が移動する現象を「生物ポンプ」といいますが、そこで大きな役割を果たしているのがカイアシ類なのです。
プランクトンの遺骸などが緩く集塊して沈降するマリンスノーも重要な生物ポンプの1つですが、カイアシ類はより効率的に表層から深層への炭素輸送に寄与しています。彼らは植物プランクトンを大量に消費する一方で大量の糞(ふん)を排出します。その糞は膜に包まれたペレット状で海水中に容易に崩壊することはなく、かつ、マリンスノーより急速に沈降します。体長1mmほどのある種では、糞粒の大きさは平均して長さ0.2mm×直径0.04mmで、1日20~30個排泄し、80~150m/日の速度で沈降するという報告があります。その1日の糞量は体容積の1/20になり、それに含まれる炭素を毎日深層へ落としている計算になります。
また、大型カイアシ類の中には水深400~1,000mの深海で休眠し、表層で植物プランクトンが増える春季に合わせて深海で産卵する種がいます(図1のネオカラヌスもその1種)。孵化したノープリウスは表層へ移動して植物プランクトンを食べて成体近くまで成長した後、深層へ下降して休眠します。こうした大規模鉛直移動するカイアシ類も表層の炭素を深海へ輸送する働きをしています。それらのカイアシ類の分布量から計算すると、北太平洋全体の深海へのCO2輸送量は年5.9億トンと見積もられ、それは日本の年間CO2排出量(2019年度12.1億トン)の半分近くにあたります。
カイアシ類は海の生態系を支え、人類にとって縁の下の力持ちといえる重要な生物です。しかし、海の温暖化やマイクロプラスチック汚染の影響はカイアシ類にも及んでいます。カイアシ類への深刻な悪影響は人類にとってのさらなる環境悪化に繋がることが懸念されます。(了)

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