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- オーシャニック・トリレンマへの取り組み~安全保障と海洋管理の融合を糸口として~
Ocean Newsletter
第6号(2000.11.05発行)
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆石 弘之
- 建設省土木研究所河川部長◆宇多高明
- 元海上自衛隊海将補、秋元海洋研究所代表◆秋元一峰
- ニューズレター編集委員会編集代表者((社)海洋産業研究会常務理事)◆中原裕幸
オーシャニック・トリレンマへの取り組み
~安全保障と海洋管理の融合を糸口として~
元海上自衛隊海将補、秋元海洋研究所代表◆秋元一峰"Agenda forDevelopment"、"Agenda21"、"AgendaforPeace"は、冷戦後の時代、そして21世紀に臨んでの人類の課題である。海洋は今、「開発」、「環境」、「平和」のトリレンマを克服する叡智を人類に問い掛けている。ロシアの原潜「クルスク」の事故は、海洋管理に果たす「平和」の困難性と重要性を示唆するものでもあった。
原潜「クルスク」の沈没事故
本年8月12日、バレンツ海で訓練中のロシアの原潜「クルスク」が沈没した。事故の原因として、ロシアが「訓練を偵察していた外国の原潜と衝突した可能性がある」と発表したのに対し、米国はこれを否定している。真相はやがて解明されるだろうが、情況からして衝突が原因とは考え難い。それでも、米国防総省が、「米原潜が収集した音響情報をロシアに提供した」と発表しており、現場近くに米原潜が存在していたことは確かだろう。ポスト冷戦時代の今日においても、海洋には軍事的緊張が続き、熾烈な情報戦が繰り広げられている。ロシアはこの事故を2日後の14日になって公表し、当初は米英などからの支援を断っていた。国家の威信、軍事機密などへの配慮があったのだろう。
冷戦の時代に審議された国連海洋法条約
「クルスク」は、NATOコード名で"O-II"と呼称されるクラスの原潜で、米空母に対抗する兵力として開発された。冷戦時代、世界のあらゆる海域で、米空母をソ連原潜が追い、そのソ連原潜を米海軍部隊が追っていた。海洋は米ソ海軍戦略の角逐の場であった。
さて、海洋利用の法的基本構造に変革をもたらすことになった国連海洋法条約は、そのような冷戦時代を通じて審議されていた。超大国は軍事を最優先に考慮し、一方、沿岸国は外洋に向かって管轄権の拡大を図った。結果、超大国主導の海洋国家は、艦船の通航権など一定の海洋自由を維持し、沿岸国家は管轄水域における資源に対する主権的権利等を得ることになった。しかし、海洋法会議の審議において、艦船の通航権と沿岸国家の管轄権とが総合的に検討されたとは言い難い。国連海洋法条約は、合意の難しい海軍の行動については審議を避けて通ることによって成立し得た面がある。ここから国連海洋法条約と海軍戦略は、いわば別居の状態となった。
海洋を巡るトリレンマと海洋管理
国連海洋法条約が発効し、「海洋管理」という新しい時代を迎えた。国連海洋法条約には、「持続可能な海洋開発」と「紛争の平和的解決」という理念がある。海洋管理の目的はこのふたつの理念に結びつく。今日、あらゆる国が海洋との関わりを深め、海洋資源への依存が高まると共に環境汚染が進み、それらが安全保障環境を不安定化させている。「開発」の問題が「環境」と「平和」の問題を招き、それが巡って「開発」に影響を及ぼしている。海洋管理とは、「開発」-「環境」-「平和」のグローバルなトリレンマを克服するための取組でもあろう。そこでは、国家の枠組みを超えた合意形成のためのメカニズムが必要となる。
国際社会において合意形成が最も困難なものは、安全保障、つまり「平和」の問題である。「開発」と「環境」については、地域あるいは地球レベルで合意形成メカニズム創設への努力がなされつつあるが、「平和」については、各国が「国防」を安全保障政策の柱とし、そこには本質として排他的な側面があるところから、国家の枠組みを越えて総意を得ることが困難なのである。「クルスク」の事故では、放射能漏れが生じ、公表までの2日間で事態がさらに悪化する危険性もあったはずだ。国防が安全保障の唯一中心であり、海軍戦略と海洋法条約の別居が続いていることが示された事故であった。
安全保障と海洋管理の融合の必要性
国防機能は国家の基本要件であり、国防のための海軍の役割はいつの時代にも否定されてはならない。しかし一方で、海洋を巡る「開発」-「環境」-「平和」のトリレンマが地球生命の存在そのものを脅かすような時代に臨んで、海軍にはそのようなグローバル・イシュー解決に貢献する姿勢もまた必要ではなかろうか。
国連海洋法条約には、「国際協力」と「予防的アプローチ」の適用が謳われている。各国の海軍が、国際協力と予防的アプローチとして、海洋資源・環境の保護にその力を提供するなど、海洋管理に参画すれば、国連海洋法条約と海軍戦略は接点を持つことになるだろう。安全保障と海洋管理の融合である。そのような態勢が整っていたなら、「クルスク」の事故も迅速で総合的な対応がなされていたかもしれない。「開発」と「環境」の問題を討議する際、とかく軍事を外しがちであるが、「平和」の問題を切り離して海洋管理はあり得ない。「クルスク」のような事故の発生する海域では、海洋の総合管理など絵空事ともいえるのではないか。海洋管理の世界に安全保障を取り込むことによって、海洋管理のための合意形成メカニズム構築の糸口が見出せるはずだ。そのような考えを示す、"OceanPeaceKeeping(OPK)"構想が日本から発信され、海洋問題世界委員会による国連への報告書に取り入れられたこともあった。海洋国家日本がイニシアティブを発揮すべき分野であろう。
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