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オーシャンニューズレター

第66号(2003.05.05発行)

第66号( 2003.05.05 発行)

ウインドウォッシャー液中の合成洗剤等による海洋汚染の可能性

北海道大学大学院工学研究科教授◆森吉昭博

ウインドウォッシャー液中の合成洗剤がアスファルト舗装のアスファルト成分を溶解し、これらとディーゼル排煙やタイヤの屑等の有機物が地球規模の海洋汚染や局部的な気象変化を引き起こしている可能性があることを指摘したい。

1. はじめに

陸上で使用されている農薬、化学肥料および家庭の台所や洗濯用の合成洗剤が最終的には海に流出し、これが海洋汚染の大きな原因の1つになっていると言われている。現在、下水道の水処理施設がほぼ完備していても瀬戸内海の水質汚染の7割は家庭からでる生活廃水が原因とされている。しかし、雨中や道路上に存在する種々の有機物は雨水と一緒に下水管と河川を通じて海に直接流出するので、これも海洋汚染と関係があると思われる。

最近、筆者らが降雨時のアスファルト舗装上の水ならびに大気中にウインドウォッシャー液に添加されている合成洗剤、アスファルト、ディーゼル排煙およびタイヤの屑等が含まれていることを見出した。この合成洗剤は単にアスファルト舗装中の有機物であるアスファルトを溶解するだけでなく、セメントコンクリート中のカルシウム分と化学反応し、セメントコンクリートにいわゆる「骨粗蒡vをもたらし、短時間にカルシウム分を減少させるため強度低下をもたらすこと、また、大気中に浮遊するアスファルト、ディーゼル排煙、タイヤの屑等の黒い有機物が太陽の熱線を吸収し、周りの空気を暖めるため局部的な気象変化をもたらすこと、またこれらが雨水とともに河川を通じて海に流出し、地球規模の海洋の汚染源の1つになっている可能性があることを筆者らが世界で初めて明らかにした。

2.ウインドウォッシャー液の性質

家庭の台所や洗濯用の合成洗剤と同じ種類のものが自動車用のウインドウォッシャー液に添加され今世界中で使用されている。日本のウインドウォッシャー液の品質はJISで規定されているが、ここでは単に自動車を構成するガラス、ゴム、塗料、プラスチック、金属等に対し、ウインドウォッシャー液による損傷をある限度以下とする規定があるだけで、自動車から落ちたその後の合成洗剤の影響は全く考慮していない。一般に合成洗剤はウインドウォッシャー液に0.5%(5000ppm)の濃度で添加されている。この合成洗剤は雨の降り始めに道路上で観察される40~50ppmの濃度でも容易に重質油であるアスファルトを外気温に関係なく溶かし、(これは走行車両のタイヤの動きがアスファルト舗装上の合成洗剤の入った水で、洗濯で言う「押し洗い」に相当した効果をもたらし、合成洗剤が短時間にアスファルト舗装中のアスファルトを溶解していると考えられる)、匂いや色もなく、分解しにくく、蒸発しにくく、動植物に対する毒性が強いとされている。

3.アスファルトの合成洗剤による溶解

アスファルトは黒色有機物の重質油であり、アスファルト舗装には重量で5~9%が混入され、これが石粉、砂、砕石等のいわゆるアスファルト舗装を構成している無機物を互いに強固に繋ぐための接着剤として利用されている。現在アスファルト舗装に使用しているアスファルトとは原油から軽質分を順次取り除いたC重油以下の残りの重質油のことである。

室内でアスファルトを合成洗剤の0.5%の水溶液中で溶解させるとその粒子の大きさは約1μ(1/1000mm)となることが確認されている。また、アスファルト舗装中のアスファルトおよびウインドウォッシャー液中の合成洗剤は世界中でほぼ同一のものが使用されているため、筆者らにより降雨時にはアスファルト舗装上で世界中のどの国でも泡だらけの黒い水が観察されている。

主要幹線のアスファルト舗装道路の端の土の表面から最大で1.5%のアスファルト分が、またアスファルト舗装道路から流出した排水やその水溜りの底からアスファルト、ディーゼル排煙、タイヤ成分、合成洗剤等が検出されている。またアスファルトには含有量が少ないといわれているものの発癌物質である石炭より精製したタールの成分に似た様々な有機物が含まれている。

4. 大気の有機物汚染

筆者等は大気中の浮遊粉塵と3種類の黒色有機物であるタイヤ、ディーゼル排煙およびアスファルトの各試料を採取し、これらの4種類の有機物を分子量毎にそれぞれ4種類の物質に分けて、そのうちの1番軽い成分について化学分析をした。そしてその結果を利用して、大気中の浮遊粉塵中にこれら3種類の黒色有機物が混合して存在すると仮定し、その混合割合を求めたところ、ほとんど工場がない札幌の夏で、かつ北海道大学の工学部の6階建ての屋上でディーゼル排煙が55%、アスファルトが36%、タイヤが9%という比率が得られた。

以上で述べた大気中の黒い細かい有機物は地上に落ちるまでの時間が極めて長く、その間にこれらの物質が太陽の熱線を吸収し、その高さの大気を結果として暖めることになるため、その地域の局部的な気象にも影響を及ぼすだけでなく、降雨によってこれらが地上に落ちて、その一部が水と一緒に海に流出していると考えられる。

5. 雨水の有機物汚染

寒冷地の堆積した雪の中には大気中と同様に合成洗剤を含む有機物が、また温暖地の一般道路の脇の雨水枡の水や泥にも同様の有機物がそれぞれ観察されている。一方、アスファルトの比重は1.02と水の比重とほぼ同じであるため、合成洗剤で溶解し、粒子の大きさが細かくなったアスファルトは水中でもすぐに沈降しないで水と一緒に移動していると考えられる。しかし、いずれの地区の下水処理場でも一般に雨水は道路排水として全く処理しないで直接河川に放流しているため、これらが河川および海洋の有機物による水質汚染を引き起こしている可能性が極めて高いと思われる。

6. おわりに

以上述べたようにウインドウォッシャー液中の合成洗剤が一旦道路上に落ちると走行車両のタイヤにより粒子の細かいアスファルト、ディーゼル排煙、タイヤの屑等とともに大気中に散布され、結果としてこれらが海洋の水質汚染や局部的な気象変化を引き起こしていると考えられる。従って、世界中で使用されているウインドウォッシャー液中の合成洗剤の品質は国際的に早急に見直し、海洋の水質汚染や大気汚染を引き起こさない、いわゆる地球に優しい素材に変更すべきである。(了)

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