Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第600号(2025.12.20発行)
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1.5℃と2℃の違いと気候変動の見通し
KEYWORDS
海洋熱波/海面上昇/ティッピング・エレメント
(公財)地球環境戦略研究機関研究顧問◆甲斐沼美紀子
気温上昇が1.5℃から2℃へ進むわずか0.5℃の違いが、社会や生態系に大きな影響を及ぼす。海は人間活動が生んだ熱の90%以上を吸収し、陸上の気温上昇をある程度抑えてきた。一方で、海洋循環の弱化や極域の氷床融解など、「海に潜むティッピング・エレメント」が相次いで指摘され、私たちの未来に深刻な警鐘を鳴らしている。
「わずか0.5℃」が意味するもの
世界の平均気温上昇を産業革命前と比べて1.5℃に抑えるか、2℃に抑えるか。一見、たった0.5℃の違いに思えるが、地球規模ではその差が甚大である。
2015年のCOP21では、世界各国が「世界の平均気温上昇を2℃より十分低く保ち、さらに1.5℃に抑える努力を追求する」ことに合意した。これは、科学的知見、小島嶼国などの強い要請、経済・技術的な実現可能性を踏まえた政治的合意である。当初は2℃目標が中心だったが、1.5℃との影響差が明らかになり、最終的に1.5℃目標が追加された。世界気象機関は2024年に単年度で1.5℃を超えた可能性を報告している。ただし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は20~30年の平均値で気候傾向を評価しており、単年の上昇は一般的には一時的な変動として扱われる。
IPCCによれば、地球温暖化が進むにつれ海洋熱波の発生頻度や持続時間はさらに増えると高い確信度で見込まれている※1。とくに2℃まで上昇すると、1.5℃に比べ海洋熱波のリスクが一層高まり、熱帯サンゴ礁は1.5℃でも現在の7~9割が失われ、2℃では壊滅的な損失に至る恐れが大きいと評価されている(IPCC 2018)※2。
極端降水の頻度の増加は地域によって異なるが、『IPCC第6次評価報告書』(2021年)では、多くの中緯度・熱帯域で2℃シナリオの方が高い確率で極端降水が増えると評価されている。また、台風についても、最大風速や降水量が強まる強い嵐の割合が増える可能性が高いとされる。
2100年の全球平均海面上昇(1995~2014年比)は、1.5℃で約28~55cm、2℃で約32~63cmと見積もられている。このわずか10cm前後の差でも、沿岸洪水などのリスクにさらされる人が世界で数千万人増えると評価されている(IPCC第6次評価報告書)。
CO₂濃度の増加により海水のpHが低下している。2℃では1.5℃より酸性化が進み、貝類・プランクトンなど炭酸カルシウムの殻をもつ生物の成長・生存がさらに難しくなり、食物網全体のバランスが崩れ、漁業資源の安定供給にも影響があるとされている。
1.5℃と2℃の差は「量」だけでなく「質的転換」をもたらし、高潮や台風時の浸水被害を大きく悪化させたり、都市インフラ・農業への影響を大きく左右したりすると言われている。海は地球の気候を緩和する巨大なバッファーであるが、2℃上昇はその限界を超えるリスクを大きく高めると国際的に警告されている。
2015年のCOP21では、世界各国が「世界の平均気温上昇を2℃より十分低く保ち、さらに1.5℃に抑える努力を追求する」ことに合意した。これは、科学的知見、小島嶼国などの強い要請、経済・技術的な実現可能性を踏まえた政治的合意である。当初は2℃目標が中心だったが、1.5℃との影響差が明らかになり、最終的に1.5℃目標が追加された。世界気象機関は2024年に単年度で1.5℃を超えた可能性を報告している。ただし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は20~30年の平均値で気候傾向を評価しており、単年の上昇は一般的には一時的な変動として扱われる。
IPCCによれば、地球温暖化が進むにつれ海洋熱波の発生頻度や持続時間はさらに増えると高い確信度で見込まれている※1。とくに2℃まで上昇すると、1.5℃に比べ海洋熱波のリスクが一層高まり、熱帯サンゴ礁は1.5℃でも現在の7~9割が失われ、2℃では壊滅的な損失に至る恐れが大きいと評価されている(IPCC 2018)※2。
極端降水の頻度の増加は地域によって異なるが、『IPCC第6次評価報告書』(2021年)では、多くの中緯度・熱帯域で2℃シナリオの方が高い確率で極端降水が増えると評価されている。また、台風についても、最大風速や降水量が強まる強い嵐の割合が増える可能性が高いとされる。
2100年の全球平均海面上昇(1995~2014年比)は、1.5℃で約28~55cm、2℃で約32~63cmと見積もられている。このわずか10cm前後の差でも、沿岸洪水などのリスクにさらされる人が世界で数千万人増えると評価されている(IPCC第6次評価報告書)。
CO₂濃度の増加により海水のpHが低下している。2℃では1.5℃より酸性化が進み、貝類・プランクトンなど炭酸カルシウムの殻をもつ生物の成長・生存がさらに難しくなり、食物網全体のバランスが崩れ、漁業資源の安定供給にも影響があるとされている。
1.5℃と2℃の差は「量」だけでなく「質的転換」をもたらし、高潮や台風時の浸水被害を大きく悪化させたり、都市インフラ・農業への影響を大きく左右したりすると言われている。海は地球の気候を緩和する巨大なバッファーであるが、2℃上昇はその限界を超えるリスクを大きく高めると国際的に警告されている。
温暖化によって貯まった熱の90%以上を吸収する海
海は温暖化によって貯まった熱の90%以上を吸収している(図1)。海は熱容量が大気と比べて大きいので、温度変化は大気よりも遅れて現れるが、その影響は長く深刻に続く。海水温は大気の気温より低いのと、多くの人は直接海水に触れることがほとんどないので、海水の温度上昇について気付くことは少ないが、気付いた時はもう手遅れの事態になっている可能性がある。
すでに世界各地で海洋熱波が多発し、魚類や海藻の大量死が報告されている。日本近海でも、サンゴ礁が北上したり、昔は九州や本州の南の海でしか見られなかったフグが、いまでは北海道の海でも獲れるようになったりしている。
地球温暖化で表層水温が上昇すると、密度が下がった表層が“ふた”のように深層を覆い、上下の水塊が垂直に混ざりにくくなる。この成層化の強まりにより、酸素が深層まで届きにくくなる。同時に、海洋の温暖化そのものが酸素の溶解度を低下させる。その結果、深層・中層に酸素濃度が極端に低い「低酸素域」が広がる。海洋の成層化と酸素減少は今後も進行すると予想され、2℃の温暖化では1.5℃の場合よりもその影響が顕著に強まる(IPCC第6次評価報告書)。低酸素域の拡大は魚類の大量死や、生息域の変化を引き起こし、漁業資源など、食物網全体に大きな影響を及ぼす。
すでに世界各地で海洋熱波が多発し、魚類や海藻の大量死が報告されている。日本近海でも、サンゴ礁が北上したり、昔は九州や本州の南の海でしか見られなかったフグが、いまでは北海道の海でも獲れるようになったりしている。
地球温暖化で表層水温が上昇すると、密度が下がった表層が“ふた”のように深層を覆い、上下の水塊が垂直に混ざりにくくなる。この成層化の強まりにより、酸素が深層まで届きにくくなる。同時に、海洋の温暖化そのものが酸素の溶解度を低下させる。その結果、深層・中層に酸素濃度が極端に低い「低酸素域」が広がる。海洋の成層化と酸素減少は今後も進行すると予想され、2℃の温暖化では1.5℃の場合よりもその影響が顕著に強まる(IPCC第6次評価報告書)。低酸素域の拡大は魚類の大量死や、生息域の変化を引き起こし、漁業資源など、食物網全体に大きな影響を及ぼす。
■図1 地球システムにおけるエネルギー変化量
IPCC Climate Change 2013(Box3.1 Figure 1)より筆者訳
海に潜むティッピング・エレメント
じわじわ進んでいた変化が、ある“しきい値”を超えると一気に加速し、自然のしくみ全体に連鎖的な影響を及ぼすことがある。このような、地球システムの大規模な変化をティッピング・エレメントといい、この時のしきい値をティッピング・ポイントと呼ぶ(図2)。
西南極氷床やグリーンランド氷床が融解しているのが観測で確認されている。西南極氷床は、内陸に向かって地面が深くなる特殊な地形のため、温暖化で暖められた海水が棚氷を下から溶かす。一度氷床末端が後退すると、海水がさらに奥へ侵入し、氷床の融解が自己強化的に進む。一度このような現象が起き始めると元に戻れなくなる。
北極域は、海氷の融解によるアルベド(日射の反射率)の低下や大気循環の変化で大気温が急激に上がりやすいため、地球平均の少なくとも2倍以上のペースで気温が上昇している。このため、グリーンランド氷床の表面の夏期融解が急激に増えている。また、海に張り出した氷河の先端部では、比較的暖かい海水による融解が進んでいる場所もある。1.5℃の上昇では、北極海の海氷が消失する夏は1世紀に1回と予測されている。この確率は、2℃上昇の場合、10年に少なくとも1回に増加する(IPCC2018)。グリーンランド氷床や北極海氷の融解により淡水が北大西洋に流入して、表層の塩分濃度が下がるため、海面水温の上昇とともに、熱塩循環※3を弱める働きを持つ。2℃よりさらに気温が上昇すると、熱塩循環は不可逆的変化のリスクを伴う。
サンゴ礁も消滅の危機にあると言われている。サンゴ礁は単なる「きれいな海の景観」ではなく、消滅すれば生物多様性の損失にとどまらず、漁業や防災、炭素循環など地球規模のしくみ全体に広い影響が及ぶと考えられている。
一度起きれば後戻りできない海の大変化は、将来世代の住む場所や経済活動の基盤を失わせかねない。温室効果ガス排出の抑制など早急に対策を進める必要がある。(了)
西南極氷床やグリーンランド氷床が融解しているのが観測で確認されている。西南極氷床は、内陸に向かって地面が深くなる特殊な地形のため、温暖化で暖められた海水が棚氷を下から溶かす。一度氷床末端が後退すると、海水がさらに奥へ侵入し、氷床の融解が自己強化的に進む。一度このような現象が起き始めると元に戻れなくなる。
北極域は、海氷の融解によるアルベド(日射の反射率)の低下や大気循環の変化で大気温が急激に上がりやすいため、地球平均の少なくとも2倍以上のペースで気温が上昇している。このため、グリーンランド氷床の表面の夏期融解が急激に増えている。また、海に張り出した氷河の先端部では、比較的暖かい海水による融解が進んでいる場所もある。1.5℃の上昇では、北極海の海氷が消失する夏は1世紀に1回と予測されている。この確率は、2℃上昇の場合、10年に少なくとも1回に増加する(IPCC2018)。グリーンランド氷床や北極海氷の融解により淡水が北大西洋に流入して、表層の塩分濃度が下がるため、海面水温の上昇とともに、熱塩循環※3を弱める働きを持つ。2℃よりさらに気温が上昇すると、熱塩循環は不可逆的変化のリスクを伴う。
サンゴ礁も消滅の危機にあると言われている。サンゴ礁は単なる「きれいな海の景観」ではなく、消滅すれば生物多様性の損失にとどまらず、漁業や防災、炭素循環など地球規模のしくみ全体に広い影響が及ぶと考えられている。
一度起きれば後戻りできない海の大変化は、将来世代の住む場所や経済活動の基盤を失わせかねない。温室効果ガス排出の抑制など早急に対策を進める必要がある。(了)
■図2 気温上昇とティッピング・エレメント
Schellnhuberら(2016)Why the right climate target was agreed in Paris. Nature Climate Change. Vol.6および環境省資料を基に著者和訳。RCPは排出シナリオ。
※1 Ben P. HARVEY著「海洋熱波が海洋生態系におよぼす影響」本誌第474号(2020.05.05発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/474_1.html
※2 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「1.5℃特別報告書」
https://www.env.go.jp/press/106052.html
※3 横山祐典著「海洋循環が鍵を握る急激な気候変動」本誌第106号(2005.01.05発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/106_3.html
※2 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)「1.5℃特別報告書」
https://www.env.go.jp/press/106052.html
※3 横山祐典著「海洋循環が鍵を握る急激な気候変動」本誌第106号(2005.01.05発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/106_3.html
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