Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第600号(2025.12.20発行)

事務局だより

(公財)笹川平和財団海洋政策研究所海洋政策実現部部長◆渡邉敦

◆筆者は先頃、ブラジル・ベレンで開かれた気候変動COP30に参加した。会場では温室効果ガス削減と適応支援の緊急性が繰り返し確認されたが、化石燃料利権をめぐる利害や国際利害の調整により合意形成は容易でない現状を目の当たりにした。帰国後には三重県沿岸の現場関係者と会話する機会があり、黒潮流路の変化に伴う季節的・局地的な水温低下が顕著となり、海面養殖や漁業に影響をもたらしているようだという報に触れた。600号となる今号では、国際的に気候変動への関心が高まる機を捉え、気候変動と海洋環境の相互作用に関する科学の最前線を紹介する。◆甲斐沼美紀子氏は、産業革命前比での気温上昇を1.5℃に抑える重要性を海洋の視点から示す。わずか0.5℃の差が海洋熱波の発生頻度・強度、サンゴ礁の生存率、低酸素域の拡大、海面上昇の程度に質的変化をもたらし、漁業や沿岸コミュニティの基盤を揺るがすことを科学的に説明している。◆笹野大輔氏は『日本の気候変動2025』に基づき、日本周辺海域での外洋性貧酸素化の観測と将来予測を整理する。1967〜2024年の長期観測で海面から深度1,000mの溶存酸素量が減少しており、特に1985年以降の低下が顕著である。将来モデルも21世紀末までの減少を示しており、これらの知見は水産資源管理や適応策立案の基盤情報となる。◆美山透氏は2017年に始まった黒潮大蛇行の終息過程を解説する。今回の終息は従来の勢力回復によるものではなく、流路の極端な変化に伴うショートカット的解消であり、再発リスクを残す特殊事例であると指摘する。流路変動は沿岸水温、海洋熱波、降水や夏季の酷暑を通じて生態系と漁業、そしてわれわれの生活に直接的な影響を与える。◆国際政治の不確実性と地域現場の変化が同時に進行している現実は、緩和と適応を並行して強化する必要性を明確に示す。国際合意の停滞に備え、国内では海洋観測・予測を精緻化し、得られた知見を速やかに資源管理や沿岸対策に反映させることが気候変動リスク軽減の要となる。排出削減の機運を維持しつつ、観測から得られる知見と実践を結ぶ実務的施策や行動を加速させることで、変化する海洋環境への適応を図る必要がある。(海洋政策実現部部長 渡邉敦)

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