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オーシャンニューズレター

第600号(2025.12.20発行)

黒潮大蛇行終息が意味するもの

KEYWORDS 黒潮大蛇行/海洋大循環/海洋熱波
(国研)海洋研究開発機構アプリケーションラボ主任研究員◆美山透

黒潮大蛇行は日本南岸で発生する大規模な海流の蛇行現象であり、2017年8月から2025年4月まで約7年9カ月続いた。これは過去最長の大蛇行となった。大蛇行の発生は気候や海洋生態系、漁業に広範な影響を及ぼし、沿岸水温の上昇による海洋生物資源への影響が報告されている。また、海洋熱波による蒸し暑い夏や降水量増加など、天候への影響も確認された。大蛇行終息により、今後の生態系や漁業資源の回復が期待されるが、温暖化の進行で楽観はできない。
黒潮大蛇行の終息
2025年8月29日、気象庁と海上保安庁は、2017年8月から続いていた黒潮大蛇行が2025年4月に終息したと発表した※1
黒潮大蛇行とは、図1のように日本南岸を流れる黒潮と本州南岸の間に大規模な冷水渦(低温の反時計回り渦)が形成され、黒潮が渦を迂回して大きく蛇行する現象である※2。黒潮は世界有数の強力な暖流であり、日本の気候や海洋生態系の形成に大きく関わる。その流路が変化すれば、気候・生態系・漁業に広範な影響を及ぼす。したがって、7年9カ月ぶりに黒潮の流路が大蛇行でない状態に戻ったことが注目されているわけである。
黒潮大蛇行による生態系への影響は多様である※3。影響の例としては、大蛇行の発生時には黒潮が関東・東海沿岸に近づき、沿岸水温が上昇し、極端な海水温上昇である海洋熱波をもたらす(図1)。その結果、海藻類の生育が阻害され、磯焼けと呼ばれる状態を招き、海藻に依存するアワビやイセエビなどの生物にも影響が及ぶ。
また、今回の大蛇行期間中には、天候への影響についての理解も進んだ。沿岸の海洋熱波により水蒸気の供給量が増え、関東・東海地方では夏が蒸し暑い気候となり、降水量も増加したと言われている※4
■図1 黒潮大蛇行時の海流速度・水温分布(2023年5月,水深100m)

■図1 黒潮大蛇行時の海流速度・水温分布(2023年5月,水深100m)

水深100mにおける海流速度(m/s;矢印で表示)と水温(℃;色で表示)の2023年5月の月平均データ。今回の黒潮大蛇行の典型例として示す。紀伊半島の南で強い流れである黒潮が南に大きく蛇行している。この時は東北太平洋側でも黒潮が北に大きく蛇行している。中抜きの矢印は、黒潮が経路を迂回せずに直接進む「ショートカット」の流れを模式的に示した。図作成のためのデータはJCOPE2M海洋再解析から取得した。
今回の大蛇行の特異性
2017年に始まった今回の黒潮大蛇行は7年9カ月間に及び、1965年以降に観測された6回の大蛇行の中で最長であった。従来最長とされた1975〜1980年の4年8カ月を3年以上も上回る異例の長期イベントだった。
黒潮大蛇行は自然現象であり、過去にも繰り返し発生してきたため、それ自体が異常というわけではない。しかし、蛇行と非蛇行が周期的に交代してこそ「自然な変動」といえる。一時的な悪環境であれば、魚類資源や漁業は回復の余地を持つ。しかし、長期にわたる不利な環境が続けば、生態系の構造変化や漁業基盤の崩壊を招く。気象においても、同一の気圧配置が長期間持続すると「ブロッキング」による異常気象とみなされるように、異例の長さで続いた今回の黒潮大蛇行も「異常」といっても差し支えないだろう。
長期化の要因
なぜ今回の大蛇行はこれほど長く続いたのか? 黒潮大蛇行は冷水渦によって流れが妨げられる現象である。通常は、黒潮の勢力が強まることで冷水渦を東方へ押し出し、大蛇行が終息する。過去の大蛇行はいずれもこの過程で終了してきた。しかし今回は、黒潮の流量が長期にわたり弱い状態を維持したため、渦を押し出す力が不足し、蛇行が持続した。
黒潮の駆動源は、太平洋上を吹く偏西風と貿易風による亜熱帯循環(時計回りの大規模海流系)である(図2a)。近年、この循環を形成する風系が北上しており、亜熱帯循環が北寄りに移動している(図2b)。その結果、従来黒潮が強かった日本南岸域では流れが弱まり、逆に黒潮の影響が弱かった東北沖では黒潮の影響が大きくなり、水温が上昇する(図1)という構図が生まれた。
実は、今回の黒潮大蛇行は従来のように黒潮が勢力を回復して終息したのではない。蛇行が極端に発達した結果、流路のくびれた部分で黒潮本流が「ショートカット」し(図1の中抜き矢印)、冷水渦を南へ押し出す形で突発的に終息した。したがって、黒潮が強くなって終わるべくして終わったわけではなく、この点でも過去に例を見ない黒潮大蛇行であった。
■図2 偏西風と貿易風による亜熱帯海洋循環の模式図

■図2 偏西風と貿易風による亜熱帯海洋循環の模式図

(a)以前と(b)近年の比較。太い灰色の矢印が風で、時計回りの赤矢印が亜熱帯海洋循環。赤矢印が3重になっていることが亜熱帯循環の西部の黒潮が強い流れであることを表現している。以前と近年で、その強い黒潮の流れが北上している。
今後の見通し
黒潮大蛇行が終息したとはいえ、はじき出された冷水渦が黒潮本流と再び相互作用するなど、余波はしばらく残存した。終息が4月でありながら正式発表が8月になったのは、終息後の流路安定を確認するための期間を要したからである。現在は余波も収まりつつあり、黒潮は平常流路に近い状態へ戻りつつある。このため、漁業などへの負の影響は徐々に緩和されることが期待される。
しかし、今回の終息は黒潮の勢力回復による解消ではなく、背景にある風系の北上傾向は依然として続いている。風系の北上には、北太平洋の10年規模変動に伴う自然の波動成分に加えて、地球温暖化による大規模循環の変化が関与している可能性がある。したがって、きっかけがあれば、黒潮大蛇行が再び発生しやすい状態が続きそうである。
約8年間の大蛇行期間中にも、温暖化は着実に進行しており、終息後の海洋環境が元通りというわけにはいかない。黒潮大蛇行が終わったからといって、以前のような海が戻るというのは楽観的過ぎるかもしれない。今回の黒潮大蛇行の長期イベントは、変動する海洋環境を理解し、適応策を考えるための貴重な経験であった。大規模海流システムの安定性、海洋循環と地域気候の因果関係、そして生態系の応答について、われわれの理解は確実に前進した。この経験から得られた知見を海洋予測、漁業管理、防災計画などの政策に生かすことが、次の時代への重要な一歩となる。(了)
※1 気象庁・海上保安庁「黒潮大蛇行の終息について」プレスリリース(2025.8.29) https://www.jma.go.jp/jma/press/2508/29a/20250829_end_of_kuroshioLM.html
※2 美山透「黒潮大蛇行とその影響」本誌第448号(2019.4.5) 
https://www.spf.org/opri/newsletter/448_1.html
※3 日下彰「漁業への影響」FRA NEWS VOL73(2023.1.17) https://www.fra.go.jp/home/kenkyushokai/book/franews/files/fnews73.pdf#page=8.00
※4 杉本周作「東海地方に豪雨と猛暑をもたらしたのは黒潮の大蛇行の影響と解明」東北大学プレスリリース(2024.12.23) https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/12/press20241223-02-kuroshio.html

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