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オーシャンニューズレター

第600号(2025.12.20発行)

日本の気候変動2025~大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書~

KEYWORDS 地球温暖化/気候変動対策の基盤情報/貧酸素化
気象庁大気海洋部環境・海洋気象課大気海洋環境解析センター調査官◆笹野大輔

気象庁は文部科学省と共同で、最新の観測結果や科学的知見を取り入れた『日本の気候変動2025』を公表した。国や地方公共団体等の気候変動対策や影響評価において基盤情報(エビデンス)として利用されることを主な目的としたものである。本稿では、『日本の気候変動2025』の概要等に加え、今回新たに掲載した、海洋生態系への影響が懸念される「貧酸素化」に関する情報を紹介する。
『日本の気候変動2025』の概要
気象庁は文部科学省と共同で、『日本の気候変動2025─大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書─』を2025年3月に公表しました。これは、『日本の気候変動2020』(2020年12月公表)の後継に当たり、主に日本とその周辺における大気・海洋の諸要素の観測結果(過去から現在)と将来予測(未来)をまとめた報告書です。将来予測では、『気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書』で用いられた代表的濃度経路(RCP)シナリオを主に用いて、2℃上昇シナリオ(RCP2.6:パリ協定の2℃目標が達成された世界に相当)および4℃上昇シナリオ(RCP8.5:追加的な緩和策を取らなかった世界に相当)に基づいた21世紀末時点の予測をまとめています。
本報告書では海洋に関して、海水温、海面水位、海氷、高潮・高波、海洋酸性化、海洋循環(貧酸素化を含む)等に関する情報を掲載しています。本稿では、2025年版(詳細編)に新たに記載された内容として、日本南方海域の貧酸素化について紹介します。
貧酸素化とは
貧酸素化とは、海水中に溶けている酸素(溶存酸素)が長期的に減少する現象です。海水温上昇、海洋酸性化とともに、気候変動が引き起こす海洋生態系への三大ストレスに挙げられています。東京湾や大阪湾などの内湾において貧酸素水塊が発生することはよく知られていますが、近年は太平洋などの外洋域の広い範囲において溶存酸素量が徐々に減少していることも報告されています。内湾の貧酸素化は直接的な人間活動(生活排水などの流入による富栄養化)が主な原因ですが、外洋の貧酸素化は地球温暖化の進行に伴う海水温上昇が原因と考えられています。
外洋域の貧酸素化には、2つの要因が考えられています。1つ目は、海水中に溶けることができる酸素の量が少なくなる「溶解度の低下」です(図1の①)。海水に溶けることのできる酸素の量(溶解度)は主に水温によって決まり、水温が上昇すれば溶解度が低下します。海洋全体の深度0~1,000mにおいて、溶存酸素量の減少に占める水温上昇による溶解度の低下の寄与は15~50%とされています。2つ目は、「成層の強化」です(図1の②)。溶存酸素量は、混合層(表層で鉛直的に均一に混ざっている層)付近では溶解度前後に保たれていますが、それ以深の分布は、有機物分解に伴う酸素の消費と、海洋の循環や混合による海水の移動のバランスによって決まります。地球温暖化により、混合層付近の水温が上昇すると、浅い層で海水の密度が小さくなります。水温が低く元々密度が大きい下層との密度差が拡大し、下層との海水の混合が起こりにくくなります(成層の強化)。すると、酸素を豊富に含む表面付近の新鮮な海水が下層に送り込まれる作用が弱まるため、結果として下層の溶存酸素量が徐々に減少していきます。どちらの要因も水温上昇が主な原因であり、地球温暖化の進行に伴って貧酸素化が進行していくと予測されています。
外洋の貧酸素化は、地球温暖化の進行の指標の一つとなっています。また、酸素はほとんどの海洋生物にとって生存に必要不可欠な物質です。そのため、貧酸素化の進行による海洋生態系への影響が懸念されています。日本の外洋域での影響はほとんど報告されていませんが、日本東岸で溶存酸素量の低下によってマダラ(底魚の一種)の生息可能な深度が浅くなっているとの報告があります。今後、外洋域で広く影響が現れる可能性があり、貧酸素化の現状把握や将来予測は、水産資源の管理等の観点からも重要です。
気象庁では、海洋の長期的な変動を監視し、そのメカニズムを解明するため、日本周辺海域および北西太平洋において海洋気象観測船による海洋観測を長期にわたって実施してきました。この長期観測データを用いて、日本南方における溶存酸素量の長期変化を解析したところ、本報告書に記載した通り、海面から深度1,000mの溶存酸素量が1967~2024年の期間で減少(3.6%)し、特に1985年以降の期間で顕著に減少(5.4%)していることが分かりました(図2)。その速度は、世界平均と同程度以上です。また、将来予測においても、日本南方の溶存酸素量は世界と同程度の速度で、21世紀末まで減少し続けると予測されています。
■図1 貧酸素化メカニズムの模式図

■図1 貧酸素化メカニズムの模式図

青実線および点線は、水温上昇の前後における溶存酸素量の鉛直分布を表す。水温上昇により、①表層付近の溶解度が低下(緑)するとともに、②成層の強化(赤)に伴って酸素供給が低下(ピンク)し、溶存酸素量が減少する。
■図2 日本南方(東経137度、北緯20~25度平均)における海洋中(深度0〜1,000 m積算)の溶存酸素量(1991~2020年の平均を基準とした比率)の変化率

■図2 日本南方(東経137度、北緯20~25度平均)における海洋中(深度0〜1,000 m積算)の溶存酸素量(1991~2020年の平均を基準とした比率)の変化率

『日本の気候変動2025』の注目点
本報告書は、2021~2023年に公開された『IPCC第6次評価報告書』をはじめ、国内外の最新の科学的知見および成果を集約して更新しました。観測結果については、可能な限り最新の期間までデータを延長して評価を行いました。将来予測については、最新の気候モデルを用いて評価を行いました。また、新たな情報として、地球温暖化の進行に伴って増加すると予測されている極端現象(極端な高温および極端な大雨)の発生頻度と強度について、将来予測を掲載しています。
海洋では、貧酸素化の観測結果を追加したほか、海洋酸性化に関して日本周辺海域の情報を充実させました。また、将来予測では、日本周辺海域における海洋酸性化や貧酸素化等の生物地球化学に関する評価を追加しました。
『日本の気候変動2025』の利活用
『日本の気候変動』は、気候変動適応法に基づき環境省がおおむね5年ごとに作成する『気候変動影響評価報告書』をはじめとする、国や地方公共団体および事業者等の気候変動緩和・適応策や影響評価における基盤情報(エビデンス)として利用されることを主な目的としています。本報告書の主なコンテンツには、気候変動担当者が利用しやすいように専門的な表現はできる限り使わず、基本事項を簡潔に記載した「本編」と、世界全体における状況、科学的観点に基づく背景要因も含め詳しく解説した「詳細編」があります。この他、気候変動をより多くの人に身近なものとして知っていただけるように、本編を簡略にプレゼンテーション形式でまとめた「概要版」、地域ごとの気候変動の観測結果・将来予測を概観した「都道府県別リーフレット」、テーマ別に概要版を用いて5分程度で解説する「解説動画」も提供しています。本報告書が、幅広い世代の皆様が気候変動について考えるきっかけになれば幸いです。(了)
※ 『日本の気候変動2025─大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書─』 https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ccj/index.html

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