Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第106号(2005.01.05発行)

第106号(2005.01.05 発行)

海洋循環が鍵を握る急激な気候変動
-海面下のサンゴサンプルがもたらす重要な古気候情報-

東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻講師◆横山祐典

温暖化に伴う気候変動予測を行う上で古海洋学的データの高精度な収集が急務であるが、特に大陸棚以浅に存在するサンゴは最も有用なサンプルである。
海底ボーリングや潜水艇によるサンプリングを推進して行く必要がある。

氷に記録された急激な気候変動の発見

カナダ全体や北欧を覆う厚さ3kmもの氷は10万年の周期で出現し、2万年前の最寒期を経て、最終氷期は約1万年前に終わり、現在のような"温暖な"間氷期になった。1990年代に、過去の空気が閉じ込められているグリーンランド氷床の氷のサンプルの化学分析により当時の気温が復元され、いくつかの重要な事実が明らかになった。一つは現在の間氷期が他の時期に比べて安定していること、もう一つは気候変動が起こる際のタイムスケールの短さである。氷期や間氷期など寒暖の移行は1万年程度のゆっくりとした変化であると考えられていたが、氷に残された氷期の気候の寒冷化は10年、速いものでは数年のうちに平均気温が数℃変化するという急激なものであった。

■図1 海洋熱塩大循環の模式図
黄色が表層の流れ、青色が深層の流れ。高緯度におけるバツ印が深層水形成の場所。

海洋熱塩大循環と気候変動

北大西洋の海底から採取された堆積物からも、過去の海面水温の急激な寒冷化の繰り返しが明らかになった。この寒冷化は、氷山の大規模流出と同調しており、淡水により表層水塩分が低下し寒冷イベントが起こったとされた(ハインリッヒイベント:HE)。これは地球一周を1,500年で循環している熱塩大循環(THC)がかく乱を受けたことによると考えられている(図1)。すなわち循環のスタート地点である海域では、周りの海水より密度が高く、アマゾン川の流量の100倍もの海水が深海に沈みこんで深層水を形成しているが、この海域の表層海水の塩分低下により深層水の形成が停止したのである。北大西洋で沈み込む海水の起源は、北上してくるメキシコ湾流であり、南下する海水との水温差は平均すると8℃も暖かい。つまりTHCの重要な役割は、低緯度の熱を高緯度へ輸送することであり、これがストップすると急速に高緯度の気候がダメージを受けるわけである。このような気候変動は、古海洋学的な指標を使った研究により、グローバルな現象であったことが明らかになってきている。

サンゴに記録された気候変動の地球科学的な証拠

上)パプアニューギニアの隆起サンゴ礁段丘。手前の青いシートが1およそ1.8mの高さ。
左)現在の水深4m付近に生息するハマサンゴ群体。
右)隆起したハマサンゴをボーリングによりサンプリングしている様子。

造礁サンゴは、海水準(海面)から数mの水深に炭酸カルシウムの骨格を形成するため、過去の地球表層の環境記録を化学的なシグナルとしてとらえている。近年の質量分析器の発達により、ウラン系列核種を精度良く測定することが可能になったため、例えば上記のHEのタイミングについても高精度で明らかにできる。加えてそのイベントの際に海洋に大量に供給された淡水による海水準変動も記録している。さらに、放射性炭素(14C)により当時のTHCの強弱についても明らかにできる※1。氷期の海水準は、大陸に大規模に存在した氷床によって、現在よりも数十m低かったと考えられるため、一般には水深数十mの海底からサンプルを採取する必要がある。しかしパプアニューギニアでは年間平均3cmで隆起している場所があり、当時のサンゴ礁が陸上に存在する(写真参照)。われわれはオーストラリアの研究グループと共同でサンゴのサンプリングを行い、HEとそれに関連した気候-海洋変動について、タイミングと規模を明らかにした※2。特にTHCについては、淡水の供給や循環の停止と寒冷化、その後の深層水の再形成によるTHCの再開という過程を詳細に復元した(図2)※3。

海面下に存在する過去のサンゴがもたらす情報

このようにサンゴの化学分析により得られる情報は、気候変動のメカニズムを明らかにする上で極めて有用である。しかし、アラレ石という鉱物から成るサンゴ骨格は陸上環境下ではより安定な方解石に変質する。こうなるとサンゴは、形成された当時の情報をもはや保持せず、過去の気候変動の記録としては使用できない。そのため、できるだけ現在の海面下での数mから数十m(氷期の最低海面130m※4より浅海)のサンプリングを行うことが望ましい。カリブ海では150m以浅の水深から、ボーリングコアの採取が行われ、1990年代に多くの解析結果がNature誌やScience誌の誌上を飾ったが、日本では現在までのところ潜水艇や洋上からのボーリングによる作業は、実施されていない。港湾工事や海洋調査の技術に秀でた日本として、科学的重要発見が多く期待される大陸棚の調査を進めて行くことが期待されている。一方で採取されたサンゴ試料を用いた分析についてもわが国では課題が残っている。特にウラン系列核種の分析には高額の質量分析器が必要となってくるが、それらの予算確保や、オペレーションに携わるための技術者の雇用などが難しい。欧米各国で採用されているような柔軟なシステムの導入が、わが国の海洋科学を進めて行く上で必要であると考えられる。

■図2 サンゴの14C変動(a)として記録された、海洋表層水温の低温イベント(b)

古海洋学と近未来予測

最近の研究結果から深層水形成海域の塩分低下が示唆されている。少なくとも北大西洋は既に、いわゆる"デイ アフター トゥモロー"の状態になりつつあるという可能性が示唆されている※5。温暖化との関連性が憂慮されているが、将来予測を行うためにも、古海洋の研究を通して過去の同様な塩分低下に伴う気候変動イベントを高精度に明らかにしていく必要がある。(了)

※1 Yokoyama, Y., Esat, T.M., Lambeck, K., and Fifield, L.K., 2000a. Last Ice Age Millennial scale climates changes recorded in Huon Peninsula corals. Radiocarbon, 42: 383-401.

※2 Yokoyama, Y., Esat, T.M., and Lambeck, K., 2001. Coupled climate and sea-level changes deduced from Huon Peninsula coral terraces of the Last Ice Age. Earth Planet. Sci. Lett., 193: 579-587.

※3 Yokoyama, Y., and Esat, T.M., 2004. Long term variations of uranium isotopes and radiocarbon in the surface seawater recorded in corals. In: Shiyomi, M., Kawahata, H., Koizumi, H., Tsuda, A. and Awaya, Y. (Editor), Global environmental change in the ocean and on land. Terra-Kluwer, pp. 279-309.

※4 Yokoyama, Y., Lamberk, K., De Deckker, P., Johnston, P., and L.K., Fifield, 2000b. Timing of the Last Glacial Maximum from observed sea-level minima. Nature, 406: 713-716.

※5 Hansen, B., Osterhus, S., Quadfasel, D., and Turrell, W., 2004. Already the Day After Tomorrow? Science, 305: 953-954.

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  • 編集後記 ニューズレター編集代表(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻教授)◆山形俊男

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