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オーシャンニューズレター

第596号(2025.08.20発行)

深海底の鉱物資源開発における環境影響評価義務

KEYWORDS 国際海底機構(ISA)/マイニング・コード(鉱業規定)/BBNJ協定
法政大学兼任講師◆菅野直之

深海底の鉱物資源開発においては、開発と環境保護を両立させるための環境影響評価(EIA)が重要であり、その実施は国際法上の義務となっている。本稿は、深海底の鉱物資源開発を管轄する国際組織である国際海底機構(ISA)が定めたEIAの手続の概要を紹介する。また、BBNJ協定が深海底の鉱物資源開発におけるEIAに与えうる影響についても若干の検討を行う。
深海底の法制度と環境影響評価(EIA)の必要性
国連海洋法条約において、国際法上の深海底(the Area)は、大陸棚の外側の海底とその地下区域であり、「人類の共同財産(common heritage of mankind)」とされる。このような法的地位に基づき、深海底においては、沿岸国の主権や排他的権限は及ばず、また、深海底の資源開発は、国際組織である国際海底機構(ISA)※1の管理下で行われる。
近年、レアアースに対する需要の高まりなどにより、各国において、深海底の鉱物資源開発に対する関心が高まっている。しかし、深海底の鉱物資源開発は、海洋環境に対して重大な影響を及ぼしうる。したがって、資源開発の事業においては、自然環境に対する影響を可能な限り抑制することが求められている。こうした要請に対応するためには、事業が環境に及ぼす影響を事前に調査・予測し、事業の中止ないし事業計画の変更を検討する手続きである環境影響評価(Environmental Impact Assessment:EIA)が重要となる。本稿では、このような観点から、深海底の鉱物資源開発におけるEIAをめぐる国際法の現状を概観したい。
国際海底機構(ISA)

国際海底機構(ISA)

海洋法におけるEIA義務
一般的なEIAの実施方法は、おおむね以下のようなものである。まず、EIA実施の必要性を検討する「スクリーニング」と、EIAにおいて検討するべき事項を絞り込む「スコーピング」が行われる。その後、現状を明らかにするための環境ベースライン調査、事業による環境への影響の予測と評価、代替手段の検討、影響を緩和するための措置(ミティゲーション)の検討といった、EIAの中心となる調査・検討を行う。その結果は、環境影響評価書(Environmental Impact Statement:EIS)として公表され、レビューの対象となる。さらに、事業の開始後には、事業の影響に関する継続的なモニタリングを実施する。
EIAの実施は、慣習国際法上の義務であるとされる他、生物多様性条約などの多数の条約において締約国の義務とされている。国連海洋法条約でも、204条および206条においてEIAの義務が規定されており、この義務は深海底の鉱物資源開発にも適用される。実際に、深海底制度に関する国連海洋法条約第11部実施協定は、事業者(国家または国家の保証を受けた企業)がISAに事業計画を申請する際、EIAに関する説明を提出する必要があると規定する(同協定附属書1節7項)。
もっとも、国連海洋法条約や第11部実施協定は、EIAの実施義務を一般的に規定するのみであり、具体的な実施方法を定めているわけではない。この空隙を埋めるのが、ISAが策定する「マイニング・コード(鉱業規定)」※2である。マイニング・コードは、深海底の鉱物資源開発に関する手続きを定めた文書の総称であり、EIAの実施方法も、その中で規定されている。次節では、マイニング・コードにおけるEIA実施義務を概観する。
マイニング・コードによるEIA義務の具体化
マイニング・コードは、ISAの構成国(=国連海洋法条約の締約国)から選出された36カ国により構成される理事会が採択する規則(regulations)と、理事会の機関である法律技術委員会(LTC)が採択する勧告(recommendations)によって構成される。また、マイニング・コードは、海底鉱物資源の探査(exploration)に関するものと、開発(exploitation)に関するものに分類される。
資源探査に関するマイニング・コードとしては、マンガン団塊(2000年策定、2013年改正)、海底熱水鉱床(2010年)、コバルトリッチクラスト(2012年)の探査に関する規則(探査規則)が採択されており、その中で、事業計画の申請時や承認後に事業者が行うべきEIAの手続きが規定されている。さらに、これらの探査規則では、EIAの具体的な実施方法(環境ベースライン調査における調査項目や、EIAが要求される活動の種類など)について、LTCが採択した勧告を参照することが求められている。LTCは、上記3種類の鉱物資源の探査に共通して適用される勧告を2013年に採択し、現在は2023年の改正版(ISBA/25/LTC/6.Rev.3)が適用されている。
他方、資源開発に関するマイニング・コードは、規則・勧告のいずれについても、現時点(2025年7月)では採択されていない。しかし、2016年に原案が公表され、理事会で採択に向けた交渉が進められている開発規則草案には、すでにEIAに関する規定が存在している。また2022年には、スクリーニングからモニタリングに至るEIAの具体的な実施方法を規定したガイドラインの草案が作成されており(ISBA/27/C/4など)、開発規則が採択された場合には、(今後改正される可能性はあるが)このガイドラインが適用されると想定される。
BBNJ協定との関係
最後に、2023年に採択されたBBNJ協定※3との関係にも触れておきたい。深海底は、その定義上、国家管轄権外区域であることから、BBNJ協定の適用対象である。それゆえ、深海底に関する既存の法制度との関係が問題となりうる。
BBNJ協定は、締約国が、協定上のEIAと「同等の(equivalent)」EIAを行う場合には、協定上のEIAを行う必要はないと規定する(29条4項)。したがって、マイニング・コードに基づくEIAが、ここでいう「同等の」EIAとみなされるのであれば、BBNJ協定が発効したとしても、深海底の鉱物資源開発が直ちに影響を受けるわけではないと考えられる。
とはいえ、長期的な影響は避けられないように思われる。BBNJ協定上のEIAは、多くの点においてマイニング・コードに基づくEIAよりも厳格である。例えば、BBNJ協定では、スコーピングの段階において、環境のみならず、社会、文化、人の健康などに対する影響も考慮するべきであるとされているが(31条1項b)、マイニング・コードでは、これらの要素は部分的にしか言及されていない。近年では、環境保護を理由とする深海底の鉱物資源開発のモラトリアムが主張されるなど、環境への関心は一層高まっている。このような現状を考えれば、今後、BBNJ協定の影響を受ける形で、マイニング・コードにおけるEIAが厳格化される可能性は十分にありうる。(了)
※1 国際海底機構(International Seabed Authority:ISA) https://www.isa.org.jm/
※2 ISA マイニング・コード(鉱業規定) https://www.isa.org.jm/the-mining-code/
※3 正式名称は、“Agreement on Marine Biological Diversity of Areas beyond National Jurisdiction” 邦訳は「海洋法に関する国際連合条約に基づくいずれの国の管轄にも属さない区域における海洋の生物の多様性の保全及び持続可能な利用に関する協定」。本稿執筆時点で日本を含む51カ国が批准しているが、未だ発効していない(締結した国数が60となった120日後に発効することとなっている)。

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