Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第591号(2025.03.20発行)

沿岸域の安全について
〜仙台防災枠組から10年〜

KEYWORDS 沿岸防災/気候変動/人口減少
高知工科大学工学研究科長◆佐藤愼司

東日本大震災後の津波対策では、「なんとしても人命を守る津波対策」が進んだ。
これは、津波レベルの二段階設定、浸水予測の公表、一時避難施設の設置、民間資本による盛土堤防の建設などにより実現したものである。
今後は、気候変動や人口減少がさらに進み、地方の沿岸地域で特に災害に対する脆弱性は増すことが想定される。
今後の沿岸防災は、これらの外的要因を内部に取り込んで統合的に検討することが重要となる。
なんとしても人命を守る津波対策
2025年は、阪神淡路大震災から30年、東日本大震災後に策定された仙台防災枠組から10年に当たる節目の年である。「仙台防災枠組2015-2030」は、2005年に採択された「兵庫行動枠組」の後継として、2030年までに災害被害を大幅に減少する目標を掲げた国際的な防災指針である。目標を実現するために、「災害リスクの理解」、「災害リスクガバナンスの強化」などの4つの優先行動が設定され、世界各国で具体的な取り組みが進められている。本稿では、筆者の専門である沿岸防災に焦点を当てて、枠組み策定後の10年間のわが国の取り組みを振り返るとともに、さらに2050年を見据えて今後の課題を展望したい。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震では、日本海溝を震源とするマグニチュード9の地震と津波により広域に被害が生じた。その後、新しい津波対策は、海岸堤防などの構造物で陸地への進入を防止するレベル1津波と、集落の高台移転などの土地利用誘導や、早期避難の徹底などで対応するレベル2津波に分けて検討することとなった。二段階の外力設定は、阪神淡路大震災を契機に、地震動に対して導入された概念が、津波災害に対して拡張されたものと位置づけられる。レベル2津波は、浸水被害を避けることはできないが、居住誘導や早期避難等を組み合わせることにより少しでも被害を減らし、「なんとしても人命を守る」対策が進められている。
「なんとしても人命を守る」対策として特に効果的と思われるものには、浸水想定図の公表、一時避難施設の設置、大規模盛土堤防の建設が挙げられる。津波の浸水想定は、津波の数値計算技術の進歩によって、全国的に高精細な予測が可能となった。これを公表することにより、沿岸域住民の防災意識が向上するとともに、居住地の選択やまちづくり計画など具体的な支援が実現している。2024年1月1日に発生した能登半島地震においても、早期避難した多くの住民が津波浸水域を意識しており、津波による人命被害を大幅に抑える要因となったものと思われる。浸水想定図では、津波の高さだけでなく、到達時間も公表されている。津波の到達が早く、近くに高所が少ない沿岸低地では、避難タワーや人工的な高台である命山(いのちやま)などの一時避難施設が建設され、多くの地域で一時避難者をほぼ収容できる状況に達している。図1は、高知県黒潮町の津波避難タワーである。高さ25mの鉄骨造、230人が避難できる設計で、2017年に竣工した。
沿岸低地が広大で、人口が集積している場合には、多くの避難タワーを建設するより、海岸堤防の陸側に高い盛土を建設して浸水被害を軽減することが現実的となる。これにより、津波の陸地への進入を遅らせ、避難時間を稼ぐことができる。海岸堤防は、レベル1津波に対して設計し、海岸管理者である都道府県が建設するが、高盛土堤防はレベル1津波を超えるレベルの災害対策施設であるため、現在の法制度では財政状況の厳しい市町村が建設することになる。静岡県浜松市では、想定浸水域に事業所がある民間企業の寄付により、図2のような標高約13m、長さ17.5kmの高盛土堤防が2020年に完成した。防災インフラの整備に民間資本が活用された事例としては、和歌山県広村(現、有田郡広川町)の盛土堤防が有名である。安政南海地震の被害をみた地元資産家の濱口梧陵1が私財を投じて建設し、昭和の東南海地震や南海地震で津波の被害軽減に役立ったとされる。レベル2津波など低頻度災害への対応では、地域の防災意識を何百年も持続することが肝要なため、地元住民の防災活動参加や民間投資の活用がますます重要となる。
■図1 高知県黒潮町の津波避難タワー

■図1 高知県黒潮町の津波避難タワー

■図2 静岡県浜松市に建設された高盛土堤防(静岡県提供)

■図2 静岡県浜松市に建設された高盛土堤防(静岡県提供)

人口減少・気候変動と2050年に向けた沿岸防災
能登半島地震では、復興の遅れが課題となっている。同地で異常とも思える豪雨が地震の約9カ月後に発生し、土砂・浸水被害が追い打ちとなったことや、地域からの人口流出が大きく影響していると指摘されている。災害の直接的な契機は地震動や津波の来襲であったが、気候変動による異常豪雨の増加や人口減少による社会構造の変化などが複合的に影響し、速やかな復興が進まないことが実例として示されている。筆者の暮らす高知においても、南海トラフ地震対策は入念に検討されているが、直接的なハザードへの対応が検討の主体である。地方の沿岸域では、副次的な気候変動や人口減少の影響が、災害・復興の長期化をもたらす要因であると思われる。
災害リスクは、「ハザード」「暴露」「脆弱性」の3つの要素で評価できる。津波災害においては、津波(=ハザード)が大きいほど、影響を受ける人口や資産(=暴露)が大きいほど、対策が進んでいないほど(=脆弱性)、リスクが大きい。人口減少が進むとその地域の暴露人口が減るのでリスクは減少するが、同時に防災投資が進まなくなるとともに「共助」を産むコミュニティが弱くなり脆弱性が増すので、リスクは増加する場合が多い。
気候変動影響については、2025年度末までにこれを踏まえた海岸保全計画を策定することを目標として、全国で検討が進んでいる。気象の変化により波浪や潮位などが変化するため、これらが検討対象となるが、実際の砂礫浜海岸では、波浪や潮位が変化するとそれに応じて地形も大きく変化するため、将来の地形変化を想定した検討が必要になる。砂礫海岸では、温暖化により海面が上昇すると、その影響は、海岸線近傍のみでなく、沖合いまでの「広い領域」に及び、結果として、広い範囲で大量の砂礫が移動することになる。海岸の土砂量が変わらなければ、海岸線の後退量と海面上昇量の関係は、「広い領域」の鉛直高さと水平距離の関係(=平均勾配)と一致する。例えば、現在、RCP-2.6※2シナリオで予測されている21世紀末の日本近海の海面上昇量として40cmを仮定すると、多くの砂礫海岸の平均勾配は1/50~1/100程度であるため、海岸線の後退量は海面上昇量を平均勾配で割って、20~40mと試算される。このような砂浜の減少は、陸地の浸水リスクを増加させるため、不確実性を認識した上で計画に含める必要がある。
沿岸域の安全は、潮位や波浪・津波の予測をベースに検討されてきたが、「仙台防災枠組2015-2030」の後継となる2050年に向けた検討では、人口減少や気候変動の影響もさらに支配的な要素に加わる。従来は外的要因とされてきたこれらを内部に含めて統合的に検討することが重要となる。不確実な予測のもとで最適な対応策を選択できる、柔軟な防災対策を選択することが求められている。(了)
※1 参考 崎山光一著「稲むらの火は世界津波の日へ繋がった」本誌第414号(2017.11.05発行) https://www.spf.org/opri/newsletter/414_1.html
※2 RCP(Representative Concentration Pathways):将来の温暖化予測で用いられるシナリオ(仮定)。RCP-2.6は気温上昇を2℃に抑えること想定した低位安定化のシナリオをさす。

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