Ocean Newsletter
オーシャンニューズレター
第589号(2025.02.20発行)
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プラスチック汚染を根絶するために
~INC 5からの考察~
KEYWORDS
国連環境計画(UNEP)/プラスチック条約/条約交渉
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所上席研究員◆Emadul ISLAM
本稿は、2022年のUNEA 5/14決議に基づき制定が進むプラスチック汚染対策の国際条約を取り上げる。
釜山での第5回政府間交渉委員会(INC-5)では、重要条項をめぐる対立や石油生産国の反発があったが、100以上の国がポリマー制限などの目標を支持した。
市民社会の強力な支援を背景に、条約完成を目指し2025年も交渉継続が計画されている。
釜山での第5回政府間交渉委員会(INC-5)では、重要条項をめぐる対立や石油生産国の反発があったが、100以上の国がポリマー制限などの目標を支持した。
市民社会の強力な支援を背景に、条約完成を目指し2025年も交渉継続が計画されている。
プラスチック汚染対策のための国際枠組みの構築
プラスチック汚染は世界的な問題であり、海洋および陸上の発生源におけるプラスチック汚染を抑制し、根絶するためには、法的拘束力のある国際文書が不可欠である。2022年3月には、175カ国により、2025年までに海洋環境を含むプラスチック汚染根絶のための国際条約を策定するという歴史的な決定がなされた(国連環境総会(UNEA)5/14決議)。本稿では、プラスチック条約策定の背景および政府間交渉委員会第5回会合(INC-5)の進展について考察する。
MARPOL条約からUNEA5/14決議へ
プラスチックは19世紀最大の発明だが、分解に長い時間を要することや廃棄物管理の不備によって、陸および海、さらには公衆衛生において深刻な汚染問題を引き起こした。1970年代からプラスチック汚染を根絶する必要性が認識され、汚染終結に向けた政策が策定されてきた。国際的な法的文書は策定時期が2000年以前か以降かの2つに分類できる(図1参照)。2000年以前に策定された国際条約・枠組みは計8件存在するが、これらのいずれも陸上起源のプラスチック汚染を対象としていない。MARPOL条約およびロンドン条約・議定書は、海洋活動に起因するプラスチック汚染の問題を軽減することを目的として策定された、代表的な国際合意である。これらは、海洋環境へのプラスチック廃棄物の排出を規制・管理するために実施されており、その結果、この種の汚染に伴う環境への悪影響に対処している。これらの条約が地域および国家の政策対応に与える影響が検討されてきたが、陸上起源のプラスチック汚染問題軽減における有効性には潜在的限界があることが明らかになっている。バーゼル条約では、国レベルでの環境的に適正な廃棄物管理の促進が目指されている。
国際連合および国連環境計画(UNEP)は、プラスチック汚染に関する国際文書策定において重要な役割を果たしてきた。2000年以降、陸上起源のプラスチック汚染への対処を目的とした非拘束的国際枠組みが大幅に増加している。法的拘束力のある文書は計28件あり、その多くはUNEAの決議で、陸上起源のプラスチック汚染対応を目的として策定された。これらは時間とともに徐々に変化し、その範囲を拡大して「海洋プラスチックごみやマイクロプラスチック」といった、より具体的な分類を含むようになっている。
図1にプラスチック汚染抑制のための国際条約と枠組みをまとめた。
UNEPが指摘するように、陸上起源のプラスチック汚染のための包括的かつ普遍的に適用可能な国際政策が存在しないことは、重要な懸念事項である。2022年3月のUNEA5/14決議では、法的拘束力のある文書を策定するため、政府間交渉委員会(INC)の設置を義務づける決議が採択され、2022年から2024年の間に5回の会合が開催された。
国際連合および国連環境計画(UNEP)は、プラスチック汚染に関する国際文書策定において重要な役割を果たしてきた。2000年以降、陸上起源のプラスチック汚染への対処を目的とした非拘束的国際枠組みが大幅に増加している。法的拘束力のある文書は計28件あり、その多くはUNEAの決議で、陸上起源のプラスチック汚染対応を目的として策定された。これらは時間とともに徐々に変化し、その範囲を拡大して「海洋プラスチックごみやマイクロプラスチック」といった、より具体的な分類を含むようになっている。
図1にプラスチック汚染抑制のための国際条約と枠組みをまとめた。
UNEPが指摘するように、陸上起源のプラスチック汚染のための包括的かつ普遍的に適用可能な国際政策が存在しないことは、重要な懸念事項である。2022年3月のUNEA5/14決議では、法的拘束力のある文書を策定するため、政府間交渉委員会(INC)の設置を義務づける決議が採択され、2022年から2024年の間に5回の会合が開催された。

■図1 プラスチック汚染に関連する国際条約・枠組み
INC-5における交渉の進展
INC第5回会合(INC-5)は、2024年11月25日、大韓民国・釜山において開会した。INC-5議長ルイス・バヤス・バルディビエソ氏は、開会の挨拶において次のように述べた。
「プラスチック汚染は、生態系、経済、人間の健康に対する緊急かつ見えない脅威となっている。この危機の深刻さは明白であり、重大な介入がなされない限り、2040年までに環境に流出するプラスチックの量は2022年比較でほぼ倍増すると予測されている。」
同会合では4つの小グループと法的起草グループが設置され、当初、32の条文案を含む「Non-Paper 3」文書を基礎として交渉が行われた。それらを踏まえ、12月1日にはINC-5議長によって「Non-Paper 3」の拡張および改訂版である「議長テキスト」が公表された。
しかし、6日間にわたる政府間交渉の結果、第3条(プラスチック製品と化学物質)、第6条(持続可能な生産)、第8条(プラスチック廃棄物管理)、第10条(公正な移行)、第11条(資金メカニズム)、第12条(能力開発)を含むいくつかの重要な条項については合意に至らなかった。この合意の欠如は、特にロシア、イラン、サウジアラビア、米国といった石油生産国間で顕著に見られた。
さらに、「Non-Paper 3」は、INC-5交渉の冒頭で、条約の範囲および目的が欠落しているとして批判され、この問題は「議長テキスト」においても未解決のままである。
最終交渉セッションになるはずだったINC-5において、合意に至らなかった。これは、条約の必要性を裏付ける科学的証拠が圧倒的に存在するにもかかわらず、プラスチック汚染問題の緊急性よりも自国利益を優先する少数の国々に起因する。
それでも、INC-5は普遍的な条約策定に向けての重要なマイルストーンとなった。交渉文書は整理され、一部の条項案はブラケット(留保)なしの状態となった。しかし、廃棄物管理とリサイクルのみに焦点を絞ろうとする「同じ志を持つ国々(LMC)」は、すべての条文案にブラケットを付けることを要請し、「すべてが合意されるまで、何も合意されない」という原則を強調した。
一方で、「プラスチック汚染根絶への高い野心連合(HAC)」は勢いを増し、野心的な条約に対する支持が拡大した。100カ国以上が第6条(供給[持続可能な生産])の条項そして一次プラスチック生産削減のための世界的な目標設定を支持した。また、94カ国が第3条(プラスチック製品)の採択を支持した。最終本会議では、ルワンダのジュリエット・カベラ氏がHACおよび85カ国を代表し、高い野心を求める力強い声明を発表した。この訴えは本会議の大多数からスタンディングオベーションで迎えられ、野心的な条約への強い支持が示された。
「プラスチック汚染は、生態系、経済、人間の健康に対する緊急かつ見えない脅威となっている。この危機の深刻さは明白であり、重大な介入がなされない限り、2040年までに環境に流出するプラスチックの量は2022年比較でほぼ倍増すると予測されている。」
同会合では4つの小グループと法的起草グループが設置され、当初、32の条文案を含む「Non-Paper 3」文書を基礎として交渉が行われた。それらを踏まえ、12月1日にはINC-5議長によって「Non-Paper 3」の拡張および改訂版である「議長テキスト」が公表された。
しかし、6日間にわたる政府間交渉の結果、第3条(プラスチック製品と化学物質)、第6条(持続可能な生産)、第8条(プラスチック廃棄物管理)、第10条(公正な移行)、第11条(資金メカニズム)、第12条(能力開発)を含むいくつかの重要な条項については合意に至らなかった。この合意の欠如は、特にロシア、イラン、サウジアラビア、米国といった石油生産国間で顕著に見られた。
さらに、「Non-Paper 3」は、INC-5交渉の冒頭で、条約の範囲および目的が欠落しているとして批判され、この問題は「議長テキスト」においても未解決のままである。
最終交渉セッションになるはずだったINC-5において、合意に至らなかった。これは、条約の必要性を裏付ける科学的証拠が圧倒的に存在するにもかかわらず、プラスチック汚染問題の緊急性よりも自国利益を優先する少数の国々に起因する。
それでも、INC-5は普遍的な条約策定に向けての重要なマイルストーンとなった。交渉文書は整理され、一部の条項案はブラケット(留保)なしの状態となった。しかし、廃棄物管理とリサイクルのみに焦点を絞ろうとする「同じ志を持つ国々(LMC)」は、すべての条文案にブラケットを付けることを要請し、「すべてが合意されるまで、何も合意されない」という原則を強調した。
一方で、「プラスチック汚染根絶への高い野心連合(HAC)」は勢いを増し、野心的な条約に対する支持が拡大した。100カ国以上が第6条(供給[持続可能な生産])の条項そして一次プラスチック生産削減のための世界的な目標設定を支持した。また、94カ国が第3条(プラスチック製品)の採択を支持した。最終本会議では、ルワンダのジュリエット・カベラ氏がHACおよび85カ国を代表し、高い野心を求める力強い声明を発表した。この訴えは本会議の大多数からスタンディングオベーションで迎えられ、野心的な条約への強い支持が示された。
今後の展望
INC-5では合意に至らず、成功は遅延した。サウジアラビア、イラン、ロシアといった国々が進展を阻んだためである。しかし、この会合は重要な節目となった。100カ国以上が団結して、プラスチック条約の重要要素としてプラスチックポリマーの上限規制の採択を求め、「弱い条約ならば、ない方がましだ」という明確で断固たるメッセージを発した。
市民社会からの揺るぎない支持がこの決意を後押しし、各国はそのコミットメントを堅持することができた。次の交渉(INC-5.2)の具体的な時期や場所は未定だが、2025年に交渉再開される予定であり、この遅れはむしろ好機と捉えられている。野心的かつ包括的な条約を追求し続けることで、最終的な勝利はさらに意義深く、価値あるものとなるだろう。(了)
市民社会からの揺るぎない支持がこの決意を後押しし、各国はそのコミットメントを堅持することができた。次の交渉(INC-5.2)の具体的な時期や場所は未定だが、2025年に交渉再開される予定であり、この遅れはむしろ好機と捉えられている。野心的かつ包括的な条約を追求し続けることで、最終的な勝利はさらに意義深く、価値あるものとなるだろう。(了)
●本稿は、英語の原文を翻案したものです。原文は、当財団英文サイトでご覧いただけます。
https://www.spf.org/en/opri/newsletter/
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