Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第588号(2025.02.05発行)

海洋空間計画の必要性:世界の動きと日本の今後

KEYWORDS ゾーニング(海域区分)/洋上風力発電/BBNJ協定
東海大学海洋学部教授◆脇田和美

海洋空間計画の成果物である将来に向けたゾーニング(海域区分)図は、洋上風力発電など新規利用への公正かつ効率的な対応に有用なだけでなく、今後BBNJ協定が発効し、公海等にも保護区等が設定される際、隣接するEEZを持つ国のゾーニング図との整合性の検討にも必要になると想定される。
世界の海洋全体に関する利用や保全を他国と対等に議論していくため、日本もEEZをカバーする海洋空間計画に取り組むことが望まれる。
海洋空間計画とは
海洋空間計画(Marine/Maritime Spatial Planning)とは、あらゆる分野別の目的(利害)を調整し、海洋空間のうちどこをどのように利用したり保全したりしていくか、利害関係者の協議を通して決定するプロセスである(写真)※1。そのため、協議において、現在どの海域がどのように利用あるいは保全されているか、さまざまな情報を重ね合わせて検討する作業は必然であり、それをもとに、将来に向けたゾーニング(海域区分)図を作成する。ゾーニング図は、海洋空間計画の取り組みの成果物である2
海洋空間計画が加速する世界的な潮流は、止まらない。ユネスコ政府間海洋学委員会(以下、UNESCO-IOC)が2006年に生態系に基づく海洋空間計画の重要性を提唱して以降、UNESCO-IOCと欧州委員会海事・漁業総局(以下、EC DG-MARE)が世界の海洋空間計画を推進している。2014年にはEU指令が発出され、海洋空間計画がEU加盟沿岸国の責務となった。EUでは各国が策定するゾーニング図と隣国のそれとの間に齟齬が生じないよう、配慮や調整を行っている。2022年にはEC DG-MAREとUNESCO-IOCが共同でロードマップを発出し、2030年までに世界の管轄権内の海域の少なくとも1/3を海洋空間計画の下におくという目標を立て、世界各地でプロジェクトを進めている。
国際的な取り組みを俯瞰すると、一口に海洋空間計画といっても、対象海域や取り組みの動機は多様である。世界全体の海洋空間計画のうち、排他的経済水域(以下、EEZ)をカバーする取り組みが53%、領海をカバーする取り組みが38%、より狭い海域の取り組みが10%というデータもある3。取り組みの動機も、海域における人間活動の競合、より総合的な海域管理の必要性、海洋保全の観点、新たな海域利用への対応などさまざまである。EUで海洋空間計画の取り組みが推進されてきた背景には、海洋生態系保全に対する強い要請と、限られたEEZにおける洋上風力発電の推進という両面がある。
東・東南アジアにおいては、中国、インドネシア、韓国が、法律を整備して海洋空間計画に取り組んでいる。同地域で海洋空間計画を推進する国際機関としては、東アジア海域環境管理パートナーシップ(PEMSEA)および、ユネスコ政府間海洋学委員会西太平洋地域小委員会(以下、WESTPAC)が挙げられる。特に、WESTPACに関しては、海洋空間計画を促進する取り組みが、「国連海洋科学の10年」のアクション・プログラムとして承認された。2023年11月に、筆者も日本代表として参加したWESTPACと中国第一海洋研究所の共催による専門家会合では、同プログラムの活動計画が議論され、海洋空間計画に取り組むデモンストレーション・サイトを複数国に設定し、技術支援や課題の共有等を進めていく方向である。
ボードゲームを使ったロールプレイにより海洋空間計画を模擬体験する学生たち

ボードゲームを使ったロールプレイにより海洋空間計画を模擬体験する学生たち

洋上風力発電およびBBNJ協定との関係
海洋空間計画の必要性を、利用と保全の各側面からみてみよう。利用について、EUで海洋空間計画が進展した背景の一つとして洋上風力発電を指摘したが、日本でも洋上風力発電は推進されている。日本では、海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(以下、再エネ海域利用法)に基づき、利害関係者が参画する協議会を設置し、指定された海域に関するあらゆる情報を重ね合わせ、どこに風車を設置するか検討している。この取り組みは、領海内の限られた海域を対象としているが、ゾーニングを行う海洋空間計画そのものといえる。逆に、現時点で洋上風力発電の計画がない地域でも事前に海洋空間計画に取り組み、成果物であるゾーニング図を持っていれば、洋上風力発電など新規利用に対する公正かつ効率的な対応が可能となる。
一方、保全についていえば、日本は生物多様性保全条約(CBD)で掲げられた「2020年までに沿岸域および海域の10%を保護区等で保全する」という愛知目標を達成するため、EEZ内に沖合海底自然環境保全地域を指定した実績を持つ。これは、EEZ全体をカバーするものではないが、国が主導した海洋保護を主目的とした海洋空間計画として評価できる。また、2030年までに海域の30%を保護区等で保全するという国際目標を達成するため、日本はさらに保護区等を指定する必要がある。
さらに、BBNJ協定(国家管轄権外区域の生物多様性の保全と持続可能な利用に関する国連海洋法条約の下での協定)が発効すれば、国家管轄権外区域にも保護区等を設定できるようになる。例えば、日本のEEZと接する公海上に、ある生物を保護する目的で保護区が提案されたとしよう。提案された公海の保護区に接する日本のEEZ内の海域は、日本の海洋空間計画ではどのようなゾーニングなのか、参照されることが予想される。もし、保護を目的とする公海のすぐ隣の日本のEEZ内の海域が、海底資源開発のゾーニングになっていたら、整合性がとれず、協議が必要になるかもしれない。つまり、EEZをカバーするゾーニング図を作成しておくことが、公海を含めた世界の海洋全体に関する利用や保全を国際社会で議論していく際の、国としての基盤となる。EEZをカバーするゾーニング図を有する他国と、日本が国際社会で対等な立場で議論に臨むためには、EEZをカバーする海洋空間計画に取り組む必要がある。
日本が国際社会で目指すべき方向性
日本は、領海内での洋上風力発電設備の設置海域の特定や、EEZ内での沖合海底自然環境保全地域の指定という、海洋空間計画の実績を持つ。再エネ海域利用法に基づく丁寧な協議の手続きや仕組みは、海洋空間計画に取り組む他国の参考にもなる。また、海洋空間計画に不可欠な海洋情報について、日本の省庁横断的な海洋データの管理・公開の取り組み「海しる」※4は、国際的にも高く評価できる。日本はこれらの取り組みやそれにより得られた課題を、海洋空間計画の実績として世界に発信していくべきである。あわせて、日本もまずは領海内の必要に応じた海域で海洋空間計画に取り組み、その先に領海全体、そしてEEZ全体をカバーする海洋空間計画に取り組んでいくことが望まれる。(了)
※1 脇田和美, 2024. 日本海洋政策学会誌13: 82-99.
※2 例えばドイツのEEZのゾーニング図はこちらから閲覧できる https://www.bsh.de/EN/TOPICS/Offshore/Maritime_spatial_planning/maritime_spatial_planning_node.html#:~:text=The%20vision%20of%20the%20Maritime,BSH%20is%20implementing%20this%20requirement.
※3 Ehler, C.N, 2021. Marine Policy 132: 104134.
※4 海しるウェブサイト https://www.msil.go.jp/msil/htm/topwindow.html

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