Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第577号(2024.08.20発行)

ブルーカーボンによる社会変革

KEYWORDS アマモ場再生/市民参画/社会変革
NPO法人海辺つくり研究会理事長◆古川恵太

さまざまな海洋・沿岸域の危機が迫る中、「ブルーカーボン」生態系の保全・再生は、地球温暖化の緩和・適応策として、またネイチャーポジティブを実現するための取り組みとしても注目されている。
2023年11月に、国際ワークショップが開催され、研究の最前線と、活動の現状、そして未来に向けたメッセージが共有された。
ブルーカーボン生態系としてのアマモ場の再生
ブルーカーボンとは、海洋の生態系に取り込まれた炭素を示し、2009年の国連環境計画(UNEP)の報告書で命名された。そうした機能を持つ生態系としては、マングローブ林や海草場、藻場、干潟などがある。特に、アマモ(甘藻:Zostera marina)は、温帯から寒帯の浅い海に生える沈水性の植物であり、それが繁茂するアマモ場は海のゆりかごと呼ばれ、魚介の産卵場、稚魚の生育場としても貴重な場である。
日本では市民によるアマモ場再生が2000年代から拡大し1、2005年には第1回の国際ワークショップが横浜で開催された。これを契機に、日本における海辺の自然再生・保全活動の機運が高まり、2008年以後、国内で再生活動をしている人々のネットワークづくり、情報共有のために、全国アマモサミットが2023年まで毎年開催されてきた。
2023年11月には、そうした国内での活動の展開を総括し、世界的な研究の最新動向を学び、今度は日本から世界やアジア地域に向かって、今後の海辺の自然再生のあり方を発信することを目指し、東京の笹川平和財団国際会議場にて国際アマモ・ブルーカーボンワークショップ(Amamo2023)が開催された。このワークショップの全プログラムは、現在でも(公財)笹川平和財団の動画チャンネル(SPFチャンネル)で日本語・英語にて視聴可能である2
ブルーカーボン生態系─多様な価値を生み出す資産
1日目の基調講演において、キング・アブドラ科学技術大学のカルロス・デュアルテ特別教授は多様なブルーカーボン生態系のもつ価値(共益)を説明し、地球温暖化への対応とともに、生物多様性の劣化を食い止めることをバランスよく実施する必要があること、ブルーカーボン生態系の価値を積極的に生み出す努力や海洋の自然資本(Blue Natural Capital)として投資するような社会変革が必要だと説いた。
基調講演者全員が参加したパネル討論では、具体のブルーカーボン生態系の保全・再生事業を進めるためには、より多くの人への啓発が必要であり、科学的根拠に基づく教育を行うこと、ブルーカーボンに関する情報を透明性高く開示すること、徹底的な調査研究を継続すること、最新の技術を駆使することなどが大切であると強調された。ブルーカーボン生態系の保全・再生、価値の創出は次の世代への責任としてのコミットメントであり、若者たちのエンパワメントが求められている。
ブルーカーボン生態系の保全・再生の最前線
2日目には、各国におけるブルーカーボン生態系の現状と研究活動に関する4つの基調講演があり、日本のブルーカーボン生態系の現状と炭素貯留量の推定結果、ブルーカーボン生態系の理解・回復の評価手法としての環境DNAの技術の適用と協働体制、マングローブ林の保全・再生事業における多様な関係者を含む社会ネットワーク、植物プランクトンや海草の地球温暖化への適応事例などが紹介・共有された。
それに続く3つのセッションでは、1)漁業者、行政、企業、市民の多様な取り組み、2)若者の関わり、3)科学コミュニケーションの視点から現場の実践事例が発表された。
セッション1では、日本の漁業者の先駆的取り組みや海を自ら守っていこうという意気込みが語られた。また、市民活動や行政が主導する官民連携のアマモ場再生、企業の参画事例を通して、アマモ場再生活動と関係する人々の「ゆるやかな連携」の実践や企業の社会貢献活動にかける思いなどが紹介された。
セッション2では、阪南市立西鳥取小学校がスライドや劇で「はんなんのうみ」を発表した。全国アマモサミットの一部として開催されてきた「海辺の自然再生高校生サミット」から選抜された4校は、アマモの種を用いた醤油醸造への挑戦、地域の環境に合ったアマモの再生方法の開発、地元漁師からの依頼に答えるアマモ場の再生、「海は、みんなのもん」の実践を発表した。
セッション3では、科学コミュニケーションの研究成果や、水中映像で見る海のすばらしさ・可能性の啓発、大学生の活動ネットワークの構築、小学生自ら考えたブルーカーボンの啓発活動、科学コミュニケーターの役割などが発表された。
こうしたセッションを通して、活動する人たちの覚悟や社会的仕組みの整備、若者や子どもたちが自らできることを見つけ試行錯誤しながら取り組む様子、コミュニケーションツールとしての映像や絵本などの可能性、若い世代の海への興味の持ち方、情報の伝え方の工夫の大切さが確認された。
1日目、2日目の発表の様子

1日目、2日目の発表の様子(左上から時計回りに:基調講演をするカルロス・デュアルテ特別教授、セッション1での漁業者の決意表明、セッション2の阪南市立西鳥取小学校の発表、セッション3のパネル討論

集合写真

集合写真。左上:3日目の参加型ワークショププログラムの様子、右上:メリーランド大とWWFが作成した環境の管理への参画を疑似体験するロールプレイング・ゲーム(Get the Grade)を行った。

市民参加型の社会変革に向けて
最終日には、戦略的国際科学技術協力推進事業(ベルモントフォーラム)の国際共同研究であるCOAST Cardプロジェクト3のメンバーを中心にグリーンカーボン(陸域)生態系とブルーカーボン(海域)生態系を総体として認識する考え方や、包摂的社会の構築のための啓発−協働−共創へと発展する関係者の参画形態とそのファシリテーション、米国、フィリピン、ノルウェー、日本での実践について学習するとともに、環境の管理への参画を疑似体験するロールプレイング・ゲームの体験をした。
この3日間の成果は『Amamo2023宣言』としてまとめられている※4。私たちは、この3日間で「ブルーカーボン」についてさまざまな角度から考え、それがわれわれの社会の持続性に深くかかわっていることを実感するとともに、多くの市民、漁業者、若者、子どもたちが自ら取り組んでいる様子を知り、そのメッセージと覚悟を理解し、その保全・再生に向けた行動を起こすための誓いを立てることができた。
特に、小学校3年生の瀬之上綾音さんが、ブルーカーボンを知ったときの難しさと、それを同世代に届けることの大切さを実感し、インフォグラフィックスや絵本作りに挑戦してきたことを発表した際に「子どもたちを情報から取り残さないで」と訴えた言葉は、参加者の胸に深く刻まれた。(了)
※1 林しん治著「アマモ場の再生により、豊かな東京湾の復活をめざして」本誌120号(2005.08.05発行)参照 https://www.spf.org/opri/newsletter/120_3.html
※2 AMOMO2023 映像アーカイブス 
https://amamo2023.com/?page_id=2293
※3 持続可能な社会の実現と社会変革のための沿岸海洋の評価 (COAST Card)プロジェクト 
https://coastcard.jp/
※4 開催報告とAmamo2023宣言 
https://amamo2023.com/?page_id=2346

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