Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第570号(2024.05.07発行)

地震予知研究の最前線

KEYWORDS 電離圏/臨界現象/データサイエンス
東海大学客員教授、静岡県立大学客員教授、(一社)日本地震予知学会会長◆長尾年恭

これまで巨大地震に確実に先行する異常現象(いわゆる前兆現象)は存在しないと考えられていたが、東日本大震災をきっかけに、マグニチュード8クラスの地震発生直前に普遍的に発現していた変化が確認された。
それは電離圏電子密度の上昇という現象であった。
能登半島地震の衝撃
元日に発生した能登半島地震のマグニチュード(M)は7.6と報告されたが、実際の破壊のエネルギーを反映するモーメントマグニチュード(Mw)というスケールでは、Mw7.5と計測された。これは従来史上最大と言われていた1891年の濃尾地震と同じ大きさとなり、まさに史上最大の内陸活断層型の地震であった。このことが半島北側での4mといった海岸の大きな隆起にもつながった。この隆起は能登半島北岸での漁業や海運の再開に大きな壁となって立ちはだかっている。
能登半島には将来M7程度の地震を発生させうる活断層の未破壊領域が存在していた。そのような状況のもと、2020年12月から能登半島先端の珠洲市を中心に群発地震活動が開始した。この群発地震で特徴的だったのは、顕著な地盤の隆起が観測されたことであった。これは地殻になんらかの「流体」が貫入した結果であることが地下の電気伝導度観測から推定された。
元日の地震は、本来はM7程度で破壊が止まるはずであったものが、群発地震活動をもたらした「流体」が震源断層へ一部浸潤し滑りやすくなっていたため、結果としてMw7.5にまで成長したのであろう。
地震予知研究の最新の動向
東日本大震災後、内閣府は東海地震を含めた地震の予測可能性を評価する委員会を発足し、筆者も委員として参加した。結論は「確度の高い予測は困難」というものであった。「確度の高い」とは、研究者が発表を行って、住民が逃げる気になる精度での予測と考えていただきたい。この結論がメディアでは「地震予知は不可能」という見出しで報じられた。地震学界は、東日本大震災発生前は、短期・直前予知は困難であるが、場所と大きさについては、予測可能という立場であった。この主張が根底から崩れたのが東日本大震災であり地震学者は自信喪失に陥った。
1995年の阪神淡路大震災を契機として、高密度の地震観測網が当時の科学技術庁により展開(Hi-net)され、さらにGPS観測網(GEONET)も整備された。いずれも全国に1,200点程度が配備され、微小地震観測の精度が格段に向上し、地殻変動観測もそれまでの三角測量や水準測量から100%衛星観測データを用いることになった。いわば地震や地殻変動観測がビッグデータのサイエンスとなったのである。
本稿では巨大地震直前に普遍的に発現していたことが判明した電離圏電子密度の異常に特化して報告したい。
東日本大震災直前に観測された電離圏の異常
GEONETは地殻変動だけでなく、副次的に電波伝搬経路の水蒸気量や電離圏中の全電子数の情報をもたらす。このうち電離圏電子密度の研究が、地震先行現象研究に大きな進展をもたらした。
これまで巨大地震に普遍的に先行する異常というのは存在しないというのが地震学界の定説であった。ところがGPS観測網が実用化されてから発生した全世界の18個のM8クラスの地震で、同じ現象(異常)が地震発生の数十分前から1時間ほど前に発現していたのである。この異常は巨大地震発生直前に震源地上空の電子数が相対的に増加するというもので、北海道大学の日置幸介教授(2011)によって論文として発表された。これは地震直前に震源地付近が正に帯電していたと考えることで合理的に説明される。
図1は東日本大震災発生の1時間前、20分前、1分前に東北地方上空で電子数がどのように変化したかの解析結果である。いずれもまだ揺れが発生していない段階であることに注目して頂きたい。
電離圏で電子が増加するという現象は、当然のことながら太陽活動の影響を強く受ける電離圏では頻繁に発生する。ちなみに太陽活動に起因する電子密度の変動は空間を移動するが、巨大地震直前の「異常」は震源地上空に固定されていることがわかってきた。この特徴を用いてリアルタイムに異常を識別するための研究が行われている。
地震直前における電離圏電子数の変化の原因については以下のような考えがある。地震の前に応力の高まりとともに地殻内に微小な割目(変形)や食い違いができる。その過程で過酸化架橋と呼ばれる格子欠陥が切断され、電子の空隙(正孔と呼ばれる)が残り、それを補うために電子が次々に移動するとともに正孔は逆向きに移動する。この過程が繰り返され、正孔は地表に到達し蓄積する。蓄積した正孔は大気中に電場を生じさせる。この電場が地球磁場と相互作用して電離圏の電子が震源地上空に移動するというものである。
また観測された先行的な電子密度変化の大きさと発生する地震の大きさについて、図2のような関係が存在することもわかってきた。異常の大きさにはマグニチュード依存性が存在していたのである。これが事実なら「地震は発生前に自分の大きさを知っているか?」という地震学界の長年の質問に回答を与えるのかもしれない。
■図1 東日本大震災の直前に観測された電離圏の異常(北海道大学・日置による)。最近の詳細な研究から、異常は主に陸域に発現している可能性が高いことが判明した。

■図1 東日本大震災の直前に観測された電離圏の異常(北海道大学・日置による)。最近の詳細な研究から、異常は主に陸域に発現している可能性が高いことが判明した。

■図2 モーメントマグニチュード(Mw)が7.3から9.2の18個の地震の地震前の全電子数の変化(相対的な変化量:%)とMwの関係。相対的な変化で示すのは、電離圏の電子数は昼と夜で大きく異なり、変化量は地震発生時刻のバックグラウンド電子数に依存するため。赤で示されたものがプレート間地震、青で示されたものがプレート内地震を示す。

■図2 モーメントマグニチュード(Mw)が7.3から9.2の18個の地震の地震前の全電子数の変化(相対的な変化量:%)とMwの関係。相対的な変化で示すのは、電離圏の電子数は昼と夜で大きく異なり、変化量は地震発生時刻のバックグラウンド電子数に依存するため。赤で示されたものがプレート間地震、青で示されたものがプレート内地震を示す。

「地震予知学」の提案
地震予知研究はいまや物理学者との共同作業といった様相を呈しており、岩石破壊実験でも、AIを用いて最終破壊が迫っているかが検出できるようになってきた。さらに深部低周波微動やスロースリップと言った現象も発見され、新しい段階に到達しつつあると考えている。
しかしながら、現在民間では複数の有料地震予知会社が存在し、その中には科学的根拠の全く無い会社も存在する。ところが週刊誌等が安易にその予測を礼賛することから、多くの顧客を獲得している。また科学的には根拠のある(地震と統計的有意性が示されている)現象を使っている会社もあるが、統計的に有意であるということと、「次の地震が予測できる」ということには当然のことながら大きな乖離があり、実際に発表している予測は偶然のレベルを超えるものではない。
このようなこともあり、本来地震の予知に真正面から取り組むべき地震学界が、その課題を避けるという傾向を生み出し、民間の偽情報があふれるという悲劇的な状況が生まれている。いまや地震学者のみならず、物理学者や情報発信、社会心理学といった分野の専門家を包括した、いわば「地震予知学」とも言える学問が必要なのではないだろうか。(了)

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