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オーシャンニューズレター

第570号(2024.05.07発行)

能登半島地震で生じた海岸隆起は想定できたか

KEYWORDS 能登半島地震/海成段丘/地震想定
(国研)産業技術総合研究所地質調査総合センター国内連携グループ長◆宍倉正展

2024年元日に起きた能登半島地震では最大約4mもの海岸隆起が生じ、漁港が機能不全に陥った。
能登半島では、過去から地震のたびに隆起をくり返していることが海成段丘という地形からわかる。
今後の地震の想定においては海成段丘に基づく隆起の規模の評価と対策が重要である。
地震で大きく隆起した海岸
2024年1月1日に能登地方を襲った地震は、最大震度7、マグニチュード7.6の非常に大きな規模であった。震源は海陸にまたがる長さ約150kmもの範囲で広がっていたため、いわゆる直下型地震の激しい揺れと同時に津波も発生し、広域で非常に多くの被害が生じた。この地震で亡くなられた方々の御冥福をお祈りするとともに、被災された方々にお見舞い申し上げる。
強い揺れや津波に加えて、この地震を特徴付けるのは海岸の隆起現象である。筆者は地震発生後すぐに現地で緊急調査を行い、輪島市門前町鹿磯地区で約4mもの隆起を確認した(図1)。国土地理院による空中写真や人工衛星データの解析では、能登半島北部沿岸のほぼ全域で隆起による海底の露出が確認されている。このため、ほとんどの漁港が干上がり、機能不全に陥った。震災からの早期の復興を目指す上では大きな痛手である。
■図1 約4m隆起した輪島市門前町鹿磯漁港の様子

■図1 約4m隆起した輪島市門前町鹿磯漁港の様子

地形に刻まれた海岸隆起の履歴
海岸の隆起現象は、陸に近い海域を震源とする地震でしばしば起こる。日本で明治時代に地震観測が始まって以来、最も大きな海岸隆起は1923年の大正関東地震で記録された。「関東大震災」として有名なこの地震では、房総半島南端などが約2m隆起している。今回の地震は実にその倍の隆起量を示しており、観測史上最大と言える。これほどの隆起は想定外の事象と思われるかもしれないが、実はさらに過去を遡ると、日本では大きい隆起が何度も起きている。その証拠となるのが海成段丘である(海岸段丘とも言う)。海成段丘とは、海岸沿いに分布する平坦な面と崖が組み合わさった階段状の地形で、もともとは海面付近で波の侵食で作られる平らな岩礁の地形が、地盤の隆起で干上がることで形成される。
典型的な海成段丘が見られるのが房総半島南部である(図2上の写真)。先に紹介した大正関東地震より前、1703年の元禄関東地震でできた海成段丘の高さは、最大約6mもの隆起量を示している。さらに高いところにも同様の海成段丘が何段もあり、それらを調べれば過去の隆起と地震発生の履歴を復元できる。そしてこのような過去の情報を用いれば、将来起こり得る地震を想定することも可能である。政府機関である地震調査研究推進本部では、実際に房総半島の海成段丘に基づいて関東地震の長期評価(将来の発生確率など)を行っている。
では能登半島はどうだろうか? 筆者は今回の地震の17年前から半島北部の海岸で地形を詳しく調べていた。調査の結果、過去6千年以内に形成されたと推定される海成段丘が、半島東端から西端まで少なくとも3段分布していることがわかった(図2左下の写真)。つまり過去に沿岸一帯が大きく隆起する地震が、数千年以内の間隔で少なくとも3回は起きていたのである。筆者はこの結果を論文にまとめ、2020年に発表した※。
ちょうど論文を公表した頃、能登半島では群発地震活動が始まり、将来の大地震発生が懸念されるようになった。そして2023年5月5日には最大震度6強を記録するマグニチュード6.5の地震が発生する。筆者はすぐに現地に行き、海岸の隆起を確認したが、最大でも20数cmで、海成段丘は形成されなかった。そこで今後さらに規模の大きい地震で大きく隆起する可能性があると考え、新たな論文の執筆を開始した。同じ頃、地震調査研究推進本部でも能登半島を含む日本海南東部の海域活断層の評価が議論され始めていた。その矢先、懸念は現実のものとなってしまった。
■図2 房総半島と能登半島の海成段丘。左下の写真は宍倉ほか(2020;活断層研究第53号)を一部改変。

■図2 房総半島と能登半島の海成段丘。左下の写真は宍倉ほか(2020;活断層研究第53号)を一部改変。

地震でできた大地の上で暮らす
地震後に筆者が現地で見た光景は、今まさに海成段丘が生まれた様子だった(図2右下の写真)。これまでの調査で想定はしていたものの、数千年に1回の事象がこのタイミングで起きてしまったことに驚きを隠せなかった。残念ながらこのような低頻度事象の正確な発生時期の予測は非常に難しい。しかし、隆起の規模と範囲が想定通りだったことは、改めて海成段丘の情報が事前の対策を考える上で有効であることを示している。
日本列島で海成段丘が分布している地域は多い。とりわけ能登半島に近い佐渡島など日本海東縁の沿岸では各所で海成段丘が見られるが、これらが近年の地震でできた記録はない。これは将来、数百〜数千年に1度の規模の地震で大きく隆起するポテンシャルがあることを意味する。太平洋側でも房総半島のほか、南海トラフに面する御前崎、潮岬、室戸岬、足摺岬などにも海成段丘が分布しており、近い将来に巨大地震で隆起することは確実である。今回の地震を教訓に、海岸隆起を想定した港湾の地震対策も進めておく必要があるだろう。
一方で、海岸隆起で新たな土地が生まれた事実にも意識を向ける必要がある。そもそも能登半島は100万年以上にわたって地震のたびに少しずつ隆起してできた大地である。日本列島で海成段丘がある場所はいずれも元々は海だったわけであり、地震で生まれた大地の上で我々日本人は暮らしているのである。(了)
※ 宍倉正展、越後智雄、行谷佑一著「能登半島北部沿岸の低位段丘および離水生物遺骸群集の高度分布からみた海域活断層の活動性」活断層研究(53)2020年

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