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オーシャンニューズレター

第569号(2024.04.22発行)

地球温暖化による日本海の深層循環弱化とその影響

KEYWORDS 日本海/深層循環/温暖化影響
(国研)国立環境研究所地球システム領域室長◆荒巻能史

日本海には外洋の海洋大循環に似た独自の深層循環が存在し、これが豊富な水産資源の要因の一つとも言われている。
近年、この深層循環が地球温暖化の影響により停滞している可能性が指摘されている。
(国研)国立環境研究所と九州大学応用力学研究所の研究グループは、深層海水の循環速度を実測することによって、1990年代に比べて現在では30%以上も流速が遅くなっていることを突き止めた。
日本海が有する独自の深層循環
日本海の海洋構造は、上部300m程度までには対馬海流水とリマン海流水からなる表層水があり、それ以深には「日本海固有水」と呼ばれるほぼ均質の海水が広がっている。この日本海固有水も単一の水塊ではなく複数の水塊が重なり合ったものであることが分かっているが、特に深度2,000m以下の最も深い層には「日本海底層水」と呼ばれる、水温や塩分のほかさまざまな化学成分濃度がほぼ均一な水塊が存在する。この日本海底層水は、北西部日本海の表層水を出発点とした日本海独自の深層循環によって形成された水塊であることが明らかになっている。
海水の密度は水温と塩分により決定され、水温が低いほど、塩分が高いほど、密度は大きくなる。日本海の塩分は鉛直的に変動幅が非常に小さく、特に日本海固有水ではほぼ均一なのでわずかな水温変化が海水の密度に大きな影響を与える。冬季の北西部日本海では、アジア大陸から吹きつける冷たい季節風により、海面は結氷するほどまでに冷やされる。結果として、表層海水が下層の海水に比べて密度が大きくなり、下層へと沈み込む。つまり、表層水が冷やされれば冷やされるほど、より下層の海水と入れ替わる。このようにして、表層水が冬季に海底直上まで一気に沈み込んで深層海水の一部に加わることで、深層海水(日本海底層水)の循環、すなわち深層循環が駆動する。
日本海の深層循環像を図1に模式的に示した。日本海では、1980年代から日本の研究グループを中心として、海水の流れる方向とその速度を測定する装置(流向流速計)を深海に設置して、長期間にわたる深層流の連続観測を実施してきた。図1はその結果を取りまとめたものである。各海盆の斜面に沿った反時計回りの循環が表現されており、日本海内部で完結する循環である。一方、外洋には、北部北大西洋で表層水が沈み込み大西洋を南下して南極へ、その後、インド洋や太平洋の底層を巡り北部北太平洋表層に到達する、海洋大循環と呼ばれる時間スケールが千年を超えるような地球規模の海水循環系が知られている。日本海ではこれと同じ様式の循環を独自に有しているのである。この深層循環の時間スケールはどの程度なのか、日本海底層水が深層循環によってすべて入れ替わる時間、すなわち日本海底層水の平均滞留時間を算出する試みも盛んに行われてきた。放射性炭素などの化学トレーサーと呼ばれる微量成分の分析とモデル解析から見積もられたその値はいずれも100〜500年の範囲にあり、数百年のオーダーであると推定される。したがって、海洋大循環に比べると10分の1以下と極めて短い時間スケールの循環ということになる。
地球温暖化に伴う深層循環の弱化
このように、日本海はアジア大陸と日本列島に挟まれた小さな海だが、外洋で見られる海洋大循環によく似た独自の深層循環を持ち、表層には暖流(対馬海流)と寒流(リマン海流)が存在するなど外洋に特徴的なさまざまな海洋構造が凝縮された海域であることから「ミニチュア大洋」とも呼ばれる。ミニチュアであるがゆえに外的要因に対する感受性が高く、近年の地球温暖化による海洋応答もいち早く現れるものと推測される。本誌第427号※にて紹介したように、日本海では1960年代頃から現在に至るまで日本海固有水の水温が上昇して溶存酸素濃度が減少する傾向が継続している。これは、地球温暖化の影響で冬季の北西部表層の冷却が十分ではなくなり、循環の出発点である表層水の沈み込みが弱まっていることが原因だと考えられている。冬季に海底直上まで沈み込む表層水は、結氷するほどに冷やされている上に大気と接しているので酸素濃度も極めて豊富である。これが海面冷却の低下によって海底近くまで運ばれなくなれば、海底付近は昇温し酸素が減るという論理である。
表層水の沈み込みが弱まれば、日本海底層水の循環スピードがスローダウンすることは容易に想像できる。そこで、我々は日本海における深層循環研究の第一人者である九州大学応用力学研究所の千手智晴准教授の協力を得て、深海における海水の流れの速度を直接測定することで、その証明を試みた。千手准教授は北向きに強い流れのある青森県西方沖(図1の赤いハッチ)に着目した。この海域では1994〜1995年に測定例があり再度測定すれば何らかの変化を検出できる可能性があると考え、2016〜2017年の1年間にわたって流向流速計を同一地点のほぼ同一の深度に設置して流向流速を直接比較した(図2)。設置した深度にわずかな差異があるものの、図1の循環像が示すとおりに、流向は両期間ともに季節を問わず北向きが卓越していることが分かる。一方で、測定期間中の平均流速を求めると1994〜1995年が5.17cm/秒、2016〜2017年が3.29cm/秒となり、1990年代に比べて現在では流速が30%以上も遅くなっていることが分かった。この結果は、地球温暖化に伴う深層循環の弱化を直接観測から世界で初めて明らかにしたものであり、日本海では温暖化によって海洋の構造そのものに変化が生じている可能性を示唆している。現在、各期間の観測でそれぞれ使用した測器の違いや結果の再現性などのさまざまな検証を行うとともに、他の海域でも同様の調査を実施して、深層循環の弱化の定量的な把握を目指しているところである。
■図1 日本海における深層循環の模式図

■図1 日本海における深層循環の模式図

黒色矢印は観測によって得られた実測の流向流速を矢印の方向と長さで表現している。淡青色矢印は実測値から推測した深層循環の流れの向きを、矢印の太さは流れの速さを表現している。Senjyu (2020)からの引用。
■図2 青森西方沖の深度2,000m付近における海水の流れの向きと速度

■図2 青森西方沖の深度2,000m付近における海水の流れの向きと速度

青森西方沖(図1における赤いハッチの海域)の深層における海水の流れの向きと速度を、1994~1995年(上図)と2016〜2017年(下図)で比較した。流向流速計の設置深度は、それぞれ深度2,100mと深度1,960mである。スティック(黒線)の向きが流れの方向を示し、長さが速度を表す。Senjyu (2020)からの引用。
海洋環境への影響
海洋構造の変化は、取りも直さず海洋内部の環境の変化を引き起こすことは間違いない。我々の研究グループでは、生物生産や炭素循環の変化などの海洋生態系への影響の検出を目指して観測研究を継続しているが、現時点では目立った変化は現れていない。一方で、近年では表層水温の上昇の影響で海域ごとの魚種や漁獲量の変化などの情報を耳にする機会が増えてきた。こうした情報を我々のこれまでの知見と組み合わせて議論することで、例えば日本周辺における水産資源の種や量の変動予測など、気候変動に対する適応研究に発展、寄与できないかと準備を進めているところである。(了)
※ 「日本海底層の無酸素化の懸念─地球温暖化との関係」本誌第427号(2018.05.20)
https://www.spf.org/opri/newsletter/427_1.html

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