Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第569号(2024.04.22発行)

潮流で豊かな海を創造

KEYWORDS 人工魚礁/海中林/ブルーカーボン
香川大学創造工学部学部長、第16回海洋立国推進功労者表彰受賞◆末永慶寛

わが国の沿岸域における各種開発によって、生物生産性が高いとされている藻場や干潟の減少に伴う生物生息環境の悪化や資源生産力の低下が懸念されている。
生物資源生産力向上のために、さまざまな技術が海域に提供されており、施策の中で中心となる構造物が人工魚礁である。
本稿では、自然エネルギーである潮流を制御することを可能とし、かつ稚魚の保護・育成および藻場造成機能を有する人工魚礁と効果の事例を紹介する。
藻場を増やそう
近年、脱炭素社会を目指し、海域の海藻草類による炭素固定「ブルーカーボン」が注目されている。藻場は、「食料生産の場」、「産卵場や幼稚仔魚の保護・育成場」、「餌料供給の場」として認識されてきたが、それらの機能だけでなく、二酸化炭素を吸収・固定し、地球温暖化を抑制する場として期待されている。一方、わが国の沿岸海域では、これまで埋立て、海砂採取等の各種沿岸開発によって、藻場や干潟等の浅場が減少し、生物生息環境の悪化に伴う水産資源生産力や浄化機能の低下が深刻化している。
水産資源生産力向上のために、さまざまな技術が沿岸海域に提供されており、例えば、人工的に生産された魚介類の種苗を海域に放流し漁獲へ反映する施策が実施され、特に、キジハタを代表とする岩礁性魚種の種苗生産が盛んに行われており、地域ブランド化にも注力されている。しかし、稚魚放流後の歩留まりについては、大型魚による捕食、餌場や保護・育成場の乏しさ、受精卵の孵化率の低下等の理由から、わずかに1%以下という現状である。このような現状を打破し、海を再生するためにも、藻場の造成が喫緊の課題となっている。
水産資源生産力向上のための施策で中心となる構造物が人工魚礁であり、本稿では、自然エネルギーである潮流を制御し、かつ放流稚魚の保護・育成および藻場造成機能を有する人工魚礁と効果の一例を紹介する。
海藻にやさしい藻場造成構造物
藻場造成構造物は、基礎部・屋根部・突起部の3つの部材から成り、各部材が藻場造成・生物生産力向上に貢献しうる機能を持つ(図1)。構造物内には空間が存在し、この部分が稚魚の保護・育成スペースとなる。機能の詳細を以下に示す。
上部の多孔質構造は、海藻胞子の着生、海藻根の活着、小型餌料生物の着生を促進できる。屋根部の台形構造により大小の渦を発生させ、栄養塩の湧昇、小型餌料生物の増殖や、魚類の蝟集効果の向上を図り、流動制御と気孔径制御により既往技術で問題となる浮泥の堆積(目詰まり)を抑制できる。また、内部空間を構築し、大型魚の侵入を防ぎ、捕食圧の低減かつ稚魚に餌場と保護・育成場を同時に提供し、高い生存率を確保すると見込まれる。
加えて、着脱機能を有する増殖基質の装備により、着生した海藻、餌料生物の回収・分析が容易となり、さらに他の構造物に母藻を傷付けることなく移設でき、早期の藻場造成が可能である。これらは、産業副産物(スラグ)の材料特性を活かした高機能化と大量かつ有効利用を促進することにつながる。
■図1 藻場造成構造物の構成

■図1 藻場造成構造物の構成

屋根部(多孔質構造)、基礎部(コンクリート)、突起部(多孔質構造)
形状寸法:長さ2,000mm×幅1,732mm×高さ900mm、重量:1.876ton
エコな人工魚礁
実海域において構造物によって制御された流動場で、栄養塩が上層に運ばれ滞留することで、植物プランクトンの増殖促進、構造物への浮泥の堆積が抑制され、食物連鎖の活性化や海藻の着生が期待される。
本構造物の流動制御機能について、水理実験により検証した。構造物模型を水路内に設置し、設置予定海域の海象条件に合うように流速、水深を設定し、流速計測と染料投入法により構造物周辺の流動状況の可視化および影響範囲を視覚的かつ定量的に確認した。実験の結果、構造物模型上方に水面付近まで湧昇流が発生し、模型の高さの10倍程度後方まで渦が広がった。実海域換算では影響範囲が9m程度広がると推察された。また、染料が横方向にも拡散されていること、突起部付近にも微小な渦が発生していることが確認できた(図2)。これにより、実海域では海藻胞子や稚魚の餌となる小型餌料生物の着生が期待できる。
■図2 構造物の突起部付近に発生した渦

■図2 構造物の突起部付近に発生した渦

ブルーカーボンへの貢献
2010年度より、本構造物を香川県高松市地先海域に56基沈設した。同海域には近接して投石礁、コンクリート製の既存藻礁も設置されている。沈設後6ケ月で構造物に海藻が着生し始め、優れた海藻着生機能を発揮していることが示唆された。同時に稚魚の蝟集も増加し、海藻の繁茂に伴う好適な環境を提供していることが検証された。海藻着生量は、春季に着生量が最大となり、夏季に流れ藻となり減少し、秋季に種が付着して発芽し、春季に向けて増大する傾向にあり、タマハハキモク、シダモク、アカモク、ワカメ等の有用藻類が確認されている(図3)。比較対象とした流動制御機能の無い多孔質構造物には、浮泥が堆積し、着生基盤としては機能していないことも検証した。海藻の着生に伴う本構造物1基当たりの炭素固定量は、13.35(kg-C/年)と算定され、二酸化炭素固定量に換算すると48.95kg-CO2/年となる。これは年間約19.80㎡の森林に相当する量となり、構造物56基では、2,741.20kg-CO2/年となる。
以上より、本構造物の年間単位面積当たりの炭素固定量は4.05(kg-C/㎡)となり、既存藻礁と投石礁に比べて、単位面積当たりの炭素固定量が3.7~4.2倍程度大きく、炭素固定機能の既存技術に対する優位性が確認された。
■図3 構造物に繁茂した海藻類(2023年4月撮影)

■図3 構造物に繁茂した海藻類(2023年4月撮影)

豊かな海の再生へ向けて
紹介した流動制御機能と着脱機能を有する藻場造成構造物は、2010年度設置から2023年度までに全てが海藻に覆われ、まさに「海の森」を実現している。それに伴う稚魚の保護・育成機能の持続、成魚の帰巣量の増加、アワビ、ナマコ、タコ等の蝟集効果も発現しており、全国的にも希な成功例となっている。今後は、産学官連携による藻場造成後の各種機能の定量的評価や日常と非日常を使い分ける技術として、防災機能を併せ持つ新規構造物の開発にも取り組んで行く。
最後に一句、瀬戸内海とかけて携帯電話と解く、その心は「どちらもモバイル(藻場要る!)」(了)
●研究の一部は、JST共創の場形成支援プログラムJPMJPF2306の支援を受けたものである。

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