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オーシャンニューズレター

第569号(2024.04.22発行)

海洋における共同開発を巡る国際法制度と日本への示唆

KEYWORDS 日韓大陸棚南部協定/海底資源/係争水域
崇城大学総合教育センター准教授◆竹内明里

本稿では、係争水域において、境界画定を棚上げして資源の共同開発を行う大陸棚の二国間共同開発合意について、紛争予防と資源開発という意義、共同開発水域の設定や資源管理方式の傾向や課題、実績などにつき日韓大陸棚南部協定を中心に紹介する。
また、日韓大陸棚南部協定は2028年に期限の到来を予定しているため、今後、日本政府が取り得る選択肢(合意の終了または継続)について検討を行う。
大陸棚の共同開発制度─境界画定を棚上げしての資源開発合意
係争水域において境界画定合意の到達が困難な場合に、資源開発を行いつつ紛争を鎮静化させる手段として大陸棚の共同開発合意がある。これは境界画定を棚上げしたうえで、係争水域にある石油や天然ガスにつき当事国が共同で開発を図るものである。共同開発合意は北海大陸棚事件(1969)判決の中で提唱された後、「日本国と大韓民国との間の両国に隣接する大陸棚の南部の共同開発に関する協定」(以下、日韓大陸棚南部協定)(1974)を皮切りにタイ=マレーシア間(1979)、豪州=東ティモール間(2002)、日中間(2008)等で締結され、一定の成果をあげている。本稿では、日韓大陸棚南部協定を中心に、大陸棚の二国間共同開発合意を紹介したい。
日韓大陸棚南部協定における共同開発制度
これまでに10以上の共同開発合意が、資源豊かな海域を中心として締結されている。日韓大陸棚南部協定も、東シナ海において天然ガス鉱床を求めて日本・韓国・中国・台湾が管轄権主張を行う中で締結されたものである。同時期に開催されていた第三次海洋法会議においては、海洋法条約に採用すべき境界画定基準について等距離中間線派と衡平原則派(自然延長論)が対立していたが、同じような構図として日韓交渉においても日本側は中間線を、韓国側は海底地形の自然延長による境界画定を強く主張し譲らなかった。このため、両国は日韓大陸棚南部協定を締結し、主張が重複する水域の境界画定を50年間棚上げしたうえで資源の共同開発を図ることとなった(1978年発効)。共同開発合意では、多くの場合に各当事国が主張する境界線を共同開発水域の外縁としている。日韓大陸棚南部協定でも、中間線(日本主張)と自然延長(韓国主張)を共同開発水域の外縁として採用した。
ただし、単純に各国の主張する境界線を共同開発水域の外縁とすることには大きなリスクもある。当事国にとって「共同開発水域」とは、本来は自国管轄下であるべき水域や資源をわざと相手国と共有することと捉えることができる。このため、相手国主張の境界線があまりに受け入れがたい場合には、自国内で不満が高まり、かえって二国間関係を悪化させることにつながるのである。実際、豪州=東ティモール間合意では、豪州主張(自然延長論)により導入された共同石油開発水域(JPDA)外縁に対する東ティモール側(等距離中間線主張)の不満が大きく、最終的には調停を経て恒久的な境界画定が行われ、JDPAは廃止されることとなった※。
共同開発合意における資源開発方式は、大きく①二国間で設立した国際機関による一元管理方式、②開発は両国企業の合弁体が行い、各企業に対する管理は開発権を付与した国が行う強制合弁方式に分けることができる。
前者は、当事国から半ば独立し、その介入を排除して開発管理を行えるため投資を呼び込みやすい。実際にタイ=マレーシア間合意は大きな商業的成果を挙げている。しかし、二国間機関設置には国内法調整等の作業が必要となり、開発を開始する障壁となりうる。
後者は、各国が自国企業を直接管理するため、複雑な国内法調整作業を行う必要がない。また、一方の国や企業のみが開発を行うものではないため、両国の立場を対等なものに保つことができる。日韓大陸棚南部協定は本方式を採用し、費用と収益は等分とした。ただし、本方式では一方当事国が開発を望んでも他方当事国が望まない場合には合弁が成立せず開発が始まらないリスクもあり、韓国の研究者からは近年、同協定下の開発活動が行われない一因とも指摘されている。
共同開発合意は、前述のタイ=マレーシア間合意のように大きな商業的成果を挙げているものもあるが、期待された商業的開発や二国間関係の改善に至らない合意も存在する。例えば日中間合意は中国側による一方的開発を阻止できていない状況である。共同開発合意は一定の有用性はあるものの、海洋紛争を確実に解決するものではないと言える。
日韓大陸棚南部協定では2000年代前半までは資源探査が行われていたものの有望な鉱床が発見されず商業開発には至っていない。しかし、同協定を「失敗」と評することは早計に思われる。本合意は半世紀近く、大陸棚の境界を巡る日韓間紛争を抑止しており、紛争予防機能を十分に果たしているのである。
地図 日韓共同開発水域
日韓大陸棚南部協定の今後
以上、日韓大陸棚南部協定を中心に、係争水域における大陸棚の共同開発合意について概観してきたが、最後に、同協定の今後について検討したい。
同協定は有効期間を発効(1978)から50年間としており、当事国は期限到来(またその後いつでも)の3年前までに相手国に予告することにより、本協定を終了することができる。今後、日本は当事国として本協定の継続・終了の判断を迫られることとなるが、とりうる選択肢としては、以下のようなものが考えられる。
・選択肢①協定終了:海洋法条約体制下の国際判例では、等距離中間線を基礎とする境界画定が主流となっている。従来、日本は自然延長論を過去のものとし、等距離中間線による境界画定が妥当であるとの立場をとっている(「東シナ海における資源開発に関する我が国の法的立場」)。本合意を終了させることは、日本にとってはこうした主張を強化することができると思われる。
・選択肢②協定継続:協定終了の場合、日韓間で新たに大陸棚境界画定紛争が発生する可能性がある。そこで紛争予防という面から合意を継続させるという選択肢も十分にあり得る。ただし、その場合には、開発方式や共同開発水域の外縁等の再検討、特に同海域に管轄権を主張する中国との調整なども必要になるであろう。
なお、協定の終了と境界画定、協定継続の場合の制度の再構築に際して、両国間の見解の相違が交渉により解決できない場合には、裁判等の司法的手続や、調停等の非裁判手続の利用が有用であるかもしれない。特に、非裁判手続は、裁判では扱わない法以外の要素(資源分布等)を考慮するなど、柔軟に当事国のニーズに対応して妥協点を引き出すことができる。日韓大陸棚南部協定の今後も、こうした措置により、何らかの活路を見出せる可能性もあるだろう。(了)
※ 加藤 望「ティモール海におけるエネルギー資源について」本誌第558号(2023.11.05)
https://www.spf.org/opri/newsletter/558_2.html
●本研究はJSPS科研費JP12345678の助成を受けたものです。

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