Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第427号(2018.05.20発行)

日本海底層の無酸素化の懸念 ─ 地球温暖化との関係

[KEYWORDS]溶存酸素/底層水形成/温暖化影響
(国研)国立環境研究所地球環境研究センター主任研究員◆荒巻能史

日本海は閉鎖性の強い海域であるが、その深海には豊富な酸素を含んでいる。
これは日本海が持つ独自の海水循環システムに起因する。
ところが、その深海の酸素が最近50年間にわたって減り続けている。
本稿では、日本海底層水における溶存酸素の減少傾向と地球温暖化との関係について述べる。

日本海の海洋構造

日本海は最大水深3,700m超の太平洋の縁辺海だが、外海とつながる4つの海峡が200mにも満たないほど浅いために、底の深いバケツに水を満たしたかのような海ということになる。表層では、南端の対馬海峡から流入する対馬海流が北上して大部分が津軽と宗谷海峡から太平洋やオホーツク海へと流出、一部が北端の間宮海峡から入ってきたアムール川の淡水と混ざってリマン海流を形成して北部域を循環しており、北緯40度付近には両者が接する亜寒帯前線が存在する。太平洋でいうところの黒潮と親潮の関係である。
一方、これら表層海流によってフタをされた形で、水深およそ200mから海底直上には日本海固有水と呼ばれる非常に均質な海水が存在している。その名の通り、この海水は周辺海域には見られない日本海固有の水塊で、日本海全体の80%以上を占める。最近の詳細な観測から、同水塊は単一の水塊ではなく、水深1,000m付近までの「上部固有水」、水深2,000m付近までの「深層水」、さらには2,000m以深の「底層水」に分類できることが分かっている(図1)。
最も深いところに存在する底層水は、北西部の海面が冬季の冷たい季節風によって結氷するくらいまでに冷やされ、密度を増大させた表層水が海底付近まで沈み込むことで形成するものと考えられている。この形成過程は、北極周辺の北部北大西洋で深海に沈み込んだ表層海水が南極を経由してインド洋や太平洋の深海を巡る海洋大循環と同じである。このように、日本海は小さいながらも外洋で見られるさまざまな海洋現象が存在していることから「ミニチュア・オーシャン」と呼ばれている。

■図1 日本海の海洋構造(模式図)

日本海底層の酸素減少と地球温暖化との関係

日本海の底層水は、同緯度・同水深の太平洋水と比べても非常に豊富な酸素を含んでいる。これは、上述した日本海独自の底層水形成によって、酸素を豊富に含む表層水が日本海固有水よりも高い密度となって海底付近まで沈み込むことに起因する。つまり、底層水形成が日本海の豊富な水産資源を支えている一因とも言える。
この底層水に含まれる酸素(溶存酸素)濃度が、今、減り続けている。その時系列変化を図2に示す。北海道西方沖および能登半島沖ともに、少なくとも1960年代頃から現在に至るまで減少傾向にあることが分かる。歴史的資料や各国研究機関の公開データを精査した私たちの研究によると、ロシア沿海地方沖や朝鮮半島沖でも同様の傾向があり、底層水における溶存酸素濃度の減少速度はグラフの直線回帰からおよそ0.8µmol/kg/年と計算される。冬季の日本海では底層水形成によって深海に酸素が供給されるが、同時に有機物の分解によって酸素は絶えず消費されている。つまり、この減少傾向は深海における酸素の消費量が供給量を上回る状況が続いていることを意味している。
もしこれを酸素消費が増加したことで説明するならば、海水中の有機物量も増加したことになる。しかしながら、少なくとも1960年代以降とそれ以前で表層のクロロフィル濃度に大きな変動は見られないため、有機物量が急激に増加したと考えるには無理があるだろう。図2中に示した実線は、日本海北西部沿岸に位置するウラジオストク市の冬季(12月〜2月)の最低気温が-20℃を下回った日数の積算値を示している。点線は積算日数が25日を越えた年(これを厳冬年とする)を示しており、1950年以前は数年に1度の頻度だったものが1960年代以降はわずか3回に留まっている。つまり、深海の酸素減少傾向は1960年代以降の北西部海域における冬季の海面冷却の低下に伴う深海への酸素供給量の減少が原因であることが推測される。地球温暖化の影響で底層水形成が抑制され、その結果として酸素が減り続けているのである。
図2によると、厳冬年の数年後には必ず底層水の溶存酸素濃度が増加に転じる年がある(例えば、1969年の厳冬年に対応して1974年頃に溶存酸素濃度が増大)。厳冬年に形成された新しい底層水が数年かけて日本海底層に広がっていることを示唆するものと思われる。そこで私たちは「底層水中の溶存酸素は厳冬時にのみ間欠的に新底層水形成によって供給され、数年程度遅れて底層全体へと広がる。新たな酸素供給が無い期間は有機物の分解によって溶存酸素は消費されるのみである」という仮説を立て、1977年と2010年に観測された放射性炭素の経年変化を利用して、この期間での底層水の平均滞留時間を約120年、1年当たりに底層水に供給される酸素濃度を約1.1µmol/kgと見積もった。図2から計算した1960年代以降の溶存酸素濃度の減少速度は0.8µmol/kg/年なので、底層水への酸素供給速度が1.1µmol/kg/年ならば、この間の酸素消費速度は1.9µmol/kg/年ということになる。今後の地球温暖化の更なる進行に伴って、もし底層水形成が完全に停止した場合には、底層への酸素供給がゼロになるので毎年1.9µmol/kgずつ底層水中の溶存酸素濃度が減少することになる。2017年現在の底層水における平均的な溶存酸素濃度は195〜200µmol/kgなので、100年後には日本海の深海が無酸素化する計算である。

■図2 日本海底層水の溶存酸素濃度の時間変動
「〇」と「●」のプロットは日本海底層水中の溶存酸素濃度(µmol/kg、単位は左軸)、実線は毎年12月〜2月の間にロシア・ウラジオストク市の最低気温が-20°Cを下回った日数の各年積算値(日、単位は右軸)を示す。また、破線および表上部の▽印は厳冬年を示す[Kumamoto et al., 2008を一部改変]。

日本海が教えてくれること

はじめに日本海はミニチュア・オーシャンだと述べた。海洋大循環がおよそ2000年のタイムスケールであるのに対して、日本海のそれはおよそ100年である。したがって、日本海をつぶさにモニタリングすることで、将来的に地球規模で起こる海洋環境の変化を、DVDの倍速再生のように観察できる可能性がある。これを証明するように、日本海では地球温暖化に伴って冬季の底層水形成という循環システムそのものが変化を始めていることが分かった。私たちは、現在、この変化によって引き起こされる海洋内部の物質循環の変化に焦点を当て、生物生産や炭素循環の変化などの海洋生態系への影響の検出を目指している(環境省・環境研究総合推進費2-1604)。ここで得られる研究成果が地球温暖化による全海洋への影響やその将来像の理解へとつながることを期待している。(了)

  1. 環境省・環境研究総合推進費A-1002終了報告書 http://www.env.go.jp/policy/kenkyu/suishin/kadai/syuryo_report/pdf/A-1002.pdf

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