Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第427号(2018.05.20発行)

海にもいる薬剤耐性菌 : 彼らはどこから来て、どこへ行くのか?

[KEYWORDS]薬剤耐性菌/排水/海洋環境
愛媛大学沿岸環境科学研究センター教授◆鈴木 聡

海洋でも薬剤耐性遺伝子が検出される。
それらは、人獣臨床から流入したものや、養殖場に残存するものである。
また、海洋独特の耐性遺伝子の存在も疑われる知見が出て来た。
海洋は耐性遺伝子の巨大な保管庫になっている。
はたして、そのリスクはどの程度か?まだナゾは多い。

薬剤耐性菌問題と海洋

近年の薬剤耐性菌の脅威は、世界を揺るがすほどに大きな問題となっている。2015年のエルマウG7サミットでは、首脳宣言に、G7諸国が協調して耐性菌対策に取り組む方針が盛り込まれた。さらに、WHOは、「すべての国が、世界行動計画の採択から2年以内に、各国の国家行動計画を策定し、行動すること」を決議し、「ワンヘルスアプローチ」での、人・動物・環境の分野横断研究へアクセルを踏みこんだ。
薬剤耐性菌は、日本では院内感染で問題視されるが、人の医療の2倍以上も抗菌薬を使う畜産現場も耐性菌発生のホットスポットである。抗菌薬と薬剤耐性菌は、人獣医療現場から、下水処理場を経る過程で、ある程度は分解されるものの、多くは自然水圏へ放出される。実際に、河川は言うに及ばず、海洋ですら残留抗菌薬とともに、細菌を耐性化させる遺伝子(薬剤耐性遺伝子)が少なからず検出される。日本では、2010年に、水圏環境に広く常在するアシネトバクター菌による日和見感染によって、大学病院で9人が亡くなった例もある。水圏環境の細菌が人間の環境へ侵入して問題を起こす事例である。河川や海洋などの世界中の広い水圏に、さまざまな耐性遺伝子がすでにはびこっている実態を、米国の研究者や筆者らが解明しつつある。

海洋の微生物生態系

海洋の生態系には、植物プランクトンから魚に至る、「食う食われる」の捕食食物連鎖(図1の上半分)があり、これは高校までに習う生物学の基礎である。実は、生態系には、捕食食物連鎖に加えて、細菌類が主役となる、マイクロビアルループと言う微生物食物連鎖系がある(図1の下半分)。生物の屍骸や排泄物は、細菌に分解されて超微細な溶存態有機物になり、それを細菌が再利用するところから微生物食物連鎖は始まる。細菌は次に原生生物の餌となって、捕食・消化される(図2)。
海洋細菌は、どんな清浄な海水中でも1 mL中に100万細胞くらいは棲息する。海洋細菌の大きさは0.2〜1マイクロメートルであり、原生生物は数10〜数100 マイクロメートルなので、細菌が原生生物に食われることで、有機物は徐々に大きな粒子に変換されることになる。さらに原生生物は小さなエビのたぐいや稚魚などの動物プランクトンに食べられ、ついには捕食食物連鎖に到達する。
日本には、昔から「水は三尺流れれば清水となる」という言葉がある。これは、河川や海で原生生物に食べられ捕食・消化・分解されることによる、有機物分解、水圏生態系の自浄作用を言い当てている。しかし、薬剤耐性遺伝子に関しては、そう簡単ではない。
われわれは、耐性遺伝子を持つ細菌を、原生生物に食べさせる実験をしたところ、水中に耐性遺伝子が放出され、それが1週間も残存することが分かった。このような耐性遺伝子は、別の細菌に取り込まれて、新たに薬剤耐性菌ができ、拡散する可能性がある。海洋生態系での耐性遺伝子の残存のしかたは、われわれの実験で分かったプロセス(図3)以外にも、まだあるかもしれない。

■図1 海洋生態系の二つの食物連鎖■図2 細菌細胞(小さい細胞)を捕食する鞭毛虫(鞭毛を持った大きい細胞)(中野伸一氏撮影)

■図3 耐性遺伝子(および遺伝子伝達因子)の海洋での残存

海洋細菌の持つ耐性遺伝子

海洋細菌は、1mL中に100万細胞あると述べたが、そのうちで、寒天培地を使って培養できる細菌は100〜1,000個である。つまり、99.9%くらいは培養できない細菌である。したがって、培養法で薬剤耐性菌を見つける作業は、海洋細菌の0.1%程度を相手にしていることになる。近年発展著しい、全DNAの配列分析(メタゲノミクス)を環境DNAに適応する方法では、存在する遺伝子配列は分かるが、どんな種類の細菌が持っているのかは分からない。
筆者らは、培養法とゲノム解析法両方を使って研究しており、フィリピンでは興味深い研究結果がえられた。首都マニラの東に、巨大な淡水湖ラグナ湖がある。この湖を起点に、パッシグ川を通りマニラ湾までの水を調べたところ、サルファ剤耐性遺伝子のうち、臨床でも知られている2つの主要遺伝子タイプの耐性遺伝子が、ほとんどの地点の「培養できる細菌群」に含まれていた。しかし、「海の培養できない細菌群集」では、臨床で優占するタイプの耐性遺伝子のほかに、これまでまれにしか検出されてない遺伝子タイプも高い濃度で検出された。そして、希有な遺伝子は培養できる細菌群には保有されていなかった。この結果は、サルファ剤耐性以外でも、人獣臨床ではまだ知られていない耐性遺伝子を海洋細菌が保有している可能性を想起させる。最近では、海に起源を持つ耐性遺伝子も報告されており、海は耐性遺伝子のシンクであると同時に、ソースでもあることが知られてきた。
海洋環境の細菌群集に、陸域から流入した耐性遺伝子が伝播されると、われわれが検出できない形態で海に拡散・保持されることになる。このような耐性遺伝子が、水や水産物利用、レクリエーションなどによって人に暴露するリスクについても、今後解明すべき点である。

リスク軽減への提言

2012年に、世界の環境耐性菌研究の最前線研究者40人が、カナダのモンテベロに集まり、1週間に渡って耐性菌対策ワークショップを行った。日本からは、筆者が参加した。その際に、成果としていくつかの政策提言論文を作成した。筆者は主として養殖現場での抗菌薬と耐性遺伝子流出の削減について執筆した(http://dx.doi.org/10.1289/ehp.1206446)。詳細は論文に譲るが、使用抗菌薬削減のほか、給餌量の適切化による水域富栄養化の防止、餌の衛生管理による陸由来耐性菌の負荷防止など、リスク軽減策をいくつか提唱している。
海洋環境以外の人獣医療も含めた対策としては、薬物の乱用規制、監視対策、排水規制などの法整備とともに、生活・産業排水、病院、薬品工場の排水処理効率の技術向上がある。また、抗菌薬トリクロサン、金属元素なども多剤耐性を起こす作用があるので、抗生物質以外の化学物質についても、水棲生物への毒性影響評価とともに、耐性菌対策が急務である。研究面では環境の耐性遺伝子モニタリングが必要であり、一般社会教育の面ではリスクコミュニケーション、啓発の促進なども対策として有効であろう。(了)

  1. ヒトにおける感染症のうち、半数以上が動物からヒトへ伝播する感染症(動物由来感染症)だと推定されている。ヒトの健康を守るため動物や環境にも目を配って取り組もうという考え方

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