Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第427号(2018.05.20発行)

普通科高校での海洋教育の取り組み ~海洋への興味・関心を持たせる授業の模索~

[KEYWORDS]フィールド調査/太平洋島しょ国/海洋教育パイオニアスクール
元明治学園中学高等学校教諭◆鹿野敬文

小中学校での海洋教育は、一般性のある内容や方法で実施することができるが、高校では、海洋への興味・関心を引き出して生徒の成長にとって意味のある授業であり、かつ、受験に役立つなど教育現場に受け入れられやすい授業を行うことが必要となる。
普通科高校でも、新たな海洋教育の実践が増えるよう、海洋教育のモデルカリキュラムを提案する。

高校生に海洋への興味・関心を喚起させる授業取り組み

明治学園高校は現在、海洋教育パイオニアスクール(PS)に参加しています。これは日本財団と東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センター(RCME)と笹川平和財団海洋政策研究所(OPRI)が2016年から展開している海洋教育支援プログラムです。そこでは「海を主題とする学習活動を幅広く支援し、海洋教育のモデルカリキュラムとして取り入れられる新たなアイデアや実践を発掘する」という目標が掲げられており、2年目の2017年度は全国の128校が参加しています。学園ではパイオニアスクールに先立ち2015年にはRCMEの海洋教育プログラム開発プロジェクトにも参加しており、3年間に渡り海洋教育に取り組んできました。ここに「海洋への興味・関心を喚起させる」ことを目的とした実践記録を紹介します。
さて、小中学校での海洋教育は、児童や生徒の興味・関心がまだ大きく分れていないため、一般性のある内容や方法で実施することができます。しかし、発達段階の進んだ高校はさまざまな校種がある上に、生徒のニーズがかなり異なるため、カリキュラムは多様化せざるを得ません。そこで生徒の特徴を踏まえ、初年度から20分間の早朝講座と、特設授業での課題研究を設定することにしました(表1)。

Ⅰ.2015(平成27)年 : 海洋を取り巻く学問とキャリアの紹介、キリバス共和国研究

早朝講座『国際海洋研究』を開き、海洋法や海洋酸性化問題、黒潮文化といった海に関するさまざまな事柄を勉強しました。また、海に関係する仕事に携わっている人や職場、研究所を数多く訪問しました。特設授業ではキリバス共和国を対象に『太平洋島嶼国の研究』を行いました。生徒がこの国を選んだのは、自分たちが排出している温室効果ガスのせいで国土が水没し、全国民のフィジーへの移住さえ囁かれている苦境について知ったことがきっかけです。面白いことに、キリバス研究が進むにつれ、亜熱帯太平洋に加え北極圏の海も研究し、両者を比較したいとの声が出てきました。

Ⅱ.2016(平成28)年 : 北極海域研究、ミクロネシア連邦研究

この要望を入れ、2年目の早朝講座では『北極海域研究』を実施しました。4月と5月は放送大学の『世界の中の日本 グローバル化と北欧からの視点』を視聴し、補足説明しました。その後はノルウェー極地研究所や国立極地研究所発行の英文冊子を輪読しました。こうして生徒の北極海域に関する理解は深まり、中には自分で研究テーマを見つけ、英語で小論文をまとめる生徒まで出てきました。「温暖化による北極クマの生息域減少」「グリーンランド氷床の融解原因」などがその一例です。
一方、『太平洋島嶼国の研究』は対象をミクロネシア連邦へ変え、文科省のスーパーグローバルハイスクール(SGH)として継続することになりました。そこで目指したのは、太平洋に浮かぶ島しょ国(親日的な国がほとんど)にあまり興味を示さない日本の高校生に、関心を喚起させるための方法を考案することでした。私が試したのは、生徒に支援計画を作らせるという手法です。支援について真剣に考えると、島全体のことについて理解しなければならなくなります。そうするうちに、島に住んでいる人々の顔、暮らしぶり、日本への親近感がはっきりと見えてくるようになります。こうして生徒は亜熱帯太平洋の島しょ国に関心を持つようになり、現地訪問まで実現したのです。

Ⅲ.2017(平成29)年 : 整理と成果の活用、パラオ共和国研究

3年目の早朝講座では『海の大国ニッポン』(小学館、2011)を使って、海洋全体の事柄について整理しました。また『北極読本』(成山堂書店、2015)を使って、これまで学んできた北極海域のさまざまな現象や事柄について別の視点から整理しました。3年間通して海洋について学んできた生徒の中には、大学での専攻分野をその方向に決めた者もいます。そういった生徒は10月以降、AO入試で求められる自己推薦文に、海洋に関する活動歴をまとめていきました。ある中国籍の生徒は「海洋について広く学ぶにつれ、中国が大陸国家的発想をするのに対し、日本は海洋国家的発想をするという大きな違いに気づきました。日中関係を発展させるためには、この差を埋める努力が必要だと考え、大学ではそういったサークルを両国で作りたい」と書いています。
一方、3年間ずっと学んできた生徒だけで海洋(特に、北極海域)に関する取り組みを終わらせるのは勿体ないと考え、高校3年生が高校2年生に『北極海に関する集中講座』を実施しました。海洋への興味・関心が高まったことを示す一例でしょう。

平成天皇も訪問されたペリリュー平和記念公園(パラオ共和国)にて
パラオ国立博物館にて
(写真:明治学園提供)

高校における海洋教育のモデルカリキュラム提案

高校で海洋教育プログラムを作る際、小中学校と同じアプローチならば、高校教育の意味が失われます。また、理科的テーマのみに偏るなら、海洋教育が持つ総合性という良さが失われます。さらに、生徒の成長にとって意味ある効果がなければ、受験に役立つ教科に時間を奪われてしまいます。私たちは3年間の経験から、普通科高校では「海洋を素材として用い、学問紹介とキャリア教育を行った上で、設定したフィールドの中から研究テーマを選ばせ、それについて論文を書かせ、英語で発表させる」という方法が、海洋への興味・関心を引き出し、また教育現場に受け入れられやすいという結論に至りました。今後は、高校生の70%以上が学ぶ普通科高校で、新たな海洋教育の実践が増えることを望みます。
さて、日本の高校生はとても忙しいため、海洋教育を教育課程に入れない限り、時間の確保は難しいのです。私たちは早朝や長期休暇を使いましたが、朝補習や部活動とぶつかることが多々ありました。また、教科活動でも部活動でもないため、現地訪問などで事故が起こった場合の責任分担については未解決のままです。こういった問題についても考えておくことは、海洋教育を推進していく上で大切だと思います。(了)

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