Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第563号(2024.01.22発行)

プラスチック汚染対策と実態把握における日本の取り組み

KEYWORDS プラスチックごみ/汚染状況把握/政府間交渉委員会
環境省水大気局海洋環境課海洋プラスチック汚染対策室課長補佐◆長谷代子

プラスチック汚染ときいて何を思い浮かべるだろうか。
現在国際的に対策を話し合うため、条約策定の交渉が開始されている。
多くの取り組みが必要だが、例えば環境省では汚染実態の解明にむけて、環境中プラスチックの調査手法やデータ整備の国際的な調和に取り組んでいる。
プラスチック汚染への国際的な取り組み
海のプラスチック(プラ)汚染ときいて何を思い浮かべますか? 海水中にくらげのようにただようレジ袋、生物にからまった漁網や、海岸に散らばるペットボトルなどでしょうか。2023年開催された国立科学博物館の「海展」では、くじらの胃に残留した包装容器や、海底に沈むタイヤ(ポリマーの合成製品)の展示がされていました。あるいは、マイクロプラの問題を耳にされた方もいるでしょうか。
こうした環境中にさまざまな形で流出したプラが人体、環境、社会経済に及ぼす悪影響は、特に海洋を中心に研究レベルでは1970年代前後に指摘され始め、世間的に広く知られるようになったのは2015年ごろからといわれます。2015年ドイツ・エルマウで開催されたG7サミットや、2016年の世界経済フォーラムでも重要なテーマとして議論され、以降各国でも法整備が進み、2019年G20大阪サミットでは、大阪ブルー・オーシャン・ビジョンが共有されました※。その後2022年の国連環境総会で、海洋環境を含む地球規模でのプラ汚染に対処する条約づくりの政府間交渉委員会(INC)の設置が決定されました。この決議案においては、国際的な規制の方向性を早期に書き込もうとする国とそれに懐疑的な国とで対立がありましたが、日本が提示した折衷案が反映され合意にいたりました。INCは2022年11月から開始され、2024年までの作業完了をめざし計5回が予定されています。
2023年11月の第3回会合に先がけて、条約の条文を具体的に議論するために、INC議長と事務局が策定したゼロドラフトが公表されました。これまでの各国の意見を踏まえて、条約の目的や原則から、条約の下で各国がとるべき具体策に至るまで、いくつかのオプションが示されています。プラはいまや生活必需品だからこそ、国際的に一律の対策を課すのか、各国の事情に応じた対策を優先するのか、あるいは規制的手法や経済的手法のどちらが適切なのか等さまざまな考え方があります。わが国としては、プラのバリューチェーンが世界中に広がっていること、また途上国における廃棄物の不適正管理が流出の主な原因との指摘があることから、できるだけ多くの国が参加すること、およびライフサイクル全体に渡る対策に関する国別計画を策定すること、その定期的な報告・評価サイクルを担保することによって、実効的な条約とすることが重要と考えています。特にアジア地域はプラごみの環境中流出量の約半分を占めるとされており、日本はINCにおいてヨルダンとともに同地域の代表(現在は環境省小野参与)を務めており、条約策定の議論において、この重要な地域の巻き込みを確実にしていきたいと考えています。
プラごみの流出量
対策が議論される一方で、プラごみの環境中への流出量については、国際的に合意された数値はありません。例えば国連環境計画(UNEP)の報告書(2018)では2015年に海洋に流出したプラの量を約828万トン、経済協力開発機構(OECD)の報告書(2022)では2019年に海洋に加え河川などの水系や土壌等環境中に流出したものを約2,200万トンとしており2倍以上の開きがあります。こうした数字はプラの生産量や廃棄物の量等さまざまな統計データを使った「推計」ですが、一方で、実際に環境中に存在しているプラ調査もさまざまに行われています。
例えば環境省でも国内でプラを含めた海岸漂着物の量や組成を調べるための調査を行ってきました。そのノウハウをもとにガイドラインを策定し、2020年度以降は各地の地方公共団体が行った回収・調査のデータをとりまとめています。さらに沖合と沿岸、そして陸域から海洋への流出経路となる河川でもマイクロプラの調査を実施しています。また多くの研究機関が実施する調査・研究支援や、各種データをもとに汚染実態の把握や対策の検討を進めています。これらの微細な粒子が生物の体内に取り込まれ、添加剤等の化学物質や粒子そのものが及ぼす悪影響も懸念されているため、こうした研究の支援や、水生生物を対象に、有害性と環境中曝露の両面から生物影響のリスク評価手法の検討も行っています。
汚染状況の国際的な実態把握に向けて
実態把握については、地球規模で研究データの比較可能性を担保し把握できるよう、モニタリング手法の国際的な調和に関するさまざまな取り組みも行っています。
例えば特に海洋表層のマイクロプラについては、2016年から国際的なガイドラインの策定を開始し、各国の海洋やプラモニタリングの国内外の研究者とともに、既存の調査手法を比較検討した上で、使用すべき採取ネットや機材の種類、えい航する際の船の速度、サンプルの保管方法や分析方法等について2019年に共通の手法を定めました。同知見を反映すべく、現在策定中の飲料水・環境水中のマイクロプラに関する採取・分析手法のISO(国際標準規格)の策定委員会にも参加しています。また、現在は同ガイドラインに基づくデータを集約し、誰でもアクセス可能なデータベース・マッピングシステムの開発に着手しています。
ただし環境中に流出しているプラの大半(たとえば前出のOECD報告書では約9割)はおおきなごみと言われています。プラ汚染の実態把握のためにはこれらの流出状況の実態把握も必要であり、手法を国際的に調和すべきという声に応え、2023年の8月には国際ワークショップを開催し、海洋表層、海岸、海底、河川、陸域、生物相等さまざまな分野において調査を行っている研究者を集め、国際的な海ごみデータの調和について議論しました(写真)。現在行われている調査やモニタリングの活動紹介、衛星等の技術の最新動向と課題に加え、日本、米国(海洋大気庁(NOAA))、欧州(EMODnet)でデータベース化が進められているマイクロプラを題材に、既存のデータベースをつなげてより広範囲でのデータ把握をめざしたネットワークシステム技術及びそれを可能とするための共通データ項目一覧(メタデータ)についての議論や、類似の取り組みを海岸、海底等に広げていくことが可能かといった議論を行いました。プラスチック汚染に関するさまざまなデータの国際共有は、UNEPの元に2018年に設置された情報プラットフォーム、Global Partnership on Plastic Pollution and Marine Litter(GPML)でも検討が始まっていますが、同ワークショップの成果は、このGPMLにおいても活用される予定です。
今日ご紹介したのはプラ汚染の終焉にむけたいくつかの取り組みの一部ではありますが、効果的な汚染対策に必要不可欠な汚染状況の把握について、多くの研究者とともに引き続き積極的に取り組んでいきたいと考えています。(了)
海ごみモニタリング国際ワークショップ(2023年8月)

海ごみモニタリング国際ワークショップ(2023年8月)

※ 鈴木秀生著「大阪から世界へ 〜日本初のG20サミットにおける海洋分野の功績〜」本誌第466号(2020/01/05発行)を参照ください。
https://www.spf.org/opri/newsletter/466_1.html

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