Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第563号(2024.01.22発行)

サンゴ礁漁撈文化の知恵と物語を紡いで

KEYWORDS 伊良部島/サンゴ礁/漁撈文化
琉球大学人文社会学部琉球アジア文化学科准教授◆高橋そよ

筆者は、沖縄県宮古諸島伊良部島の素潜り漁師に弟子入りをしながら、現代沖縄において、社会経済的な動態の周縁にある人々が、どのように自然と関わりながら生きてきたのかを調査研究してきた。
本稿では、地域文化の慣習や信仰との交渉を通して、漁師と同じまなざしから研究者がサンゴ礁の海を理解しようした試行錯誤の一端を紹介する。
豊穣の海、八重干瀬での漁撈(ぎょろう)活動
沖縄県宮古島北東部には、日本最大の卓状サンゴ礁群(台礁群)が広がっている。このサンゴ礁群は、地元の人々から「八重干瀬(やびじ)」とよばれ、豊穣の海の象徴として親しまれてきた。本稿では、この豊かなサンゴ礁を生業の場とする、伊良部島佐良浜集落の素潜り漁師の知恵と自然観について紹介したい。
2003年調査当時、佐良浜では15種類の漁法が行われていた。このうち、網漁やモリツキ漁など11種類がサンゴ礁を漁場としていた。礁斜面には、サンゴが豊かに発達し、ブダイなど多くの魚の棲み家となっている。特に礁斜面はリーフフィッシュを狙ったモリツキ漁や網漁の好漁場となる。網漁のツナカキヤーやウーギャンは、礁縁の櫛の歯のようなギザギザした構造の縁脚と縁溝の微地形を利用して、袖網と袋網を張る。
礁原を利用するのは、投網と貝類を対象としたモグリ採集である。投網を行う漁師は、肩に網を乗せて潮が引いた礁原を歩きながら、タイドプールの中にいる逃げ遅れた魚などを狙う。
漁獲物に着目すると、特定の魚種に集中するのではなく、多種多様な生物が「商品」として漁獲されていることがわかった。その内訳を見ると、コウイカやミヤコテングハギなど、多くの集団が捕獲対象とする種があるものの、全体の約70%を占める30種が1集団あるいは2集団のみに漁獲されていた。つまり、佐良浜のサンゴ礁地形を利用する漁撈活動では、集団ごとに組み合わせる漁法が異なり、その結果、漁獲対象となる生物種が分散化されていた。
アオリイカの追い込み漁(八重干瀬、2001年)

アオリイカの追い込み漁(八重干瀬、2001年)

サンゴ礁をとらえる
佐良浜漁師はどのように「サンゴ礁」空間を認識しているのだろうか。佐良浜の素潜り漁師は、サンゴ礁の複雑な微地形の変化を詳細に観察し、地域固有の意味と呼び名を与えていた。素潜り漁師の活動の舞台となるサンゴ礁は、漁獲対象となる生物の生息場所や習性といった生態学的な知識や、漁法に利用する地形構造などの技法的な知識とセットとなっている。むろん、漁師たちは地形や対象となる生物だけではなく、潮汐現象や季節を告げる風など、自然に関する詳細な知識を育んでいる。そして、あらゆる状況に適応するために、知識を組み合わせて生存戦略を立て、成果の不確実を乗り越えようと努力をしている。
さらに佐良浜では、ヒューイと呼ばれる固有の空間認識のあり方があることがわかった。佐良浜では、方位は2通りの方法によって分類される。東西南北によって分類する方法と佐良浜を基点に十二支によって分類する方法である。佐良浜ではその日の暦の干支が指す方角をヒューイとよび、ヒューイとして示された空間をアナという。アナとして認識された漁場では、その日は漁をすることを避けたほうがよいと考えられている。規制を破ってアナで漁をした場合、不漁や事故、病気にかかる危険があるからである。悪さをする霊的な存在であるマジムヌに遭遇することさえあるという。複数で漁船に乗る場合は、舵を取る者の干支がヒューイの基準となる。
アナは忌避されるべきだが、魚の群れに「アタル時は、ものすごくアタル」ともいわれ、魚群に遭遇した場合は通常では考えられないほどの大漁になるともいう。伊良部島周囲のサンゴ礁で漁をする素潜り漁師は、いつ、どの方角がアナに当たるのか、暦を注意深く意識している。特に、夜間の電灯モグリ漁を単独で行う漁師は、その危険性からマジムヌや事故に遭遇しないように、ヒューイやアナを避けようという関心が高い。
マジムヌの「まなざし」は、人々の暮らしの中で常に意識されている。だが、ある特定の空間と時間を避けることで、マジムヌとの遭遇を回避することができるといわれている。特に、漁撈活動を営む漁師たちの間では、海に出没するマジムヌとの遭遇を避けるために、忌避すべき時間や場所にまつわる先達の経験が語り継がれている。マジムヌの存在による畏れは、特定の漁場にその利用が集中することを回避させる。さらに、漁師の生年干支と民俗方位の関係によって、その漁場が一個人の漁師に独占されることを避け、誰にでも利用の機会がめぐってくることを可能にする。人々がマジムヌの存在を意識することは、社会関係の緊張や衝突、偏った自然利用などの危険を避けるための、リスク回避の一つであるともいえるだろう。
佐良浜の漁師たちは、自然に関する実用的な認識と観念的な世界観を別々の領域ではなく、一体となった知識体系として認識している。そして、このように育まれた知識をもとに、自然条件や社会経済的な状況に応じながら、漁撈という生業文化を営んできた。
伊良部・佐良浜のサンゴ礁微地形の模式図と方言名(高橋2004を改訂。作図:渡久地健)

伊良部・佐良浜のサンゴ礁微地形の模式図と方言名(高橋2004を改訂。作図:渡久地健)

未来へ─漁撈文化を結ぶ女性たちと
現在、サンゴ礁を利用する素潜り漁も魚価の下落や後継者不足という社会経済的な変化の中、その様相は変わろうとしている。この危機に対して、伊良部漁協の女性たちを中心に、地域の歴史文化、言葉を記録する取り組みが続けられている。このような地域住民主体の活動は、修学旅行生を受け入れる文化体験型の民泊事業や追い込み漁体験学習、佐良浜地区漁業集落活性化協議会の立ち上げ、「おおばんまい食堂」の開店などのコミュニティベースの経済活動へ展開している。
村の人口が「限界集落」へと加速する島の現在を目の当たりにし、筆者の研究関心は、自然利用の実態解明から、人間が編み出してきた知恵や身体技法といった漁撈文化の継承へと変わりつつある。現在、地域の方やNPO、博物館など多様な経験や専門知を持つ方々と対話をしながら、佐良浜の人々が海と共に生きてきた歴史や文化の記録や教材作りに取り組んでいる。島が大きく変わろうとする今、島の人々が未来へ、何をどのようにつなごうとするのか。その社会実践に共に挑戦することが筆者の責任ある研究のあり方だと考えている。(了)
※ 本稿は、2024年3月刊行予定『海とヒトの関係学第6巻海のジェンダー平等へ』より抜粋したものです。

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