Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第563号(2024.01.22発行)

サンゴの海はいくらか?
~沿岸の自然・環境資源を守ることの価値~

KEYWORDS 環境の経済評価/仮想評価法(CVM)/海洋保護区(MPA)
高知大学大学院総合人間自然科学研究科黒潮圏総合科学専攻教授◆新保輝幸

サンゴの海は、水産資源涵養やレクリエーション資源として重要だが、開発や過剰利用により劣化する場合も多い。
環境保全を社会的な意思決定に組み込むために環境の価値を経済評価する研究が発展してきた。
その手法の一つである仮想評価法により、高知県柏島の海の生物多様性を評価した。
また、同様の手法でフィリピンの海洋保護区の管理に対する住民の労働意思量を評価した。
柏島のサンゴの海の経済評価
2021年に合意された『G7 2030年自然協約』で、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全するという「30by30」目標が掲げられた。海洋に関してもその30%以上を海洋保護区(MPA)とすることが目標とされている。海洋生態系の中でも、特に劣化が進み保全が急がれるのが、サンゴ礁生態系である。わが国でサンゴ礁が発達するのは南西諸島と小笠原諸島に限られるが、造礁サンゴは九州・四国の南岸を経て房総半島や佐渡島まで広く分布し、その海はマリンスポーツ愛好者に親しまれている。一例として、黒潮と豊後水道の影響を受け、熱帯・亜熱帯と温帯の千を越える種数の魚類が生息する高知県大月町柏島周辺の造礁サンゴの海(図1)は、1990年代からダイビングスポットとして有名になった。ただ、サンゴ礁やサンゴの海は、高い生物生産性と生物多様性を誇り、漁業やツーリズムの基盤となって地域経済にも貢献する一方で、過剰利用により資源が劣化するという状況を招きやすい。
開発行為等により貴重な環境や生態系が破壊される事態が各地で起こる一因として、環境の経済価値が明らかでなく、その利益を具体的に示すことが容易な開発行為と比較すると、社会的な意思決定の中で軽視されるという点がある。多くの場合、環境は市場で取引されない非市場財であり、市場価格が存在しない。そのため、環境経済学者は環境の価値を経済評価するさまざまな手法を開発し、プロジェクトの意志決定の中で環境を保全することの価値を正当に主張する基礎を提供しようとしてきた。
筆者も、柏島のサンゴの海の生物多様性の価値を、仮想評価法(Contingent Valuation Method; CVM)によって経済評価する研究を行った。CVMのアイデアは非常にシンプルである。すなわち、市場価格がないのであれば、受益者に直接質問をすることを通して、その支払意思額(Willingness To Pay; WTP)を知ろうというやり方である。まず、さまざまな原因によりサンゴが劣化し、造礁サンゴの被度が何%か減少し、そこに生息する生物種も何割かが失われると仮想的に設定する。そして受益者に、現在の状況とその仮想的状況を比較してもらう。調査者は、被験者がその状況をよりリアルに想起できるよう写真等を使って説明し、例えばその悪い状況の実現を防ぐための支払意思額を尋ねるのである。
柏島の調査では、ダイビングスポットの魅力として多様な生物相が作る海中景観や魅力的な希少種を説明し、開発行為によって魚の種数が2/3以下に減少し、希少種もいなくなる仮想シナリオを説明した。その上でそれを食い止めるための基金に対するWTPを下記のように質問した。「いま、あなたの世帯に対し、1年当たり**円の募金が求められたとします。あなたは、この募金にこの金額のお金を支払ってもいいと思いますか? このような募金により、あなたの家計が購入できる別の商品やサービスが減ることを十分念頭に置いて答えてください」。**には、500円から10万円までの6段階の金額がランダムに挿入され、その金額を支払ってもいいかどうかをYesかNoで答えてもらう。金額を自由記述としないのは、Yes-No回答の方が被験者の戦略的な行動(例えば聞かれた金額を実際に支払う可能性がない、税金が投入されるだろうとみなされれば、できるだけ高い金額を答えてより十分な保全を行ってもらおうとするだろう)を避けられるという研究があるからである。
調査対象は高知市、高松市、岡山市の住民とし、住民基本台帳から単純無作為抽出で各市2,000人を選び、2002年3〜4月に質問票を郵送した。回収率は26.5%、該当項目への無回答や抵抗回答を除いた有効回答率は15.4%であった。結果を集計すると、3市平均のWTPは16,836〜21,832円であり、それに3市の世帯数を乗じた集計WTPは、26.2億円〜99.1億円となった。
■図1 柏島周辺海域の海中景観(撮影:NPO黒潮実感センター・神田優)

■図1 柏島周辺海域の海中景観(撮影:NPO黒潮実感センター・神田優)

フィリピンのMPAとWTWによる評価
フィリピンでは、沿岸域にサンゴ礁や海草藻場、マングローブ林が発達し、互いに関連しながら、水産資源の涵養や生物多様性の面で重要な生態系を構成している。しかし近年、過剰漁獲や破壊的漁業などにより資源の劣化が進んでいる。それに対応し、一定の海域にMPAを設定し、禁漁や違法漁業の監視・摘発等を行うことにより、生態系の保全や水産資源の維持・回復を目指す取り組みが各地で行われている。MPAは法制度に基づき設定されるが、広大な海面を政府が実効的に管理することが難しく、地域住民、特に日常的に海域を利用する漁業者の協力を得て、コミュニティ主体の管理が行われる場合が多い。地域住民が保護区設定の段階から意志決定に参画し、日常の管理や監視の活動を担うのである。しかし住民の十分な参画を得られない場合は、禁漁の徹底や違法漁業者の取り締まり等の管理がうまく行えず、「ペーパーMPA」になってしまう。
筆者らがルソン島東南部ビコール地方(図2)のAtulayan MPAで2018年に行った調査では、CVMの枠組でAtulayan島および対岸のNato村の住民の労働意思量(Willingness To Work; WTW)を評価し、その規定要因を分析した。その結果、平均WTWは月当たりAtulayan住民で4.59日、Nato住民で5.06日となった。各村の漁業者数を乗じ集計WTWを計算すると、それぞれ月当たり702日、2,682日となった。計算上はAtulayan住民だけで1日当たり約23人の出役が見込め、十分な管理が可能な結果である。ただこのWTWを実際の管理の仕組みにどう落とし込むかは別の問題である。Atulayan島MPAの実際の管理は、村を含むより大きな行政区域のSangay町が、町全域から選抜された住民を謝金を払って組織し行っている。その管轄は町の海域全体であり、MPA自体に対する管理は十分ではないようである。
■図2 フィリピン・ビコール地方Sangay町のAtulayan島の位置と概観と概観

■図2 フィリピン・ビコール地方Sangay町のAtulayan島の位置と概観と概観

環境資源の価値の可視化とその可能性
一般にCVMによる経済価値評価では、その環境資源を誰かに評価してもらい、それを集計する。例えば、直近に住む地域住民、レクリエーション等で利用する訪問者、貴重な自然に対し価値を見出す一般国民等。資源との関わりが変われば、見出す価値も異なるのである。そのため環境資源の総価値を評価しようという場合、その資源に対し誰がどのような価値を見出しているかを特定しそれぞれに適切な形で評価してもらう必要がある。無作為抽出に基づく社会調査の手法を用いれば全てのステークホルダーに調査を行う必要はないが、少なくともその資源にどんな価値があるかを列挙し受益者を特定することが必要であろう。その意味で本稿で示した結果は、価値の一部の試行的な評価に過ぎない。しかし一部であるにしろその価値を可視化し、沿岸自然資源が大きな価値を持つ可能性を示すことで、保全の取り組みを後押しすることができるのではないかと願っている。(了)

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