Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第559号(2023.11.20発行)

幼魚文化を創る

KEYWORDS 幼魚水族館/幼魚サミット/海への関心の入り口
幼魚水族館館長、岸壁幼魚採集家◆鈴木香里武

小さな体で大海原を生き抜くために、幼魚たちはさまざまな生存戦略を磨いてきた。
その多様性に満ちた生き様には、海の環境や生態系に関心を持つ入り口となり得るだけの魅力がある。
幼魚展示に特化した幼魚水族館の取り組みと、さまざまな分野の専門家と協力して目指す文化の創造、その先に期待する海への理解や関心の高まりについて紹介する。
幼魚の魅力は生き様にあり
よく、「幼魚って何?」と聞かれます。シンプルだけど難しい質問です。学術的には魚の赤ちゃんは幅広く稚魚と呼ばれ、どこからが幼魚かを区別するハッキリとした定義がないからです。潮の流れに身を任せて漂いながら旅をしているのが稚魚。少し成長して自らの意思でちょこまかと泳ぎ回るようになると幼魚。人間で例えると、元気に走り回る小学生くらいのイメージです。これはあくまで私なりの分け方です。
幼魚のどこが好きなのか。一言で言うなら「カッコイイ生き様」です。小さな体で大海原を生き抜くのは並大抵のことではありません。長い長い進化の物語の中で、彼らは生存戦略を徹底的に磨いてきました。枯葉そっくりに擬態して海鳥の目を欺く者、透明になって気配を消す者、毒クラゲにくっついて捕食者から逃れる者…など、こうした工夫の数々のなんと眩しいことか。十種十色の生き様があって、そのすべてが正解なのです。この多様な世界を知れば知るほど私は勇気づけられ、小さな体に詰まった壮大なロマンに心奪われて、幼魚愛をこじらせてきました。どのくらいこじらせたかというと、幼魚専門の水族館をオープンさせてしまったほどです。
2022年7月、静岡県の清水町に幼魚水族館が誕生しました。小さくて観察しにくい、色が地味、飼育が難しい、手に入りにくい。そんな理由から従来の水族館では展示されることが少なかった幼魚たち。彼らの生き様にスポットライトを当て、どうしてもスターにしたい。そんな想いが込められた水族館です。漁港を再現したコーナーでは、目の前に広がる駿河湾沿いの漁港で、今この季節に出会える幼魚を展示するとともに、実際に漁港で回収した海洋ゴミも水槽に入れることで、身近な海の現状とゴミをも利用して生きる幼魚のたくましさを感じていただけます。成長するとまるで別の種類のように大変身する魚たちは、幼魚と成魚を比較するコーナーで隣り合って泳いでいます。浅瀬で育つ深海幼魚のコーナー、館長である私の独断と偏見で選ばれた幼魚アイドルTOP10、養殖施設で生まれた食用魚の赤ちゃんを展示するコーナーなど、展示の切り口はさまざまです。そして立派に成長して幼魚ではなくなった魚たちは、“卒魚式”を行って全国の水族館に無償で提供するというのも、幼魚水族館ならではのコンセプトでしょう。
■図1 幼魚水族館の外観 https://yo-sui.com/

■図1 幼魚水族館の外観 https://yo-sui.com/ ※写真をクリック

魚の分布は人の分布
幼い頃から描いていた「自分の水族館を創る」という夢を叶えることができた私は、新たに目指したい目標が生まれました。それは「幼魚を文化に」です。その目標への第1歩として2023年7月、幼魚水族館オープン1周年を記念して「第1回幼魚サミット~小さな生き物の大きな可能性を探る~」を開催しました。幼魚水族館を支えるスペシャリスト11人が集い、それぞれの視点から幼魚という存在がもつ魅力や可能性を語っていただくトークイベントです。ポスター(図2)の左下から時計回りに“緑と清流の守護神”関義弘氏、“ウニ その愛”谷口俊介氏、“甲殻機動隊”岡本一利氏、“学術的覗き魔”武井史郎氏、“人間プランクトン”峯水亮氏、“クラゲライダー”三宅裕志氏、“アマモの守人”杉山善一氏、“海の手配師”石垣幸二氏、“遺伝学の父”五條堀孝氏、“太陽と月の仲人”飯田亙氏、そして“ごきげんようぎょ”の鈴木香里武(中央)です。みなさん各分野の権威ですが、知識量に関わらずどなたでもお楽しみいただける軟らかい内容になっていることは、各人のキャッチコピーからも想像できるでしょう。このメンバーに「幼シャンズ11」というどこかで聞いたことがある名前をつけ、なんとなく見覚えのある映画風ポスターをあちこちに貼りました。
会場一杯の、300人を超えるお客さんに見守られる中、幼シャンズ11による名演はアカデミー賞を総なめにしそうなほどでした。幼魚たちの生き様も魅力的ですが、そんな幼魚を取り巻く人の生き様もまたとても魅力的だということを改めて感じました。先生方のお話には愛が溢れていて、生き物と向き合ってこられたこれまでの物語、そして未来へ向かうこれからの物語に、力強くも心地よく引き込まれるのです。
私は常々考えていることがあります。それは、「魚の分布は人の分布である」ということ。図鑑を開けばそれぞれの魚の生息域が書かれていますが、それは実際のところ、その地域にその魚がいるかどうかではなく、その存在に気付く人がいるかどうか、そして伝える人がいるかどうかを示しているように思うのです。つまり、人次第。見つける人がいて、記録を残す人がいて、調べる人がいて、育てる人がいて、伝える人がいる。すべての過程に人の情熱があることによって、幼魚の存在は広く知られ、その魅力が最大限に輝くことでしょう。
■図2 第1回幼魚サミットのポスター

■図2 第1回幼魚サミットのポスター

幼魚文化の先に広がる未来
よく、「幼魚って何?」と聞かれます。シンプルだけど難しい質問です。自分が長年情熱を注いできた存在が、世間一般から見たらまだまだ知られていないのだということを痛感させられるからです。「幼魚を文化に」。これはかなりハードルの高い目標でしょう。オープンから1年ちょっとしか経っていない、まだまだ稚魚段階の水族館で試行錯誤している自分たちだけでは、ブームは創れるかもしれませんが、文化を創っていけるとは思いません。カッコイイ生き様を見せてくれる幼シャンズ11。幼魚水族館の取り組みに期待してくださっている清水町の方々。入魚式から卒魚式まで幼魚たちの成長を見守ってくださるお客さん。そして、これをお読みのあなた。みなさんと一緒に創っていくのが幼魚文化だと思っています。
私が目指しているのは、誰もが推し幼魚3種類くらい言える世の中がくることです。例えば映画なら、評論家でなくとも好きなタイトル3本くらい挙げられると思うのです。幼魚をそれくらいのレベルまでもっていきたい。そこまでいけば、きっと自動的に、海に対する世の中の関心や理解は広く、深くなっているものと確信しています。幼魚たちはさまざまな入り口を示してくれる存在です。海への関心、生き物への興味、環境への理解、海洋保全への行動…など、幼魚の「かわいい」や「おもしろい」が入場ゲートまでは導いてくれることでしょう。その先に進むためには、人の力が必要です。幼魚文化は最終目的地ではなく、新たなスタート地点です。海が好きな人が増え、魚たちが暮らす環境を守りたいという想いが高まる未来を目指して、さまざまな分野の方と協力して研究・発信活動に取り組んでいきたいので、ぜひ私たちに力を貸してくださいませ。(了)
●参照 鈴木香里武著「“足元の海”から始める海洋リテラシー」本誌第520号(2022.4.5) https://www.spf.org/opri/newsletter/520_3.html

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