Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第559号(2023.11.20発行)

鳥羽市がつくる「海のレッドデータブック」 〜地域の基礎資料として〜

KEYWORDS 沿岸の総合管理/海洋状況把握/海洋教育
ざっこCLUB代表◆佐藤達也

3年間のモニタリング調査や過去の資料調査等を経て、三重県鳥羽市役所観光商工課から『鳥羽市 海のレッドデータブック 2023』が発行される。
三重県内の市区町村でも初となるもので、豊かな自然環境とともに、日本の将来を背負う研究者らが寄って立つ地域の魅力を少しでもお伝えすることができればと願うとともに、地域の施策ひいては国の海洋政策へ資する一助となることが望まれる。
鳥羽市の状況とレッドデータブックの目的
三重県鳥羽市は伊勢湾湾口付近に位置しており、リアス式の海岸線に神島、答志島、菅島、坂手島の4離島と、内湾の干潟から外洋へと連続する多様な生息環境であり、市内すべてが伊勢志摩国立公園内に含まれる(図1)。現在の海岸線は、約15,000年前の最終氷河期(海水面が低く、今の伊勢湾口あたりに木曽川の河口があった)や、約6,000年前の縄文海進(海水面が高く、陸地奥深くへ侵入した)を経て形成されたと言われている。
鳥羽の海辺が豊かであり、多くの人々が鳥羽を含む伊勢志摩の海辺を利用してきた歴史は、貝塚に始まり、平城京から出土された木簡、和歌、浮世絵、絵葉書、小説などさまざまな媒体を通じ、時代を経て知ることができる。現在でも、観光と漁業が主幹産業であり、海と市民の生活は分かち難いものの、日常的に見ることができない海中への興味や関心、効果的な施策は得られにくいのが現状である。
国内を広く見渡せば、高度経済成長期以降、各地で環境の悪化や多様度の低下、磯焼け、磯荒れの様相を呈した自然環境が広がり、絶滅危惧種としてレッドデータブック(RDB)やレッドリスト(RL)に掲載される種は増加の一途である。鳥羽市もそういった傾向は認められるものの、現在でも東海地方の中では唯一海中林が残されている海域で、多様な自然環境ごとに、各地では既に姿を見ることができなくなってしまった生き物たちの姿を数多く確認することができる。海と人が関わってきた過去をふまえ、改めて水面下の状況を少しでも理解した上で、主幹産業や海洋教育へ活かしたいという機運が高まっていた。そこで、鳥羽市における海洋の現状把握となる基礎資料づくりを目的とし、鳥羽市観光課からの委託を受け、3年間の調査を経て、資源である自然そのものや、豊かさである多様度の高さを示す指標のひとつとして、絶滅危惧種を紹介する『鳥羽市 海のレッドデータブック2023』※が製作された。なお本書へは、これまで環境省や県等のRDBに関わってこられた研究者だけでなく、これからの日本を背負う若手、鳥羽水族館や三重県立博物館の職員といった個性豊かな執筆者らに参画いただいた。ほぼ全ての執筆者が潜水可能で、地域のモニタリングを継続し、分類群の垣根を超えて連携し、情報を交換し合い、ありとあらゆる技術を駆使し、調査器具の開発(実案第3224300号)もしながら調査が行われた。本稿では、その企画、調査、執筆、取りまとめを担当した立場から、本書の概要を紹介させていただきたい。
■図1 三重県鳥羽市の概要

■図1 三重県鳥羽市の概要

保全だけでなく地域の施策のためのレッドデータブック
RDBを保全のための資料としてのみ扱うことは勿体ないし、法的拘束力を有しているわけでも、ある特定の種に限った評価や保全のみが海と人が関わる手段として有効であると考えるべきでもない。人が人として生きるために自然環境に手を加えることについては、現状把握に基づいた施策の検討、判断、行動がなされるべきであり、状況に応じて取捨選択がせまられる機会が生じることも想定されるため、基礎資料のひとつであると理解すべきである。また、今後のビッグデータ化やデジタル化を見据えても、基礎情報となるものは少しでも多い方が良い。そこで本書では、昨今の磯焼けや磯荒れの状況を鑑み、定番の海棲哺乳類、魚類、貝類、節足動物だけでなく、国や三重県に先駆けて海藻・海草類、環形動物や刺胞動物、頭索動物、尾索動物等を含む無脊椎動物類、沖合に生息する種についても対象とした計419種を、生体・標本写真および選定理由や生息状況等とあわせて掲載した。
なお、各執筆者は、いわゆる「普通種」と呼ばれる種も含めた生き物たちの生息状況、海の状況を把握したうえで絶滅危惧種を評価している。一方で、419種の掲載種は調査時点で評価を与えることが可能だった種に限られる。しかしながら、努力量不足による「見落とし」や分類学的再検討を要すること等の理由により「対象外」と評価された種の存在についても、本来ならば除外されるべきではない。したがって、各種の生息状況や減少要因、分類学的な位置付けなどといった情報の記載がなく、RLとして種名が記されるリストのみの資料はもちろんのこと、絶滅危惧種の生息状況が掲載されるだけでは、地域の政策決定者やさまざまなステークホルダーに、状況把握のための基礎資料として活用してもらうには不親切であると思われる。また、読者が既に持っているRDBや海に対するイメージや、確認したい、見い出したい、再発見したいという期待を軽視できない。同時にその思いを逆手にとって意表もつきたいし、読者が考え、感じる余白を奪うべきでもないと考えた。そこで鳥羽の現状を伝えるのみではなく、鳥羽の海を表現するための工夫をほどこす構成、挿絵、内容とした。また表紙では、各動物門の体の特徴および州浜や荒磯などをモチーフとして取り扱い、多様性や海と人の関わり、まだまだ把握できていない情報が存在していること、それらが複雑に重なり合っている様子が表現されるデザインとした(図2)。
■図2 『鳥羽市 海のレッドデータブック2023』表紙

■図2 『鳥羽市 海のレッドデータブック2023』表紙

レッドデータブックの今後
鳥羽市では市長による「海のシリコンバレー」構想のもと、三重大学や名古屋大学、鳥羽商船高等専門学校、鳥羽水族館、三重県水産研究所、(国研)水産研究・教育機構 水産技術研究所、ミキモトグループが参画した「伊勢志摩海洋教育アライアンス」設立のための協定が締結されている。まだ、具体的な事務局の設置や地域の施策には結びついていないが、本書の執筆者らはこのアライアンスに含まれており、今後の鳥羽市における、海と人が関わる政策決定に向けた第一歩として位置付けられるものでもあるだろう。願わくば、このアライアンスによって1日も早く主幹産業や海洋教育および市民の生活に関わる具体的な施策にこの資料が活用されること、遅くとも10年後には、その振り返りとともにRDBの見直しと改訂が行われることを期待したい。さらには沿岸の総合管理、海洋状況把握、海洋教育に向けたレッドデータブックのあり方、活用のされ方についても見直され、地域だけでなく環海の日本の海洋政策へも資する一助となることが望まれる。(了)
●謝辞 限られた調査期間、予算にもかかわらず企画者に劣らぬ熱量と覚悟で尽力してくださった関係者の皆様、調査にご協力いただいた地域の方々へも、この場をお借りして感謝の意を表したい。
※ 「鳥羽市 海のレッドデータブックについて」のお問い合わせ先:鳥羽市役所観光商工課(三重県鳥羽市鳥羽3-1-1)0599-25-1157

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