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オーシャンニュースレター

第558号(2023.11.05発行)

津波工学研究の視点から防災の取り組み
〜東北大学災害科学国際研究所の歩みの中で〜

KEYWORDS 災害対応サイクル/実践的防災学/津波工学
東北大学災害科学国際研究所教授◆今村文彦

東日本大震災における甚大な津波災害の実態解明および今後の防災への課題の解決に向けて、東北大学に発足された災害科学国際研究所で学際的な研究活動が始まった。
未曾有の複合的な災害に対して、どのようなアプローチで何を取り組んできたのか紹介したい。
東日本大震災の発生と新組織の発足
12年前の3月11日、巨大な地震、津波、火災、そして原発事故が相次いで発生し甚大な被害が生じて、広域で複合的な大災害になった。この東日本での大震災についてのさまざまな調査研究や復興事業への取り組みが行われ、そこから得られる知見を将来の防災のために社会へ反映しなければならない。発災後1年で東北大学に設立された災害科学国際研究所(写真1)は災害科学の深化に加えて実践的防災学の必要性を謳った。ここでの目標は、複雑化する災害サイクルに対して人間・社会が賢く対応し、苦難を乗り越え、教訓を活かしていく社会システム構築を支援することにある。このミッションを達成するためには、社会からの課題やニーズを把握することが重要であり、また、社会に向けて、必要な情報・知見・技術を提供し、課題や問題に対して具体的な解決策や方法を提示することが求められていた。
■写真1 災害科学国際研究所の建物(新キャンパスの1号として設置)
https://irides.tohoku.ac.jp/ ※写真をクリック
災害科学国際研究所─どのような組織を構想したか?
この研究所では、理工、人文社会、医学などの学際分野を融合させるために、災害の対応サイクルに応じた部門・分野を構成した(図1)。当初は7部門37分野であった。災害が発生する前に理学的な知見・評価を用いてハザードマップを作成し、事前の啓発を進める災害理学研究部門、実際に災害が起きて警報などの情報を発信する際に必要な技術を研究する災害リスク研究部門、二次的被害の波及を抑止するため、人間や社会の対応について研究し、また被災地支援についても研究する人文・社会対応研究部門、さらには命を守る災害医学研究部門、防災の地域づくりや再生の研究を行う地域・都市再生研究部門、最後に連携やアーカイブ構築、語り継ぎの分野を研究する情報管理・社会連携部門、そして寄附研究部門(設立時は東京海上日動火災保険(株)、その後、応用地質(株))という7つの研究部門が、事前、発災直後、復旧・復興、そして次への備え、という対応サイクルに応じて活動を始めた。災害の発生前から関連情報を提供し、その後の対応をフェーズ毎に整理し、効果的にしかも迅速に活動ができる仕組みを提案したことになる。
改めて、災害科学国際研究所が推進する「災害科学」とは、事前対応、災害の発生、被害の波及、緊急対応、復旧・復興、将来への備えを一連の災害サイクルととらえ、それぞれのプロセスにおける事象を解明し、その教訓を一般化・統合化することである。これによって、個々の災害での経験や体験の共通性を見いだし、得られた知見を広く多様な災害へと適用できると期待される。さらに、それらの成果を社会に還元し実装する必要がある。これが実践的防災学である。東日本大震災における調査研究、復興事業への取り組みから得られる知見や、世界をフィールドとした自然災害科学研究の成果を社会に組み込み、複雑化する災害サイクルに対して人間・社会が賢く対応し、苦難を乗り越え、教訓を活かしていく社会システムを構築する支援を目指した。
■図1 災害対応サイクルに応じた部門組織にし、学際連携を高めている

■図1 災害対応サイクルに応じた部門組織にし、学際連携を高めている

津波工学分野で得られた成果と今後の課題
東日本大震災での犠牲者の9割が溺死と推定され、巨大津波による被害が圧倒的であり、その原因解明、課題の整理と今後の対策が求められた。ソフト対策の中では、当時の津波警報の過少評価(第一報の津波高さの過少評価)と低い避難意識、自動車による避難と渋滞、避難場所の設定、など一連の命を護る過程での課題が浮かび挙がった。そしてハード対策であり、地域を護るための施設である防潮堤の破壊や避難施設などの限界等、課題や問題は多岐に渡った。これらの課題は、被災地での復旧・復興計画の中でも重要なものであり、かつ、南海トラフ地震および津波などの想定や対応においても重要なテーマとなった。突然発生する津波から如何に逃げられるのか? 地域を巨大津波からどのように護るのか? が命題である。
そこで、災害科学国際研究所では、従来の津波工学分野の強化とともに、関連分野との連携を強め、事前対応の中では事前防災のターゲットである想定津波の考え(後に、文部科学省地震調査委員会での津波評価分科会の発足に繋がる)、発災後のリアルタイム観測も融合させた津波警報のあり方(気象庁の勉強会での継続的審議、観測網の充実とAIなどの活用)、ハード設備も含めて津波総合防災としてレベル2および2の導入※1、災害からの生存者から得られた【8つの生きる力】※2の提案、過去も含めて当時の経験・教訓の整理(震災アーカイブ構築)やその利活用・伝承(3.11伝承ロード推進機構の発足)などの取り組みに繋げていった※3
約10年に渡る学際研究の成果としては、巨大地震・津波の発生メカニズムの解明や波源断層を特性化(津波レシピ)の提案※4、土砂移動(黒い津波)も含む複雑な巨大津波の解析技術や予測技術の向上に取り組み、多くの学術論文を出すことができた。国際的な数値指標であるQ値(論文数に占めるTop10%補正論文数の割合)や国際共著論文数、引用数などで確認できる。学術分野での貢献に留まらず、津波(特に避難)に関する啓発活動、古文書などの史料レスキュー、また、地域において取り組みが可能な新しい訓練も必要だろうということで産官学が連携して「カケアガレ!日本」※5というプロジェクトを立ち上げ、新しい内容でマンネリ化しない避難訓練実施の支援を行った。
ただし、震災当時に指摘された課題の多くは、いまだ残されており、今後、活動の継続とさらに社会に適応した新しい取り組みが必要であると考えている。特に、10年余りの経過の中で、当日の経験と教訓の忘却は確実に進んでおり、過去の振り返りと共に将来のリスクの認知を高める必要がある。そこには、リスクの見える化とそこでの影響・被害の自分事化が不可欠であると考える。(了)
※1 津波防災のレベル1およびレベル2=レベル1は、海岸堤防などの構造物によって津波の内陸への侵入を防ぐ海岸保全施設等の整備を行う上で想定する「比較的発生頻度の高い津波」を対象とし、レベル2では、住民避難を柱とした総合的防災対策を構築する上で想定する「最大級の津波」を対象とする。
※2 8つの「生きる力」=人をまとめる力(F1 リーダーシップ)、問題に対応する力(F2 問題解決)、人を思いやる力(F3 愛他性)、信念を貫く力(F4 頑固さ)、きちんと生活する力(F5 エチケット)、気持ちを整える力(F6 感情制御)、人生を意味付ける力(F7 自己超越)、生活を充実させる力(F8 能動的健康)、になる。これらの力の多くが実際に、東日本大震災のさまざまなフェーズで、危機回避・困難克服の経験(津波避難や避難所での問題解決、健康状態など)と統計的に有意に相関していた。https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv-press20150626_02web.pdf
※3 今村文彦著「東日本大震災から10年─われわれの経験と教訓の伝承」本誌第494号(2021.03.05発行)参照 https://www.spf.org/opri/newsletter/494_1.html
※4 「波源断層を特性化した津波の予測手法(津波レシピ)」地震調査研究推進本部 地震調査委員会(2017) https://www.jishin.go.jp/main/tsunami/17jan_tsunami-recipe.pdf
※5 「カケアガレ! 日本」参照 https://dentsu-ho.com/articles/1526

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