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オーシャンニューズレター

第494号(2021.03.05発行)

東日本大震災から10年─われわれの経験と教訓の伝承

[KEYWORDS]巨大地震と津波/新しい学際研究/教訓の伝承
東北大学災害科学国際研究所 所長◆今村文彦

東日本大震災により広域で生じた巨大津波被害を検証し、黒い津波など従来にはなかった被害像を紹介する。
今後の実践学的な防災を目指す学術研究の活動が始まり成果も出つつある。
震災から10年を迎え、記憶や経験の風化も指摘される中で、被災地をネットワーク化することにより経験・教訓を伝承していく活動を紹介したい。

東日本大震災

東北地方太平洋沖で発生した地震(2011年3月11日午後2時46分頃)は気象庁により平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震と命名され、その震災名は東日本大震災となった。日本の観測史上最大の巨大地震であり、その直後に沖合で発生した津波も広域に伝播し沿岸域を含めて多大な被害を出した。広域での複合型災害であり、強震の後、津波、液状化、地滑り、火災に加えて原発事故も含めて多様な被害が連鎖して発生し、人類が経験したことのない被害となった。そのため、震災直後には様々な名称が用いられ、東北関東大震災、東日本巨大地震、3.11大震災などと呼ばれ、いまは、最も広域なものである「東日本大震災」が一般に使われている。本稿では、特に、津波被害の実態とその経験・教訓を伝承していく活動を紹介したい。

巨大津波による被害発生──過去にない被害像

当時の映像や動画で記録された巨大津波およびその被害は圧倒的であった。特に被害の様相はわれわれの想像を超えて甚大であり複雑であるが、誘因・素因などに分類ができ、これにより今後の効果的な対策や対応に役立つものと考える。津波は海水そのものであるが、その関連した被害像は多様であり、臨海域などはその様相が顕著になる。一般に、誘因は災害(被害や影響)を引き起こす自然力を示し、素因は地形・地盤条件など地球表面の性質にかかわる自然素因と人口・建物・施設など人間・社会にかかわる社会的素因とに分類される。表1にまとめたように津波の場合に、誘因は浸水・冠水、流れ・波力になり、素因は海底・陸上地形、土地利用形態、防護施設などがある。この表には大震災で報告された代表的な影響・被害などもまとめている。海水の浸水による被害は過去の事例にも見られたが、流れの破壊力が増すことにより漂流物の発生を伴い、被害や地形変化などの規模が大きくなっている。この大震災では、「黒い津波」の映像が残され、関連した建物被害や健康被害などが報告され、特に、その被害が沿岸都市部で顕著に見られた。海底に堆積された泥や砂などが津波により巻き上げられ、泥流となって陸域に流れ込んだためである。そこでは、泥の混入により海水に粘性が生まれ波先端の勾配が大きくなることによる波力の増加、さらに人体への影響には、泥水を飲み込んでしまったために気管を閉塞させる、あるいは、乾燥した後の粉塵の混入(吸引)による津波肺などが、連鎖して生じたと考えられる。新しい津波災害像であり、今後の対策が求められている。

宮古市で記録された「黒い津波」の来襲状況

実践学を目指した学際研究──3.11被害を繰り返さない

東日本大震災1年後に東北大学は災害科学国際研究所を発足し、当時の課題を解決すべく文理医の融合英知を結集させ、自然災害科学に関する世界最先端の研究を強力に推進する組織を立ち上げた。ここでは、一連の災害対応をひとつのサイクルの中で捉え、事前から、事中、復旧・復興での事例、課題などを整理することにより、様々な教訓を活かすシステムをまとめている。新しい学際研究連携の成果も生まれ、被災地での復旧・復興の支援に留まらず、将来の災害に備える実践的な対応を推進している。人類が経験したことのない複合災害であり現在も影響が継続しており、その実態は今も未確定の部分があるが、学際研究の中でわれわれが知らない姿を炙り出し、将来における防災・減災に不可欠な要点を探っている。
本研究所では、異分野領域の研究者が一堂に結集し学際融合が実践されていった。これは当初の目的と言うよりも実践的な研究を推進する中で生まれた結果とも言える。津波・地震・地滑りなど、いわゆる自然現象としての分野と古文書を調べたり歴史の専門家と連携して過去の地震津波を探るという研究は以前から行われていたものの、震災以降に大きな変化が生じた。過去の史料に残された文章だけでなく、当時の時代背景、地形、土地利用などと重ね、さらに、現地で他分野の専門家が一堂に集まりそれぞれの視点で議論し、当時の被害実態をより明らかにし、さらに科学的に定量的な評価ができるようになってきた。

広域に広がる伝承施設──ネットワークの役割

東日本大震災の経験や教訓は忘れてはならない。そのためには、震災伝承施設や活動のネットワークを活用して、防災や復旧・復興に関する様々な情報、取り組みを紹介することが不可欠である。震災伝承施設は、被災の実情や教訓を学ぶための遺構や展示施設である。しかし、東日本での被災地にある震災伝承施設は、複数の県にまたがる広大なエリアに数多く点在しており、これらの情報を集めて限られた時間で巡ることは容易なことではない。そのため、訪問者の目的や時間に応じて効率的に施設を訪問や視察できるように、伝承施設情報を分類整理して提供し、案内マップや標識を設置し施設間をネットワーク化することが必要である。その中で、組織化されたのが「3.11 伝承ロード推進機構」(https://www.311densho.or.jp)であり、図1に示すようなマップや案内標識の整備などにより、登録した震災伝承施設のネットワーク化を図っている。その施設やネットワークを基盤にして、防災や減災、さらには津波などに関する「学び」や「備え」に関する様々な取り組みが予定されている。これらの活動によって、これまでの防災に対する知識や意識を向上させるとともに、地域や国境を越えた多くの人々との交流を促進させ、災害に強い社会の形成と地域の活性化に貢献すると期待されている。(了)

■図1 被災地を結び経験と教訓を伝承する取り組み(3.11 伝承ロード推進機構)

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